第59話 VSスパイルド

 スキルを発動したスパイルドは……消えた。比喩じゃなく、オレの目に映らなくなった。風だけが不気味に通り過ぎる……。まずい!


「ぐああああああああああ!」


 オレの体に何かがぶつかった! オレは堪らずに吹き飛んでしまう……


「ようやく、当たった。そして、ようやく姿を現したか……。しかし、剣が欠けてしまったな。もう使いものにならん。ここからは素手でやらせてもらう」

「くっ……! 超潜ぷ……」

「させん!」


 スパイルドは超スピードでオレに攻撃を仕掛け続ける! めちゃくちゃ痛え! 暴れ牛の突進の五倍は痛え! そして全く目に見えない! なんてスピードだ……! オレは超潜伏のスキルを発動させてもらえなかった。

 オレも負けじと敏捷性強化のスキルを発動させたが、焼け石に水だった。オレも『究極・敏捷強化』を使えれば……と思ってしまう。だが、使えたとしても、奴のスピードを超えるのは不可能な話だった。他の敏捷強化のスキルと違い、『究極・敏捷強化』は倍増させるスキルなのだ。

 つまり、他の敏捷強化スキルが単純な足し算であるのに対し、『究極・敏捷強化』は掛け算なのだ。要するに、オレが取得して発動させても『0に何を掛けても0』というわけだ。もちろん、オレの敏捷は0とまではいかないが……、大した効果は得られないということに変わりはない。逆に言えば、スパイルドの超スピードは奴が元々持つ敏捷力が非常に高いことを示している。


「く、くそ! このままじゃなぶり殺しだ……。どうすれば……。……そうだ……!」


 オレは自分が取得したスキルを思い出していた。なんせ、片っぱしから低ポイントのスキルを取得したから、何を取得したか完璧には把握していなかったのだ。しかし、今、思い出したぞ……! この超スピードに対抗できるかもしれないスキルを……!


「ダイナミック・ビジョン……!」


 動体視力を上げる低ポイントスキル、だ。頼む。少しでもいい視えてくれ……! オレは祈る思いでスキルを発動する。……視えたぞ……! 本当にかすかだが、たしかにスパイルドの動く軌跡が視えた……! 一瞬でいい。奴を捕まえることができれば……。オレは奴の動きの直線状に体を入れる……!


「なに!?」

「いってええな……! くそ! ……だけど、捕まえたぜ……。オレの勝ち、だ……!」

「一度私を止めたくらいで何を得意気に……。っ!? き、貴様、これは『バインド』か……!?」


 スパイルドはオレに腕を掴まれ動けなくなっていた。振り払おうとするが、オレも、もちろんそれを阻止する。


「オレは魔力が少ないから、アンタの左腕をオレの左腕ごと拘束するしかできないみたいだな……。でもそれができれば十分だ……。こっからは殴り合いだ……!」


 ワルモン教徒兵たちは、スパイルドが劣勢に陥ったことに動揺し、ざわめきだす……。一部の兵が人間リングを崩して、オレに対して攻撃を仕掛けようと持ち場を離れたときだった。


「全員、その場に待機!」


 スパイルドは兵に命令を出す。ざわめきは収まり、教徒兵たちの空気が再び締まった……。


「……なんだよ? オレを他の奴らに攻撃させた方が良いんじゃねえか? バインドも解けるかもしれないぜ?」

「馬鹿を言え。仮にバインドが解けたとしても隊列が崩れ、人間リングが無くなれば、我々はお前を攻撃する手段がなくなる。貴様の超潜伏に対抗する感知スキルを我々は持っていないからな……! 感謝しろ。貴様の望み通り、殴り合いだ。私の体力が切れるのが先か、貴様の魔力が尽き、バインドが解けるのが先か、勝負と行こうじゃないか……!」


 そっからは泥仕合だ。スパイルドは敏捷の高さを武器にオレに超高速のパンチを繰り出す。オレは持っているフライパンでひたすらに殴った。スパイルドの拳はオレにダメージを入れることができるくらいには早かった。しかし、同時に致命傷になるようなものでもなく、オレの治癒速度を上回るものでもない。対してオレの攻撃は毎度の通り、少しずつだが、奴を弱らせることに成功していた……。


「うぐ、ううううう……」


 ついにスパイルドがうめき声を上げ始めた……。


「……どうやらこの殴り合い、オレに分があったみたいだな……。今からでも人間リングを作っている連中にオレを攻撃させた方が良いんじゃねえのか?」

「フ、フフ……。二度も同じことを言わせるな……。人間リングを解けば……、我々の勝機はなくなるのだ……。副兵長ぉ! 私が力尽きた時は貴様が私の代役を務めよ! 他の兵は人間リングを継続! この男を逃がすことなく、一人ずつ闘い、体力を奪い続けて始末せよ! 心配するな! この男、防御力は『人外』だが、攻撃は耐えられぬほどではない。 長期戦に持ち込めば我らの勝利は約束される!」

「……アンタ、怖くねえのかよ? このまま殴りあったら、最悪死ぬかもしれないぜ?」

「愚問を……。敵にまで情けをかけるのか? くだらん。たとえ、私が死ぬことになってもそれが最善手なら、実行するまでだ……!」

「……アンタが死んだら教徒兵は頭を失って混乱に陥るかも知れないぜ?」

「なぜ敵を案ずる? 心配するな。副兵長を始め、教徒兵には全ての事態に備え、訓練を与えている。もちろん、私の死という事態に対してもな……。教徒兵に死角はない……!」

「……そうかな……? オレにはそうは見えなかったけどな……」


 オレ達は殴り合いながら、そんな会話をした。それから程なく、スパイルドは力尽き、気絶した……。


「へ、兵長が負けてしまったぞ!? どうする!?」

「兵長は、副兵長に代役を務めるよう言っていたぞ! ふ、副兵長はどこに?」

「ふ、副兵長なら逃げ出したぞ! 兵長が意識を失ったのと同時に……」

「な、なんだと!? お、おれ達も逃げるぞ! あんな『人外』に敵うはずがない!」


 教徒兵たちはスパイルドを置いて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。


……オレは、少しこの兵長が気の毒になった。この男、筋は通していた。逃げ出そうとした自警団を殺した時は任務を放棄したぐらいで殺すなんて、と思ったが……、スパイルドにとっては死んででも任務を遂行するのが当然だったのだ。

 事実、こいつは自身が傷付いても、任務を遂行し続けた。他の教徒兵も自分と同じ意志を持っていると思っていたんだろうな……。だから、残った兵に任務を託す言葉を放っていたんだ。だが、結果は見ての通り、スパイルドの意志を継ぐものはなく、全員逃げていってしまった……。


「……人心掌握ってのは大切だな……。そして……、ストイック過ぎるってのも問題だな……。……アンタに付いて行ける教徒兵はいなかったらしい……」


 オレは、意識の無いスパイルドに同情の言葉をかける。周囲を見渡すと、立っている自警団と教徒兵の姿はない。スルアム教会の建物本体に続く道に障害となるものはなかった……。


「さて、本丸に攻め入るとするか……!」


 オレは、教会に向かって走り出していた……。

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