第43話 適度な希望
「まあ、良いではないか。イービル殿。私から説明しよう」
「デモンズ司祭長……様、お願いします」
「……先ほども言ったが、我々はこのスルアムの民からお布施という名目で富を搾取している。しかし、富というのは降って湧くものではない。民には働いてもらわなければならないのだよ。我々のために。では、人々は何のために働くのかね?」
「生きるために……ですか……?」
「ふむ。では、なぜ人は生きるのだ?」
なぜ、生きるだって? 自殺して死んだ人間にそれを聞くか……。でも、今のオレは、少しはわかったつもりだ。いや、わかってはいたんだ……。オレも生前、借金取りが来るまでは、大学に行くという『希望』を持っていた。そして、今はあいつらが……アクエリたちが笑って生きていけたら……そんな『希望』を持っている。
「どうやら、貴殿にも心当たりがあるようだな……」
オレが思索していると、デモンズはオレの回答を待たずに口を開く。
「そう! 人が生きるのは『希望』があるからだ! 明日はおいしい食事がとれるかもしれない! 明日には愛する人が現れるかもしれない! 明日には幸せになれるかもしれない! 明日には救われるかもしれない!」
デモンズは立ち上がり、両の手を上げる。オレに背を向けて……。そして、横顔が見える程度に振り返る。
「……明日にはワルモン教の悪政が無くなり、元の平和なアクシズ教の街スルアムに戻るかもしれない! ……などという愚かな『希望』がな……」
デモンズは邪悪な笑みをしていた……。イービルをも上回る悪意で顔を歪めていた……。
「そう、貴殿のいうとおり、アクシズ教を滅ぼすことに何の苦労もない……。しかし、それをして何になる? いや、むしろ奴らから『希望』を奪うなどというのは愚かな行為だと思わないかね? アクシズ教を信仰する愚かな民には『希望』を持って生きて、働いてもらわねばならんのだよ……。我々ワルモン教が富を搾取するために……」
「…………」
オレは無言になった。こいつらがいうことが本当なら、アクエリがやっていることは……。
「フフ……。あの娘には……アクアリウスには感謝せねばなるまい……。あの娘が健気にも体を張り、アクシズ教の火を絶やさずにいることで、この街の人口の大半を占めるアクシズ教徒たちは、『明日』に希望を持ち、生きるため、一生懸命に働くのだ……。『元の平和な街スルアムに戻る』という、決して来ることのない『明日』が来ると信じてな……」
そうだ……。アクエリはその身を擲ってアクシズ教徒のために毎日広場に行っている……。だが、それもこいつらの搾取に利用されているだけってことになる……。そんな馬鹿な話があってたまるか……!
「さらにもう一つ付け加えておこう。もし、この街の人間がアクシズ教も含め、全ての希望を失った時……つまり、絶望したらどうなると思うかね?」
オレは黙り込んだ。本当は知っている。絶望した人間がどうなるか、なんて。他でもないオレ自身が、自殺する前に絶望を感じていたのだから……。
「黙り込むほどのことでもないとは思うが……、まあよかろう。簡単なことだ。絶望した人間は制御不能になるのだよ……。自ら死を選ぶ人間も出るだろう。自暴自棄になる人間も出るだろう。ふふ、先日、君が取り押さえていた、娘を失った男のような……テロまがいのことをする人間も出るだろうな……」
こ、こいつ、昨日の騒ぎの原因を把握していたのか? 馬車から顔を出したときは我関せずのような表情をしていたくせに……! いや、イービルか、誰かから状況の報告を受けたのか……? ……どっちだっていい……。どっちにしたって今のこいつの言葉はあの病気で娘を亡くしたおっさんを侮辱する行為だ……!
「結論として、民衆には適度な希望が必要なのだ。絶望して我々の制御下から外れないように……。働かせて富を搾取するために……。支配には『生かさず、殺さず』が大事なのだよ。だが、今回の反乱計画はいささか、民衆が希望を持ち過ぎている証拠だ。故にその希望の火は小さくせねばなるまい……」
ふざけるな……! 皆に希望を与えようとするアクエリの行動も、勇気を持って反乱を計画している人々の行動も全部こいつらの掌の上だっていうのか……! そんなことあってたまるか……!
「勉強になったかね? ……君の任務の話に戻そうか……。アクアリウスを誘拐して、反乱を企てる連中をおびき出すという任務だ……。君の働きぶりは報告を受けている。お布施の徴収や、アクシズ教徒の迫害といった人を痛めつける仕事を嫌うそうだね? 今回の任務は誘拐だけだ……。何もアクアリウスを殺すわけではない。いや、まだ殺してもらっては困るのだよ。あの娘には、この街の民に適度な希望を振りまいてもらわねばならんのだから……。我々のためにな……! それでは任務の成功を期待している。下がりたまえ」
「は……い……。了解……いたしました……」
オレはデモンズの野郎に礼をして司祭長室を後にした。
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