第111話 助け合いは依存じゃない

 かなたんの研究所への採用が決まったその夜、オレとかなたんは二人だけのささやかなお祝い会をいつもの食堂で開いていた。まあ、金は無いからいつもより少しだけグレードのよい食事を頼んでいるだけなんがな。それにしてもこの魔女っ子は良く食べる。その小さな体のどこにこれだけの量の食いもんが入っていくんだ? 太るぞと意地悪な言葉の一つでも投げかけようかと思ったが……、うれしそうに食べるかなたんを見るとそんな気もなくなった。


「ふっふっふ……。アークウィザードとなって十年余り……、魔法の使えない私がようやく魔法使いっぽいことができるのです! これが嬉しくなくて何が嬉しいというのですか!? ねえ、カズヤ!?」


 かなたんはしゅわしゅわを飲みながら喋っている。まったく……、気が大きくなって飲めないしゅわしゅわを飲んでるな? 顔真っ赤だぞ。


「……そんなに魔法が使えないってのはコンプレックスなのか? 紅魔族にとってはよ」

「…………」


 かなたんが急に無言になる。や、やばい。言ってはいけないところだったか!?


「す、すまん。デリカシーの無い質問だったよな!?」

「いえ、そんなことはありませんよ。……そうです。コンプレックスです。私と一緒に学校に入った子たちはあっという間に上級魔法を覚えて卒業していったのに……。私はずーっと魔法を覚えられずに留年続き……」


 学校か。そういえば、オレが前いたスルアムの街にはそんなもんなかったぞ? もしかしたら、紅魔族ってのはこの世界では進んでる部族なのかもな……と思いながら、オレはかなたんの話を聞き続ける。


「フフ……。自分でいうのもなんですが、入学した時はすごく注目されていたのですよ? 大人も子供も含めて紅魔族で一番の魔力を持っていましたし、勉強もできたんです。神童と呼ばれていたんですよ? なのに魔法だけはどんなにスキルポイントを集めても覚えられなかった……。最初に期待されていた分、落ちこぼれになってしまったことが悔しいやら悲しいやら情けないやら申し訳ないやら……」


 かなたんの眼が少し赤くなっているように思えた。紅魔族だから紅いんじゃない。こみ上げるものを押さえ込もうとしてるんだろう。魔法を使えないってのが相当に苦しいんだな。ってあれ?


「どんなにスキルポイントを集めても……って、お前上級魔法を覚えるために他の魔法やスキルは覚えてないみたいなことを言ってなかったか……?」

「……酔い過ぎましたね。つい、口が滑ってしまいました。……私は魔法を覚えないんじゃないんです。覚えられないんです……」

「覚えられない……?」

「ええ。私は魔法を覚えられないんです。一生懸命勉強をしてレベルも上げて……でもスキル欄には何のスキルも現れない……。学校の生徒たちが上級魔法を覚えられるようになるレベルの3倍はレベルを上げたにも関わらず……です。心が折れちゃいましたよ」


 かなたんはフォークにウインナーを突き刺したまま顔を俯かせる。……圧倒的な魔力と知識を持っているのに、魔法を覚えられない。かなたんにとって、これほどもどかしいことはないだろうな。オレみたいに最初から頭が悪くて運動もできない人間だって思い通りにいかないことがあったら悩むんだ。能力があるのに生かせないかなたんの苦しさや悔しさはオレ以上なのかもしれない……。よし、決めた!


「この前、お前が秘密にしてたこの街に来た目的ってのは……『魔法を覚える方法を知ること』なのか?」

「え、ええ。お金と魔法が飛び交うこのマグイアなら、私が魔法を覚えられない原因とその解決方法が見つかると思ったんです。それで紅魔の里を飛び出してきたんです。親の反対を押し切って……」

「で、どうなんだ? 魔法を覚える方法はありそうなのか?」

「…………」


 かなたんはまた無言になる。魔法を覚える方法は見つからなかったんだろう。……オレはこれからこいつに借りを作る。借金を一旦肩代わりしてもらうという情けないことこの上ない借りを……。当たり前だが、お金を返すだけじゃその借りは返せねえよな。


「よし、オレもかなたんが魔法を使えるようになることに協力する。かなたんにはお金を貸してもらう借りがあるからな」

「え? お金を私から貸してもらうとはどういうことです?」

「『どういうことです?』って、オレが馬車の購入費用で作っちまった借金を返済できるように、一旦かなたんが払ってくれるんだろ? ま、まさか気が変わっちまったのか!?」


 かなたんがオレにお金を貸してくれなかったら、オレは借金地獄だぞ!?


「何を言っているのかよくわからないですが……、私はカズヤにお金を貸すつもりはないですよ。馬車購入の借金は全て私が払いますからね」

「はい?」


 この魔女っ子今何て言った? 全て自分が払うだって?


「馬車購入でカズヤが借金したのは私にも責任がありますからね。それに助け合うのが仲間というものでしょう?」

「アホか!?」


 オレが少し声を荒げると、かなたんはビクっと体を震わせる。しまった、少し感情的になったな。


「驚かせてすまん。でもな、ひとつ言っとくことがある。仲間はたしかに助け合うもんだが、依存するものじゃないんだよ。馬車の借金をこさえちまったのはかなたんの意見を聞かなかったオレに責任がある。そりゃあ、全部を自分で抱えるのはきついからかなたんに助けを求めたのはオレだけど、だからってかなたんが借金を全部返済するってのは間違ってるんだぞ! それは甘やかしであって優しさなんかじゃない」


 金を借りる立場のくせにオレは何えらそうなこと言っちゃてるんだろうな。でも、この発言は間違いじゃないはずだ。この魔女っ子にとって、オレは初めての仲間みたいだからな。役に立ちたいって気持ちが強く働いているんだろう。その気持ちは嬉しいし正しいが、危険でもある。かなたんは舞い上がって助け合うことってのがどういうことなのかをはき違えている。こんな考え方じゃあ将来、この魔法少女は悪い男に貢ぐようになりかねない。ここは人生の先輩として教えておかないと。


「かなたんには目的があるだろ。魔法を使えるようになるって目標が。オレのことを助けてくれるのはありがたいが、それは最小限でかまわない。お金は自分のために使うべきだぞ。オレもいい大人なんだ。自分のケツは自分で拭くくらいできるさ」

「すでに私に拭かれているような気もしますけど」

「痛いところ突くなよ……。オレだってそれくらい自覚してるさ。……なんにせよ、馬車代はオレが払う。かなたんは一時的に肩代わりしてくれるだけで十分だ。ありがとうございます」

「カズヤに敬語を使われるとなんだか気持悪いですね……。……わかりました。私はあなたにお金を『あげる』のではなく、『貸します』。絶対に返して下さいよ?」

「当たり前さ」

「さて、それじゃ私の秘密を教えたんです。次はあなたの番ですよ」

「オレの番?」

「とぼけないでください。あなたも言ってたじゃないですか。『色男には秘密があるんだよ』と。あなたはスキルポイントを貯めて一体どんなスキルを獲得しようとしているんです?」


 ああ、そんなこと言ってたな。さて、どう答えようか……。


「……『デス・フェロー』を習得するためさ……」

「『デス・フェロー』? 自らの命と引き換えに任意の対象を確実に殺す最上位黒魔法じゃないですか!? なんでそんなものを!?」


 さすがかなたん、『デス・フェロー』のことを知ってたか。……自ら死を選ぶために『デス・フェロー』を会得しようとしてるんだ、なんてこんなロリっ子に言えねえよ。悪いなかなたん。ここは屁理屈を吐かせてもらうぜ? 大人は汚いんだ。


「……絶対に殺したい男がいるのさ」

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