第100話 もう少しだけ、この素晴らしい世界で

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 スルアムの街を出て、三日……。オレ、鈴木和哉はボロ宿のベンチに座り、途方に暮れていた……。


「お金が足りない……」


 オレは力なくぽつりと呟かずにはいられない……。魔法都市『マグイア』……。オレはスルアムからこの都市に転移した。魔法都市なんて名前が付いているのだ。この街なら、『デス・フェロー』の習得に必要なスキルポイントを効率的に取得する方法を知ることができるに違いないと踏んでいた……のだが、オレは厳しい現実に直面していた……。


「何をするにも金、金、金……。一番ぼろい宿で一泊五十万エリスって……。どんだけぼったくるんだぁあああああ!」


 どうやら、この街はお金持ちや優秀な魔法使いが集まる場所らしく物価が高い。金持ちは自分達の欲望を満たす方法を知るために……。魔法使いたちは知識欲を満たすために……、この土地を訪れるようだ。そんな土地柄なら、オレの知りたい『スキルポイントの効率的な取得方法』も容易に知ることが出来そうなのだが……、この街はとにかく、いろんなことに金を取る……。


 先日、スキルポイントのことを聞こうと、店の中に入ったのだが……、まず挨拶代わりに入場料を取られる……。そして、用件を伝えると、別の店に行くように促された。このとき、しっかりと紹介料を払わされる。そして、紹介された店で再び入場料を払って教えてもらった情報は『ホワイトドラゴンの肉を食べればスキルポイントが上がるよ』、だ。ふざけるな! そんな情報ならスルアムの街にいたときに教えてもらったわ! しかもその辺のおっさんにタダでな! オレは怒りを抑えられずに、金を返してもらうように要求したのだが……、店員はオレのことを不思議そうに見つめていた……。あまりにも店員が珍しい物を見るような視線をオレに向けているので、オレは何も言えなくなってしまう……。周囲の様子を確認すると、どうやらオレと同じような状況になっているおっさんを発見することができた……。


「まったく、そんな情報なら知ってるよ!」


 そうだ、そうだ! もっと言ってやるんだ!


「もう、こんな店こないよ!」と言って、おっさんは返金を求めることなく、店を後にしようとする。オレは思わずおっさんを呼びとめた。


「ちょ、ちょっとアンタ! 誰でも知っているような情報しか教えてもらってないのに、金を返してもらわなくていいのか!?」


 おっさんも店員と同じく、珍しい物を見るような視線をオレに向ける。


「なんで、そんなことを聞くんだ? 入場料、紹介料を返してもらうなんてマナー違反じゃないか……」

「えぇ……」


 オレはおっさんの返答に茫然としてしまう。どうやらこの魔法都市『マグイア』では入場料、紹介料は払って当たり前のもので返してもらうようなものではないらしい……。 ふざけんな! 入場料、紹介料、それぞれ、十万エリス近くオレは払ってるんだぞ! と叫びたかったが、店内にいる人たちの異物を見るような視線に耐えられず、オレは店から退散したのだ……。


 その後、なんとか街で一番安いボロ宿を、道行く人に『お礼』を払って教えてもらって今に至る……。衣食住、全てにべらぼうな金が必要で、既にオレの財布は底を尽きかけていた……。……スルアムの街から出るときには、暴れ牛討伐で貯めたお金が五百万近くあったはずなのに……。も、もう五十万エリスを切ってしまっている……。


「働かなきゃ……」


 オレはボロ宿のベンチで俯いて独り言を呟いた……。

オレは金を稼ぐため、魔法都市『マグイア』のギルドに行き、掲示板の前に立つ……。


「な、なにも貼られていない……?」


 掲示板には何の依頼も張り出されていなかった……。オレは不思議に思い、受付嬢に質問する。


「あ、あの……、掲示板に何も貼られていないんですが……」


 オレが話しかけると、受付嬢は掌を上にして右手を差し出す。教えて欲しいならチップを払えってか!? ……オレは仕方なく一万エリスを受付嬢に渡す。


「なに、言ってるんですか。依頼はちゃんと貼られてますよ?」

「え? 嘘つくなよ! 何も貼ってないじゃないか!」

「お兄さん、さては魔法文字が見えないんですね?」

「ま、魔法文字?」

「ええ。その名のとおり、一定の実力を持つ魔法使いにしか見えない文字です」


 なんだそりゃ!? そんな文字で依頼を書くんじゃねぇよ!


「もしよろしかったら、魔法文字を読んで差し上げましょうか?」


 受付嬢は親指と人差し指で円のマークを作る……。純粋なまぶしい笑顔で金をせびるんじゃねえよ! オレは受付嬢からの売り込みを断り、掲示板の前に戻る……。戻ってみたものの、依頼が見えるようになるわけでもない……。オレがどうしようか悩んで掲示板の前をうろうろしていると、女の子の声が聞こえてきた……。どこか弱弱しい。


「お、お兄さん。魔法文字が見えなくて困ってるみたいですね……」


 振り向くとそこには、見た目からして魔法使いのような、黒い帽子、黒いマントを着た背の低い少女が立っていた。マントの下には目立つ紅色のワンピースを着ている。そして、オレの目に強く印象に残ったのは黒髪から覗かせる宝石のように綺麗に紅く輝く両眼だった。オレは不気味で美しいその眼に思わず息をのむ。


「ふ、ふふ……。私に協力してくれるなら……、魔法文字を読んであげても良いですよ……?」

「……お、おい、大丈夫かお穣ちゃん? 今にも倒れそうじゃないか……」


 少女は手に持つ杖で体を支え、なんとか立っている感じだった……。……顔色も悪い……。


「わ、私は紅魔族のアークウィザード……。こ、これしきのことで……。が、がくっ……」


 自分の口で効果音を作り出した少女は、その場に倒れ込んでしまった……。


「お、お腹が空きました……。め、恵んでもらえると助かります……」

「え、えぇ……」


 オレはスルアムの街から遠く離れた魔法都市『マグイア』で行き倒れの少女と出会ってしまった。はぁ。ったく、しょうがねえなあ……。ほっとくわけにもいかない……。……どうやら、神様はオレの死への旅を簡単には終わらせてくれないらしい……。

「……もう少しだけ、この素晴らしい世界で生きてみるか……」とオレは心の中で皮肉を呟くのだった……。



第一部 完

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