第76話 昔話

「むかーし、むかし……。いや、十年前だから、大して昔じゃねえか……。王国と魔王軍は戦争していました。しかし、それは戦いと呼ぶにはあまりにも力の差がありました。魔王軍が強すぎたのです……」


 ワルモンが突然、昔話を子供に語りかけるような口調で話しだす。オレは小馬鹿にされているようで腹立たしかったが口を閉じて耳を傾けた。


「そこで王国は魔王軍と取引することにしました。このスルアムの街を差し出す代わりに停戦をするよう魔王軍と交渉したのです……。魔王様はこれを受け入れました。魔王様はスルアムの街の人間を生かしたままにします。魔王様の好物は人間の絶望の感情だからです。絶望の感情は人間が希望を失うときに発生するのです。その希望が大きければ大きいほど、その希望を失ったときの絶望も大きくなります。だから、魔王様は既にスルアムが魔王軍のものであるという真実をあえて隠しました。スルアムの人々が大きな希望を持つそのときまで、事実を告げるのを待ったのです……」


「……長い話になりそうだな……。ただただイラつくぜ……」


「まあ、そういうなよ。兄ちゃんよう……。カルシウム不足だぜ?」


 不快な軽口がオレをさらにイラつかせる……。


「話を続けるぜ? 魔王様の野郎から命を受けたオレ様はこの街を攻めすぎない程度に攻撃し、スルアムの人間が大きな希望を持つ日まで戦い続けるように言われた。だが、魔王様の野郎はスルアムを手に入れて間もなく、勇者にやられちまったってわけだ。でもよう、せっかく王国から……人間から奪ったスルアムの地を手放すなんてもったいねえだろ? だから、オレ様はこの地をオレ様のもんにすることに決めた」


「……魔王様の野郎って言ったか? 忠誠心のない奴なんだな、お前」

「ああ! あの野郎はオレ様がどんなに体を張っても幹部に昇格させてくれなかったからなあ! 『お前には品性と知性が足りない』とか言われてよう! 今思い出しても頭にくるぜ! 力はその辺の幹部よりオレ様の方が上だってのに! あの野郎が勇者に殺されたと聞いた時は内心ガッツポーズしてやったぜ。ざまあみろってな! ひゃははは!」


 なるほど……、確かにこいつには品性と知性が足りてないな。どうやら魔王とやらも見る目はあったらしい。こんな奴幹部にしたら、下の奴らが大変だ……。


「だが、この街をオレ様のもんにするには障害があった。……スルアムで特殊な成長を遂げちまった勇敢なアクシズ教徒だ。人口の9割を占める奴らはスルアムの地のためなら玉砕覚悟で攻めて来る危険があった……。そんなことされた日にゃオレ様たち魔王軍残党も戦わないわけにはいかねえ……。でもよう人間を全滅させちまうのは美味くねえんだ。俺の食べる人間がいなくなっちまうからなあ……。そこで、オレ様はワルモン教という宗教兼軍を作ることにしたわけだ……。元王国騎士団第三分団長デモンズちゃんを頂点とした団体をな……。デモンズちゃんとは戦争中に手合わせしたことがあってよう、こいつは使えると思ってたんだ。大して王国に忠義を尽くしてるわけでもねえし。自分の欲望のために闘ってるってのがひしひしと伝わって来たからな。そこでスカウトしたってわけだ」


「ワルモン教を作った? なんでそんなことをする必要があるんだ!?」


「少しは頭を働かせた方が良いのではないかね? カズヤ殿……」


 デモンズがオレとワルモンの会話に割って入る……。


「頭が働かなくて悪かったな。あいにく、ぽんこつ女神様と同じ知力しかないんだ。教えろよ」


「ぽんこつ女神? なんのことかわからんが……、人にものを聞く態度ではないな。だが教えてやろう……。さっきもワルモン様が話しておられたが……、この街のアクシズ教徒は勇敢だ。そして、王国もスルアムへ出兵しようとしていた。もちろん両者は、魔王軍残党を倒すために動こうとしていたわけだ。だが、それではこの地が再び争いの場となり、人間の数が減る。我々魔王軍残党側が勝っても、ワルモン様も私も甘い汁を吸うことができなくなってしまう。そこで、ワルモン教というカモフラージュを作ることにしたのだよ。表向きはワルモン教が魔王軍残党を追い払ったことにして、スルアムの街と王国に恩を売ることにしたのだ。恩を売られたスルアムの人間はワルモン教を表だって非難しにくくなった。そして……、王国にはこのスルアムの自治権をワルモン教に渡すよう交渉したのだ。元々、魔王に渡したスルアムの地を取り戻してやったていになっているのだ。税金を納めることを条件にワルモン教の自治は認められたのだよ。一国二制度となったわけだ……。一度自治権を持ってしまえば……、我々が相当に目立つ悪行をしない限り、王国から干渉を受けることはない……。私達のやりたい放題というわけだ……。さらに言うと……、我々が単なる武装集団ではなく、ワルモン教という宗教の形を取ったのは、アクシズ教徒への迫害に理由をつけるためだ。宗教観の争いという繊細な事柄にすれば、王国は我らワルモンの悪行を糾弾しにくくなる、というわけだ」


「……だが、お前らのそんな企みに気付き、ワルモン教の独裁を防ごうと動いた人間がいた。それがアクエリの両親だったわけだな?」


 オレはグッと拳を握りしめ、デモンズを睨みつける……。


「そのとおりだ。スリウスとアリア……奴らは王国に訴え出ようとした……。自治権はこちらにあるのだ。奴らが訴え出たところでアクシズ教徒への迫害についてワルモンが追及される可能性は低い……が、大き過ぎる希望は消さなければならん……。我々の支配のためにな……。だから奴らには犠牲になってもらった。……そうそう。スルアムの住人は我々ワルモン教が自治権を持っていることを知らない……。それ故、住民たちは来るはずもない王国からの救援を心のどこかで待っているのだ。『きっと王国はワルモン教の悪行に気付いてくれるはずだ』と思ってな……。素晴らしい偽りの希望だろう?」


「うるせえよ……!」


 オレは右手に持っていたフライパンを思い切り、ワルモンに向かって投げつける……!


「なんだ、兄ちゃんよう? オレ様にケンカ売ってんのか?」


 ワルモンは投げつけたフライパンを片手でなんなく受け止める……。


「ケンカ? ちげえよ……。血は流さない戦いをするつもりだった……。だが……、きっとお前を殺さなきゃこの街は救われない……。そう思っただけだ。だから……これからやるのはケンカじゃねえ。醜い殺し合いだ……!」


 オレはワルモンに宣言し、剣を抜く……。


「上等だ……! がっかりさせてくれんなよ?」


 ワルモンは受けとめたフライパンをまるで新聞紙のように丸めて放りなげた……。……馬鹿力野郎め……!

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