第125話 賢者の石見学

 ……採血が終わったオレはかなたんの研究室でソファーに座っていた。非常に不愉快な気分で!


「ぷふふぅ。お、おなか痛いです……!」


 かなたんは腹を抱えて笑っていた。なんとか笑わないようにしようとしているみたいだが……堪え切れない息がかなたんの口から漏出する。


「カズヤがあんなに怯えている姿……今思い出しても……ぷふぅ!」

「うるさーい! 笑い過ぎだぞ! 仕方ないだろ! 知らなかったんだから!」


 かなたんが笑い転げている理由。それは俺が採血にビビりまくって抵抗している姿が子供が駄々をこねているように見えたからだそうだ。

 どうやらこの世界では注射器は発明されておらず、採血をするときは手首をナイフでぶった斬るらしい。斬るときに麻酔がわりの魔法を付与するので痛みはないのだが、そんなことを知らない俺は必至で抵抗していたわけだ。


「オ、オレの住んでた地域では採血は他の器具でやってたんだよ!」

「わかりました。わかりました。で、でも……ぷふぅ!」


 いつまで笑ってんだよ。この魔女っ子は!


「ま、まぁでも助かったわ。こ、これで賢者の石の材料ができたわ」


 かなたんほどではないが、よいよいさんも笑いをこらえていた。気を遣われている分、さらにオレの恥ずかしさは増す。オレは恥ずかしさを抑えながらよいよいさんに問いかけた。


「それにしても賢者の石の材料に人間の血が必要だなんて……。結構ブラックなんですね」

「たしかによく言われるわね。人体実験じゃないのかって。でも、使う血の量はほんの少しだし人を殺してるわけでもないんだけど」

「……その賢者の石ってのは一体何に使えるんです?」

「簡単に言えば巨大な魔力を得ることができるのよ」

「そうなのです。永久機関と並んで開発することはできないだろうと言われていた技術なのですが、最新の研究で可能になると示唆されたのです」


 オレとよいよいさんとの会話にかなたんが入ってくる。


「巨大な魔力を集めて何にするってんだよ?」

「なぁに言ってるんですかカズヤ。巨大な魔力が集まればいろいろなことができるようになりますよ。例えば、今までは魔力伝導物資を用いた光、熱魔法の伝達は難しいとされてきましたが、巨大な魔力が得られるとなれば話は別です。生活が一変しますよ!」

「……なにを言っているかさっぱりわからんのだが……」

「そうですね。例えば、今私たちは夜の明かりにランプを使っているわけですが、賢者の石で生成された巨大魔力があれば、光魔法で造った光を各お宅に渡すことができるのです。それに料理をするのにわざわざかまどに火をくべる必要がなくなります。伝達された火魔法が発動されますからね」

「……なるほど。電気やガスみたいなライフラインができるってことか……」

「ライフライン? なんですそれは?」

「ああ、いやなんでもない。だけどさ。そんだけのエネルギーを賢者の石とやらは一体どこから手に入れるんだよ。まさか人間から……とか?」

「そんな強大なエネルギーを奪われたら人間はたちまちに死んじゃいますよ。まあ、昔は悪い王様がカズヤの言ったように賢者の石を悪用して人間から魔力を取り、たくさんの命を奪ったわけですが」

「なんだよそれ。賢者の石ってのは悪いものじゃないか。そんなものをこの研究所は研究してるのか!?」

「カズヤのようにそう思う一般人が多いのが問題なんですよね。賢者の石を悪用したことがダメなだけなのに、賢者の石自体にレッテルが張られてしまっているのです。たしかに、以前までは人間からしか魔力を奪えないのが賢者の石の欠点でした。しかし、最新の研究で太陽、植物、大地、海等々の自然が持つ魔力を自然に悪影響を与えない程度に取り出せるようになったのです」

「……非人道的なシステムから太陽光発電や水力発電に切り替わったみたいな感じか……」

「さっきからカズヤは何を言っているのです?」

「い、いや。本当になんでもない。なるほど。人間にやさしく自然への影響も少ない。だが、得られるエネルギーは強大。画期的な発明なわけだ。なんで開発が遅れてるんだ?」

「賢者の石作成には大量の人間の命が必要だからですね。強大なエネルギーが必要なら比例して巨大な石が必要となり、結局多くの人間の命が奪わなければならないことになります。当然現代でそんなことすれば非難の嵐です。ですから人間の命ではなく、血液などで開発が済むようにする研究が現在は主流なのです」

「……人間から魔力を奪うのではなく、自然から魔力を奪う賢者の石は開発できたが、肝心の賢者の石自体にはまだ人間の命が必要ってわけか。難儀なものだな」

「そう。だから、私たちの研究所も人間の血液からの賢者の石作成に取り組んでるの」


 今度は俺とかなたんの会話によいよいさんが割り込む。


「あと一歩のところまで来ているんだけどね。なかなか辿り着かない。もどかしいわ」


 よいよいさんは眉間に皺を寄せて唇をかむ。


「あ、そうだ。まだかなたんちゃんもお兄さんも本物の『賢者の石』を見てなかったわよね。ちょうどいいわ。今から私の研究室に来てちょうだい。見せてあげるわ」


 俺たちはよいよいさんの促すまま、研究所内の別室に行く。


「ここがよいよいさんの研究室ですか」


 よいよいさんはこの研究所の所長なのだから当然ではあるのだろうが、よいよいさんの研究室は明らかにかなたんたちが使う研究室よりも広かった。そんな広い研究室の真ん中には、円柱状の強化ガラスで造られた容器が配置されていた。容器の中はなんらかの透明の液体で満たされている。エネルギーを観測しているのだろうか。容器には様々な配線、配管が繋ぎ合わされていた。そんな円柱ガラスケースの内部に紅い何かが漂っている。液体の中にあるにもかかわらず、液体のような挙動を取る紅い塊……。


「これが賢者の石……なのですか?」


 かなたんがよいよいさんに尋ねる。かなたんも初めて見るみたいだな。


「ええそうよ。当たり前だけど、今は人間の命を使っての製造が禁止されている賢者の石……。この石は五百年前以上昔に魔王によって造られた代物らしいわ」

「五百年……。そんな昔からあるなんて信じられませんね……。見た目はふにゃふにゃしてて丈夫じゃなさそうだし」

「やっぱりそう見えるわよね、お兄さん。でもこれすごく不思議な性質を持ってるのよ。特別に見せてあげるわ」


 そう言うと、よいよいさんはガラスケースの蓋を開け、液体の中から賢者の石を取り出す。すると、さきほどまでスライムのように柔らかそうな挙動を見せていた賢者の石が固体化し加工されたダイヤモンドのような形になった。


「変形した!?」


 思わず声を上げるオレによいよいさんが解説を始める。


「賢者の石は色々な形に変化するの。まるで生物のように自身の置かれた環境に適した硬度、形状にね」


 オレはまじまじと賢者の石を見つめる。大きさはその辺に転がっている小石ぐらいだろうか。


「きれいな石ですけど、本当にこんなのに凄い魔力が入ってるんですか?」

「ええ。勿体ないから発動はさせないわよ。貴重なサンプルだから」

「それは残念」

「さ、かなたんちゃん。少しはモチベーションを上げることができたかしら? あなたには期待してるのよ。魔力炉を分ける研究はきっとこの世界をもっと素晴らしいものにできるはずだもの」

「はい!」と元気よく返事をしたかなたんとともにオレはよいよいさんの研究室を後にした。

「さあ、カズヤ。研究室に戻ったら雑用をやってもらいますよ! よいよい所長の期待に応えないといけませんからね!」


 頼られ好きのかなたんは期待しているという言葉が嬉しかったのだろう。これまで以上のやる気を見せていた。


「やる気はあるのはいいが徹夜はだめだぞ。体は大切にしないといけないからな」

「おや。自分の体を大切にしない人が私にお説教できるんですか?」


 かなたんがにやりと笑う。


「おいおい、ここでそれを蒸し返すなんて性格悪いぞ?」


 オレはかなたんの皮肉に苦笑いで答えるのだった。

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このくだらない世界に復讐を…… 向風歩夢 @diskffn

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