第124話 謝罪と採血

 次の日早朝、オレは気まずい心を抱えたまま研究所に向かった。まだ、かなたん怒っているだろうか。


 かなたんの研究室を訪れると、一人机で論文に目を通すかなたんの姿があった。オレは意を決してかなたんに声をかける。


「よっ。おはようさん」

「…………」


 無言のかなたん。どうやらまだお怒りらしい。まあ、そりゃそうだよな。約束破って死にかねない危ない仕事しちゃったんだから……。


「悪かったな、かなたん」

「なんのことです?」


 かなたんはむすっと機嫌の悪そうな声で返してくる。


「オレの事心配させちゃったことさ。……オレ、母さんが死んでから本気で心配してくれる人がいなくなってさ。自分のことを心配してくれる人がいるってこと忘れてたんだ。かなたんの気持ちを理解しようとしてなかった。本当にごめん」

「…………あなたは私の仲間なんです。パーティなんです。勝手に死なれたら困ります。今度こそ危ないことはしないって約束してくれますか?」

「ああ、約束する」

「そうですか……。なら、私も言わなくちゃいけませんね。……ごめんなさい」


 突然謝り出すかなたんにオレは口を開けずにはいられない。


「なんで、かなたんが謝るんだよ? 悪いのはオレなんだぜ?」

「いえ、最初に感情的になってしまったのは私の方ですから……」

「……そうか。……じゃあ暗い雰囲気はここまでにしようぜ? かなたんもオレも……な!」


 オレは無理やり声を出して場を少しでも明るくしようと心がける。


「ええ。そうしましょう。……これからもよろしくお願いしますよ、カズヤ」


 かなたんの差し出した手を俺は握り返した。そのタイミングで研究室のドアが開く。


「あら、二人とも早いわね。仕事熱心で結構だわ」


 所長のよいよいさんが現れる。


「少しお願いがあるんだけど良いかしら?」

「な、なんですか?」と握っていたオレの手を振り払って答えるかなたん。

「賢者の石の研究を手伝って欲しいのよ」


 ……そういえば、かなたんを雇ったとき、この研究所は「賢者の石の研究」を手伝える人を募集していたんだったな、とオレは記憶を呼び起こす。今のかなたんの研究とは全く別物らしいことをちらっとかなたんから聞いたことがある。


「ちょっと人血のストックを切らしちゃってね。お兄ちゃんの血を分けてほしいのよ」


 オレはぎょっと目を見開いた。そんなオレの隣でかなたんは「わかりました」と言い放つ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。なんで血が必要なんです!? それに『わかりました』って何勝手に許可してるんだよ、かなたん! 俺を殺す気か!?」

「何を慌ててるんです? 恥ずかしい人ですね。殺したりなんかするはずないでしょう? 採血するだけですよ」


 あ、ああ。そりゃそうだよな。いきなり血をくれなんて言うからびっくりしちまった。オレはビビり倒していたことを恥ずかしく思い、顔を赤らめながらごほんと咳払いする。


「そんなことでよければもちろん協力しますよ。それでどこで注射するんです?」

「チュウシャ? なにそれ?」


 よいよい所長が首をかしげながらオレに問いかける。


「え、な、なにって……。普通採血するときに使うでしょう? 注射……」

「ああ! これのことを言ってるのね!」


 笑いながらよいよい所長は果物ナイフくらいの大きさの短刀を取り出した。


「え? そ、それで何を……?」

「何をって……。採血よ」

「は?」

「さ、早く腕を出して。手首辺りが一番血を出しやすいのは知ってるでしょ?」

「い、イヤだぁあああああ! やっぱり殺すつもりじゃないか! オレはいずれ死ぬつもりだけど、殺されるつもりはないんだぞ!?」

「何を暴れているんですか、カズヤ。良い年した男が情けない」と言いながら、かなたんがオレの体を押さえつけた。身動きの取れなくなったオレの手首をよいよいさんが斬りつけようと短刀を振り上げる……!


「う、うわぁああああああああああああああ!!!?」


 オレは大声を上げて抵抗するが……、よいよいさんはナイフを振り下ろすのだった。

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