18 ハイド・アンド・シーク

 窪地から見える空は、低い位置にあるロスの光を乱反射して、黄みがかった青色をしている。もう少し時間がたてば、地平線辺りが真っ赤に染まり、ロスのある方向と反対側の空が、紺色へと変わっていくだろう。


 フユのいる場所からは、ほとんど空しか見えていない。ゴーグルにはサーモグラフィの機能が付いている。これで外をのぞけば視界内にいる熱源を探すことはできるが、顔を出せば見つかる可能性もあるのだ。


 フユは、フードマントで身をくるみ、フードを少しだけずらすと、インカムから伸びる小さなアンテナだけをフードの外へ出した。

 このムーンストーン色のマントは学校から支給されたもの。有害な電磁波から身を守ってくれるもので、それはつまり、フユの体が発する『波』もシャットアウトしてくれる。

 ここでマントにくるまり、身をひそめて体を休めていれば、そうそう見つかることはないだろう――フユはそう思っていた。


 湿り気を含んだ空気があたりに漂っている。今は夏、つまりロスの活動期であり、蒸し暑い。じっとしていても、額に汗が浮き出てくるようで、これでは体力が逆に奪われるのではないかと、フユは少しげんなりしてしまう。


 ゴーグルディスプレイで状況を確認してみる。今日の訓練には一年生の一二人全員が参加しており、その名前とコンディションの一覧が表示されている。開始から五分、まだ誰も見つかってはいない。

 

(ヘイゼルは、ちゃんと指示通りに動いているだろうか)


 フユからヘイゼルへ、インカムを使って低周波信号を送ることもできるが、それをやれば他のバイオロイドに感づかれるかもしれない。


 バイオロイド達は、人間やバイオロイドが発する様々な『波』を聴くことで、捜索を行うのだ。それは音だけではない。体温が発する赤外線や、接近すれば脳波まで彼らは『聴いて』しまう。

 彼らにはそれが、「意味の無い波」として聞こえるらしい。しかしその違いを聞き分けることができる為、救助活動においては極めて有用な能力なのだ。ただ、隠れる方にとっては脅威以外の何者でもない。

 インカムを使いたい欲求と闘いながら、フユは窪地の壁に背中を預けた。


 と、ディスプレイの表示に変化があった。早速、生徒の一人が発見されたようだ。場所はB2、報告者はクールーン・ウェイ。


(エンゲージだ。早いな。場所が……)


 フィールドは、北から南へ一キロずつAからE、西から東へ1から5に区画割りされている。

 E2からA2に、つまり真北に向かうようフユはヘイゼルに指示をした。B2はその途中の場所である。そこにエンゲージがいるのなら、ヘイゼルとエンゲージで捜索範囲がかぶってしまう。下手をすれば、『獲物』を全てエンゲージに横取りされることも有り得た。

 指示を変更するかどうか、フユは悩んでしまう。


(まあ、まだ一回目だし)


 欲を出してはいけない。これは練習だ。一回目は捨てろ――フユは自分にそう言い聞かせた。


 突然、インカムからポーンという電子音が聞こえた。ヘイゼルからの通信だ。


『エフ・マル・ハチ、ディー・サン・マル・ヒト……』


 発見の報告とその座標が聞こえる。ヘイゼルとはまだ複雑な会話はできない。それをするには、二人の間で通じる『圧縮暗号』の数を増やさなければならないが、そもそもフユがヘイゼルに『正式』に会ったのは昨日のことである。今は記号と数字のやり取りで精いっぱいなのだ。


 ヘイゼルから送られてきた情報を確認し、フユは少し窪地から顔を出すと、その情報を訓練棟へと発信する。しばらくして、リストの八番目にいた生徒の横に発見マークと座標、そして報告者として『フユ・リオンディ』の名前が表示された。


 少しの興奮。ヘイゼルが上手く動いてくれている。どういう状況でその生徒を発見したのかはフユには分からないが、エンゲージに引けを取らない成果である。

 フユは、ヘイゼルのあの舞うような動きを思い出した。少なくとも運動性能は高いだろうし、この成果を見るに、感知性能も十分のように思える。


 しかしそこでフユは首を傾げた。ヘイゼルは今D3エリアにいるのだ。しかしそれはフユが指示したルートから外れている。ヘイゼルは指示した捜索範囲の外で生徒を発見したのだ


(遠目から発見してそこに向かったのか、それとも)


 フユの胸に一抹の不安が宿る。しかし今は静観することにして、フユはまた窪地の隅に身を隠した。

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