第14話 アクアリウスとお湯

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 オレ、鈴木和哉はポケットにナイフを隠し、秋葉原を散策していた。獲物を探すために……。大通り沿いの電気店の前で小さな男の子とその父親がテレビを見ていた。最初はこいつらにしよう。オレはそう決めた。小さな男の子はもちろん、その父親も背が低く、ガリガリな体型でオレでもやれそうだったからだ。

 捕まった後の台詞は『むしゃくしゃしてやった。だれでもよかった』だな。オレはポケットのナイフを握りしめた。下卑た笑いをしているのが自分でも分かる。もう止められない。ナイフを取り出そうとしたその時だった。

「お父さん、レッドレンジャー、かっこいいね!」

男の子は純粋な声で父親に話しかける。

「レッドレンジャー……」

 オレは一人ごとをまた言って、テレビの方に顔を向けた。画面にはオレが小さい頃に見ていた戦隊もののDVDが映され、リーダーの赤い戦士が名乗りを上げている……。

『弱きを助け、強きをくじく、正義の戦士、レッドレンジャー!』

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「ほら、謝って! 私も一緒にごめんなさいしてあげるから、ほら、早く謝って!」

「ごめんなさい……」


 大道芸少女が、男の子二人の頭を両手で押さえて、謝罪の言葉を述べさせる……。


「もういいよ。お金は戻って来たし……」

「ほ、本当ですか? ありがとうございます! ほら、あんた、もっとちゃんと謝りなさい!」

「ごめんなさい……」


 男の子二人は目に少し涙を浮かべながら謝っている。反省しているようだ。それなら、オレから言うことはもう何もない。


「ホントにもういいよ。ほら、帰って帰って」

「寛大な人なんですね……。お詫びにお茶をごちそうしますので良かったら私達のウチに来てもらえませんか?」


 別に寛大ではないと思うが……。大道芸少女が笑顔でオレを誘ってくる。遠目にみたらアクアの2段階下とか言ってしまったが、そんなことはない。1段階下くらいだ。オレは彼女の言葉に甘えることにした。美人に釣られたわけではないよ?


「ここが私達の家です!」

「ええ……」


 大通りから少し入った日の入らない脇道。そこに廃材の柱を組み合わせて布をかぶせただけの簡単な工作物が置かれていた。


「家……ですか?」

「家です!」


 彼女の目は純粋だった。立派でしょ? とでも言い出しそうな雰囲気だった。オレたちはそのホーム○スの家としか思えない工作物の中に入り込む。


「アクエリ姉ちゃん! おかえり!」


 これまた、ぼろぼろの服を着た女の子が大道芸少女に駆け寄る。


「良い子にしてた?」

「うん! 良い子にしてた!」


 女の子は元気に答えながら、オレに視線を向ける。


「このお兄ちゃん、だれ?」

「お客さんよ、お客さん」


 オレはこんにちはと女の子に挨拶する。


「お姉ちゃん! こわいよう!」


 女の子はオレの顔を見て、泣き出しそうになる。こらこら、泣きたいのはお兄さんの方だぞ? そんなに怖い顔をしているんですか? 傷付きますよ?


「大丈夫よ。見た目は怖いかもしれないけど、良い人よ」


 おい、大道芸少女、フォローしてるつもりか知らんがフォローになってないぞ。てか、オレはどんな顔してるんだ。この世界に鏡はないのか。


「アクエリさんって言うんですね。まだ、名前聞いてませんでした。ちなみにオレはカズヤと言います。よろしく」


 オレは大道芸少女に自己紹介していないことに気づき、遅ればせながら挨拶する。


「私はアクアリウスと言います。長いので愛称はアクエリっていうんです。アクシズ教のシスターです!」

「知ってますよ。今日、広場で大道芸してましたよね?」

「花鳥風月のことですか!? あれは大道芸などではありません! 女神アクアが実際に行なっていた、神聖な儀式なのですよ!」


 オレは全てのスキルを会得できるから確認したが、宴会芸スキルだったぞ、あれ。アクエリ本人も分かってるだろ……。


「まあ、そこに座ってください。すぐお茶用意しますから! クリエイト・ファイア!」


 アクエリは木に火を着けて小さなやかんでお湯を湧かす。そこに座れって言われたが、もしかしてこの藁が溜まってる場所か? オレは藁の上に座る。少し待つと、やかんから音が鳴り響く。アクエリは小さな急須にお湯をいれ、急須から湯のみにお茶を淹れてくれた。


「どうぞ」とアクエリはオレに湯のみを差し出す。うん、お湯。

「おいしいですか?」

「ええ、とても」


 お湯だがな! お茶の味なんて1ミリもしないぞ! とは言えなかった。


「よかったぁ。おかわり淹れますね」


 再びアクエリは湯のみにお茶を淹れ、オレに差し出す。オレは湯のみに口をつける……。うん、お湯!!

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