第35話 聖母のような

 オレはイービルの話に乗り、地図が示したスルアム自警団の本部の扉を叩いてしまっていた……。


「てめぇがカズヤか……。イービル様から話は聞いてるぜ? 早速仕事をしてもらおうか。このワッペンを左肩につけろ。自警団の証だ」


 男はオレにワッペンを与える。ワッペンは逆三角形で、そこには、何をモチーフにしているか分からないが、怖い顔が……まるで悪魔の顔のような絵が描かれていた。とても神に仕える人間が付けるものとは思えなかった。……そういえば、イービルをはじめとする神父の連中も似たような絵が付いた祭服を身に着けていたな。


「それじゃあ、行くぞ! 今日の所はてめぇは見学だ。俺らの仕事を良く見とけ!」


 オレは奴らの後を付いて行った……。やはり、というべきか予想通り、こいつらはお布施の徴収を行っていた。老若男女、貧富、関係なく、その暴力的な言動で……。


「おい、今月分のお布施を払ってねえだろ、おっさん。家族に不幸があっても知らねえぜ?」

「す、すいません。病気の娘がいるのです……。ご容赦を……」

「容赦できるわけねえだろ? なんだ? てめえはワルモン教と娘のどっちが大切なんだ? 答えによっちゃあ、今この場で粛清しなくちゃいけねえなあ」

「ひぃっ! わ、わかりました。お支払いいたします……」


 胸糞悪いことばかりしてやがる……。碌なもんじゃねえ……。


「班長! そろそろ例の時間ですぜ!」

「そうか! おい、てめぇら移動するぞ!」


 例の時間? なんのことだ。オレは自警団の移動に付いて行く……。広場だった。いつもアクエリが儀式という名の大道芸をしている、あの広場だった。


「班長、来やしたぜ。いつもどおりの時間ですわ」

「たく、奇特なシスターもいるもんだよなぁ。おい、てめえら準備しろ」


 アクエリが現れた……。彼女はいつもの声を上げる……。


「さあさあ、女神アクア様が実際にやっていた神聖な儀式! 花鳥風月だよー。見なきゃ損だよー!」


 オレは……恥ずかしい話だが、アクアがやっている儀式を最初から最後までみたことがなかった……。彼女が石を投げつけられている場面しか見たことがなかったんだ……。

 儀式が始まると多くのアクシズ教信者が集まって来た。そう、「多く」のアクシズ教徒が……。決して「少数」なんかじゃなかった……。皆、小さな声だが、「アクア様、どうかご慈悲を」、「アクア様、我らをお助けください」といった言葉を呟いている。

 そんな信者の集まりの中に、自警団の連中は入り込んでいく……。何をするつもりだ?

 自警団の班長は一人のアクシズ教信者の男を捕まえ、脅している様子だった。信者の男は屈した様子で涙を流しながら石を手に持つ……。


「アクエリさん。すいません。許して……ください……」


 そう、男は呟き、そして罵声を上げる。


「ワルモン教のお膝元でアクシズ教を広めんじゃねえ!」


 アクシズ教信者の男は苦悶の表情を浮かべて石をアクエリに向かって投げつけた……。


「お、おい。班長。あんた、あの男に何を吹きこんだんだ!?」


 オレはたまらず、アクシズ教信者の群衆に入り、自警団の班長を問い詰める。


「ああ? これ以上お布施を増やされたくなかったら、アクシズ教を迫害しろって言ったんだよ」


 自警団の連中は、アクシズ教信者の人々にそれぞれ脅しをかけていた……。「アクシズ教を迫害しねえってのか? お前の家族に不幸が訪れるかもしれねえなぁ」、「石を投げろ。さもなきゃお布施の額を増やすぞ? 幼い子供と露頭に迷うようなことはしたくねえよなあ?」、「お前、まさかアクシズ教徒か? そうじゃなかったら、ワルモン教への忠誠をこの場で証明しろよ」と、聞くに堪えない脅しを次々とアクシズ教徒の人々に行なっていた……。


「アクア様、お許しください」、「アクエリさん、お許しください……」、そう言い残して、アクシズ教徒の人々はアクエリに罵声と石を投げつける……。泣きながら……、苦悶の表情を浮かべながら……。


「大丈夫です!」


 アクエリが声を張る……。


「大丈夫です……。アクア様は全て許してくれます……。ですから……、大丈夫……」


 彼女は笑顔で答えていた。聖母のような笑顔で……。

 この娘は……アクエリは、全てわかっているんだ……。罵声と石を投げているのがアクシズ教信者であることを……、投げている理由も……。

 ……こんな仕打ちを受けてもなお、信者を許し、希望を与えるために毎日、広場で儀式をしているのかよ……。おい、クソ女神、ここにはお前なんかより、よっぽど神様をやっているシスターがいるぞ……。助けなくて良いのかよ……。


 オレはアクエリの方を見た……。アクエリと目があった……。オレの左肩に付いた自警団のワッペンが見えたんだろう……。アクエリは一瞬、呆然とした顔をした。そして今にも泣き出しそうな哀しい顔をする。アクエリはお布施の缶を持って広場を走り去った……。  


 ……オレが……悪いんだ……。深く考えもせず、自警団に入り、お布施が減額されて使えるお金が増えれば、あいつらに楽させてやれる、なんて思っちまったんだ。一番の裏切りの行為であることは、少し考えればわかることだったのに……。

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