第104話 魔法が使えないアークウィザード

◇◆◇

「合計2頭で百万エリスでの買取りになります」

「そうですか……」


 オレはギルドの提示した暴れ牛買い取り額に少し落ち込みながらお金を受け取る。スルアムの街なら一頭百万円で買い取ってくれたのに……。貧民街のスルアムより富裕層の住む魔法都市マグイアの方が買い取り額が少ないなんて予想外だ。理由は思わぬところにあった。


「牛一頭で五十万エリス貰えるならぼろい商売だよな」


 近くにいた戦士風の男が仲間の男と話している。そう、この魔法都市マグイアでは商売敵がいるのだ。スルアムの街では暴れ牛を狩ろうとする人間なんてオレくらいしかいなかった。スルアムの住人たちは極度の重税を引かれ、戦闘用の防具を買うことができない上に、暴れ牛と闘えるぐらいの才能を持っていれば、ワルモン教に引き抜かれるか殺されているかだっだ。そのため、暴れ牛狩りをする人間がいなかった。おかげで暴れ牛狩りはオレの専売特許になっていた。しかし、この街では優秀な冒険者たちが集まってくる。暴れ牛狩りは彼らにとっては小遣稼ぎに最適だったわけだ。そのせいで、暴れ牛の供給が多くなり、ギルドは買取り価格を下げている。俺にとっては迷惑なことこの上ない。しかも、腹が立つのはこの冒険者どもが持ってくる暴れ牛の状態が悪いことだ。


「なんてレベルの低い狩りをするんだ……!」


 奴らが持ってくる暴れ牛は魔法で上半身が吹っ飛んでいたり、表面が傷だらけだったりと、商品とは思えないような悪い状態でギルドに買取りをさせていた。


「こんな適当な奴らがいるから、ギルド側も一律一頭五十万円なんて買い方をするんだ! 暴れ牛の価格下落は供給過多だけが原因じゃない。こいつらにも責任の一旦があるぞ。暴れ牛ハンターの風上にも置けない奴らめ!」

「暴れ牛ハンターってそんな高尚な職業なんですか? いや、そもそも職業なんですか?」


 かなたんが冷めた目線でオレの方を見る。魔女っ子め、他人ごとのような雰囲気を出しやがって。


「職業かどうかは別にしてオレ達はこれしか収入源がないんだ。雑な仕事をされて安く買い上げられたんじゃ堪ったもんじゃないだろ?」

「まあそうですが……。そんなことより夕食は何を食べるんですか? 私、お腹ぺこぺこです」


 すぐに話を変えやがって! ……たしかに腹が減った。久しぶりに体を動かしたからな。


「今日はマグイアに来て初めて収入を得た記念日だからな。焼き肉でも食いに行くか?」

「賛成です! 食べに食べてやりますよ」


 食い意地の張った魔女っ子と共にオレはギルドを後にした。

 食事を終えたオレ達は一泊五十万エリスの格安宿泊施設に戻って床に就くことにした。当然経費節約のため、シングルベッド一つだけの部屋だ。どちらがベッドを使うか言い争いになったことは言うまでもないが、結局男のオレが板張りの床の上で寝ることになった。


「それじゃ、明かり消すぞ?」

「はい、どうぞ」


 オレはランプの明かりを消すと布団の中に潜る。……イービルの拷問で暗闇にトラウマを覚えていたオレだが、最近はそれも解消され、夜ランプを消せるようになった。だが、未だになんとなく緊張してしまい寝付くまでには時間がかかる。暇なオレはまだかなたんが寝息を立ててないことを確認して話しかけた。


「おい、まだ起きてるか?」

「起きてますよ。なんですか、一緒にトイレに行って欲しいんですか?」

「んなわけあるか! いい歳した男がそんなこと言うわけないだろ!」

「じゃあ、なんですか? 急に話しかけてきて」

「ま、特にこれといったことはないんだけどさ……。それにしても、お前よく今日会ったばかりの男と一緒の部屋で泊まれるよな。たくましいからこっちとしてはありがたいんだけどよ」

「ありがたいとはなんですか? まさか、あなた私を襲う気ですか?」

「んなわけあるか! オレにそんな趣味はねえよ! 変に気を使って部屋二つ用意しなくて良いから安上がりでありがたいって意味だよ!」


 オレはロリコンじゃないからな。誰がこんな魔女っ子を襲うか!


「そういうことですか。まあ、そういうことにしておきましょう。……私が男と一つの部屋で寝るのに抵抗がないのは、私に勝てる男など存在しないからです。私は最強のアークウィザードですからね。私の寝床を襲ってくる暴漢がいても壁の外までぶっ飛ばしますから。というかぶっ飛ばしましたから」


 過去にそんなことをしていたのか。たしかに、この魔女っ子のステータスを見る限り、男に襲われても大丈夫だな。なんせ、暴れ牛を素手で受け止めてしまう剛腕の持ち主だし……。オレはステータスという言葉でかなたんの冒険者カードにスキルが一つも記載されていないことを思い出した。まだ、互いに眠気もないようだし、質問することにした。


「なあ、オレちょっと見ちゃったんだけどさ。お前ってもしかしてスキルを持ってないの?」

「…………わ、私たち紅魔族は一つ目に覚える魔法として必ず上級魔法を覚えるのです。だから、それ以外の魔法は二つ目以降に覚えるのです」

「つまりなんだ、一つ目の上級魔法を覚えるためにスキルポイントを集めている最中ってことか。……じゃあ、魔法ひとつも使えないの?」

「う……、まあ、そういうことになります……」


 なんだよ。魔法使いと仲間になれたと思ったのに、才能豊かなだけの見習いか。オレがため息を吐くと、急にかなたんが体を起こして不安そうな眼でオレを見てきた。


「ま、魔法が使えないアークウィザードはお払い箱なんでしょうか!? パーティを外れなければいけませんか……?」


 どうしたんだ突然……。かなたんは少し涙目になっている。魔法が使えないことにオレが少しがっかりした様子を見せてしまったからだろうか。それなら、ちゃんとケアしないとな……。


「パーティ外すなんてしねえよ。魔法が使えないってのにちょっと驚きはしたが、お前は俺にとって必要な戦力だ。オレは魔法文字が読めないから読めるお前が絶対にいる。それに今日の暴れ牛狩りで見ただろ。オレは防御力はあるけど、攻撃はからっきしなんだ。暴れ牛を抑えるくらいの力を持つかなたんがいると助かる。明日からもよろしく頼むぞ」

「そ、そうですか。やはり最強のアークウィザードの私の力が必要ですか。明日も私のちからを貸してあげましょう。感謝すると良いのです!」


 さっきまで、涙を浮かべて不安がっていた姿はどこへやら、かなたんは元気な様子で声を出すと、間もなく眠りについた。……もしかしたら、この子が普段強気なのは……本当は心配性な自分を隠すためなんじゃないだろうかとオレは感じた。

 とりあえず、明日も狩りだ。そして金を貯めて、大量討伐できるように資器材を買い集めてと……。……オレは明日からの計画を思案しながら夢の世界へと入っていった。

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