第110話 合格
研究所の中には魔法使いと思われる者たちが黒い服を身に着けて働いている。研究員の数は百人弱といったところだろうか。みんな、頭良さそうな表情をしている。オレ達は研究所の奥にある所長室へと案内された。
「どうぞ、座ってちょうだい」
美しい魔女、紅魔族のよいよいさんはオレ達を客用のソファーに座るよう手を向ける。オレ達は促されるまま座った。
「さて、改めて自己紹介させてもらうわ。私がこの『賢者の石』研究所所長、アークウィザードの『よいよい』よ。よろしく」
この人が所長!? 若いのにしっかりしてるなぁ。いや、年功序列だった日本の価値観をこの異世界で持ちだすことが間違っているのかもしれない。それにしても所長自ら来客のお出迎えとは……このあたりも日本とは随分と違ってるな。
「じゃあ早速だけど、まずはペーパーテストを受けてもらうわ。今からここでね」
本当に早速だな。よいよいさんは裏向きにしたテスト用紙とメモ用紙、そしてペンとインクを用意し、かなたんに渡す。この世界には鉛筆や消しゴムはないのか。書き間違えずに一発で答えを記入しないといけないのか、大変だな。
「それじゃあ、オレは退席しますよ。関係ない人間はいたらいけないでしょう?」
「その必要はないわ。不正行為さえしなければ、あなたもいてくれていいわよ?」
「そうですか。じゃあそうします」
「制限時間は60分よ。始めてちょうだい!」
かなたんはテストを表にして問題文に視線を送る。オレもちらっと問題文を読んでみる。……何書いてるんだよ。全然わからねえ。この世界の文字は読めるはずなのに、問題文が何を意図しているのかさっぱりわからん。かなたんはこんな難しそうな問題を理解できてるのか?
かなたんは1分ほど問題とにらめっこすると、ペンをインクにつけた。そして、淀みなく、すらすらと回答を書き始める。どうやら計算問題もあるらしく、数字と記号をすらすらと書き連ねていく。それにしても、鉛筆じゃなくてペンなのによくそんなにサラっと書けるな。足し算の筆算でも書き間違えるオレからすれば信じられないぞ。
「できました!」
かなたんは明るい声で所長のよいよいさんにテストを掲げる。
「え? も、もう!?」
よいよいさんは驚いた顔でかなたんを見つめながら、テスト用紙を受け取る。
「う、うそ……。全問正解してる。しかも、計算用のメモ用紙も使わずに……!?」
ホントだ。かなたんのヤツ、メモ用紙に何も書いてない。全部暗算で解いたのか!? すげえ……。二桁×一桁の掛け算でも筆算を使う俺とは大違いだ。
「……どうやら、知識に関しては何の問題もなさそうね。いえ、むしろ優秀といっていいわ。……合格よ。明日からここで働いてもらうわよ」
「ご、合格ですか!? め、面接は……?」
「面接は大丈夫よ。ちょっと話してみたところ、あなた、おかしな感じしないし。なにより、私と同じ紅魔族だもの」
身内びいきだなぁ。でもこれで助かったぞ。ヒモ男みたいで情けないが……、かなたんの稼いだ金をあてにすることができる! ……まじで情けねえな、オレ……。
「あ、あの、ひとつだけ、最初に言っておかなければならないことがあるんです……」
かなたんが言い出しにくそうに指をもじもじと動かす。
「わ、わたし、アークウィザードなんですが……、その……、魔法がひとつも使えないんです……。そんなわたしでも大丈夫でしょうか……?」
「魔法を使えない……? 紅魔族なのに……?」
よいよいさんは怪訝そうな顔をしてかなたんの表情を覗きみる。すると、何かに気付いたように口角を上げ、答える。
「大丈夫よ! 魔法の研究所には魔法の発動が苦手な魔法使いが多いの。さすがにまったく使えないって人はいないけど、使えなくてもやれる仕事はあるわ。なにより、あなたのように優れた頭脳を私たちは欲してるの。魔法が使えないからって卑下する必要はないわ。是非ウチに来てちょうだい!」
「よかったじゃないか、かなたん。求められるってのはありがたいことだぜ」
「そ、そうですね。明日からここで働かせてもらいます!」
認めてもらえたことが嬉しかったのだろう。かなたんの横顔は満面の笑みでほころんでいた。
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