第103話 かなたんの実力

◇◆◇


「着いたぞ……」


 オレ達一行は……と言ってもオレとかなたんだけなのだが、二人はマグイア郊外の荒野に到着していた。


「牛なんて見当たらないじゃないですか。本当に討伐することができるんですか? 疑問です」


 かなたんはオレに不審な目を向ける。どうやらオレの暴れ牛ハンターとしての実力を疑っているようだな。まあ、無理もないだろう。オレはお世辞にもガタイがよくない。運動神経があるようにも見えないし、客観的に見ればただの貧弱男性だからな。ならば、見せてやろう。スルアムの街で磨いたオレの暴れ牛ハンターとしての実力をな!


「まずは、魔道具店ウィズで購入した暴れ牛を惹きつける香水を一滴地面に垂らす」


オレはかなたんに説明をしながら、暴れ牛討伐の行程を進める。


「次は何をするんです?」

「あとは暴れ牛にしがみ付いて弱点の目を剣で突き刺すだけだ!」

「ええ……。そんな脳筋なやり方なんですか……。全然スタイリッシュじゃない」

「わがまま言うな! 金を稼ぐってのは泥臭いもんなんだよ! ……ここからはちょっと危ないからな。かなたんは離れて見ておくと良い」


 オレはかなたんを香水を垂らした場所から遠ざけて見学させることにした。かなたんを誘導し終えると、香水の匂いを察知した暴れ牛たちが大群で向かってくる。群れの先頭がオレに突進してきた。オレは例のごとく、暴れ牛に飛び乗ろうとする……が、失敗して後続の暴れ牛たちに踏みつけられる。


「ぐふぅうう!?」


 攻撃力だけはその辺の魔族よりも強い暴れ牛に足蹴にされ、おれは少しだけ悶絶する。


「カズヤ!? 大丈夫ですか!?」


 かなたんの心配する声にオレはよろよろと立ちあがりながらサムズアップを見せる。暴れ牛ハントに傷はつきものなのだ。スルアムの時も暴れ牛にしがみ付くことに失敗することはあった。というより、失敗の方が多い。暴れ牛狩りは大変なのだ。……一度通り過ぎた暴れ牛の大群が再びオレに向かってくる。オレはまた暴れ牛に飛び乗ろうとジャンプを試みる。今度は上手くいった。角をがっちりと掴んだオレは頭を振って振り落とそうとする暴れ牛の目に狙いを定める。


「そらあああああ!」


 オレの渾身の一撃は暴れ牛の目に命中する。急所を突かれた暴れ牛はあっさりと動きを止め、こてんと地面にその巨体を倒し動かなくなった。その後、10分間程、牛たちはオレ目掛けて突進してきたが、徐々にオレから離れて行く。香水の効果が切れたのだ。残念ながら仕留めることができたのは一頭のみ。だが、全然問題ない。一回のハントで一頭仕留められたのは良い方だ。オレはかなたんの方を振り返り、得意気な顔を見せた。


「どうだ、オレの華麗な暴れ牛狩りは?」

「華麗かはともかく、見た目に似合わず体が頑丈なんですね。感心しました」


 魔女っ子め、素直にほめれば良いのに……。良いだろう、そっちが素直じゃないならこちらも意地悪してやる!


「それじゃあ、まだ荷車にもう一頭積めそうだからな。もう一頭はかなたんに捕まえてもらおう」


 どうだ魔女っ子め! あんな危険な動物相手にハントするのは嫌だろう。泣いてオレに許しを乞うと良い! 『すいません。私には無理です。勘弁して下さい』ってな!


「わかりました」

「そうだろう、そうだろう。やりたくないだろう……って、え? いまなんて?」

「わかりました」

「まじで言ってんの? 女の子ひとりでかなう相手じゃないぞ! やめときなさい!」

「なんなんですか……。人を焚きつけるのか、心配するのかどっちかにして下さい! ……その眼に焼きつけてあげますよ。紅魔族随一の天才にして、最強の魔力を宿す私の実力を!」


 そう言うとかなたんは香水を持って、オレが先ほど垂らした地点まで一人で歩いて行く。


「おい、先に言っとくけど、魔法で粉々にするとかはなしだからな! 売れなくなる!」

「そんなこと言われなくても大丈夫ですよ。バカじゃないんですから!」


 かなたんはそう言いながら、荒野に香水を垂らす。間もなくすると、暴れ牛たちが群れをなし、かなたん目掛けて突進してきた。オレは少し心配だったが、自信満々なかなたんの闘いを見学させてもらうことにした。一体、どんな魔法を使うんだ?


 暴れ牛の一体がかなたんに向かって攻撃を仕掛けてくる。かなたんはその手に持つ杖を高々と掲げると……放り捨てた。あの娘何やってんの!?


「かかってきなさい!」


 かなたんは暴れ牛にそう宣言すると真正面から暴れ牛の突進を素手で受け止めようとする。衝突の瞬間オレは思わず目を背ける。巨体の牛と年端も行かぬ少女がぶつかり合えば……、結果は見るまでもなく、無残な物になると確信したからだ。巨大な衝突音がしてから、オレは状況を確認するべく、視線をかなたんの方に向き直した。


「ええええ!?」


 オレは自分の目を疑う。そこには、素手で暴れ牛の角を受け止める魔女っ子の姿があった。


「ブモォオオオオオオオ!」


 魔女っ子に角を掴まれた暴れ牛は、かなたんを跳ね飛ばそうと力を込めているようだが、かなたんはまったく動じない。あの小さな体のどこに暴れ牛を止めるパワーがあるんだ!?


「はああああああ!」


 かなたんは息を荒くして気合を入れると、角を掴んだまま暴れ牛の巨体を腕だけで持ち上げる。


「それえええええ!」


 かなたんは持ち上げた暴れ牛を地面に叩きつける。暴れ牛は悲鳴を上げている。……なんかちょっと可哀想だな。


「まだ意識があるのですか。それならば……もう一丁!」


 かなたんは暴れ牛が絶命してないのを確認すると、何度も暴れ牛を地面に叩きつける。この世界に動物愛護団体があったら、即訴えられそうな攻撃だ。


「かなたん、ストーップ!」


 オレはぐったりしている暴れ牛の目を突き刺し、ひと思いに殺した。最終的に殺されるとはいえ、地面に何度も叩きつけられて嬲り殺しにされるよりましだろう。


「なんですか、手を貸してもらわなくても倒せたのに……」

「お前の強さは十分わかったよ! 暴れ牛がかわいそうだから! 見てみろ! 仲間思いのはずの暴れ牛が仲間を置いて逃げてる。お前が暴れ牛を無駄にいたぶるから!」

「あれしきのことで恐れをなして逃げるとは……。暴れ牛とやらも大したことありませんね。まあ、仕方ありません。紅魔族随一の天才にして、最強のアークウィザードの私を前にしては彼らも紙くず同然ですから」


 こいつに慈悲はないのかよ!? というか、こいつオレにスタイリッシュに倒せとか文句言ってなかったか!? こいつこそアークウィザードなら魔法を使ってもっとスマートに狩って欲しいものだったわ! ……まあ、幸い、暴れ牛はそれほどキズものになっていない。これなら、ある程度高値で買ってはもらえるだろう……。


「ん? これは……」


 オレは地面に落ちている冒険者カードを見つける。おそらくかなたんのものだな。カードの記載内容を覗く。


「す、すげえ。なんだよ。この数値は……」


 かなたんの基礎ステータスは無茶苦茶高かった。暴れ牛を一方的にぼこっていたのも納得できる。特に魔力は本当に高い。オレの防御力くらい高いんじゃないか? 自分で最強の魔力を宿すと豪語するだけのことはある。これだけの実力を持っているなら、スキルもさぞかし凄い物をもっているのだろう。オレはスキルの欄に目線を移す。


「え……?」

「ちょっと、何勝手に私の冒険者カードを見てるんですか! プライバシーの侵害ですよ!」


 かなたんはオレの手から冒険者カードを奪い返す。


「す、すまん」


 オレは動揺しながら謝る。動揺したのはかなたんに怒られたからではない。かなたんのスキル欄に何のスキルも記載されていなかったからだ。オレはもしかしたら、この魔女っ子は何か闇を背負ってるんじゃないか、と勘繰ったのだった。

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