第93話 コノクダラナイセカイニ、フクシュウヲ……!
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―― スルアム教会跡地の敷地外 ――
私は……ワルモン十司祭第三司祭ノウレッジは、痛みで体をまともに動かせないでいた……。あのワルモンという悪魔の爆発から、私以外の十司祭、教徒兵と自警団、そして私自身も守るため、転移魔法を発動させたが……、ワンテンポ遅れてしまったようだ……。私は皆が無事か確認するため、激しい痛みを堪えながら周囲を見渡す……。……皆、なんとか無事なようだ……。相変わらず意識は戻っていないようだが……。
私は『望遠』と『聞き耳』のスキルを行使する……。
「こ、この声はカズヤ殿……か!?」
まったく信じられない……。私は転移魔法を発動させる際、カズヤ殿を連れていくことができなかった。カズヤ殿はあの爆発を至近距離で受けたはずだ……。それなのに無事でいるとは……!
私は『聞き耳』のスキルで離れている場所の声も聞くことができる。ワルモン達とカズヤ殿の会話を聞く。……どうやら、カズヤ殿が助かったのは、防具にかけられた特殊な魔法のおかげらしい……。さらに、カズヤ殿は新たなスキルをその身に宿しているとのことだ……。カズヤ殿はスキル名を叫び、スキルを発動する……。
「バザーク!?」
私はワルモンと声を重ねるようにして驚きの声を上げてしまう……。『バザーク』は禁忌のスキルと言われている……。己の治癒力、防御力……そして知性を犠牲にし、筋力を……攻撃力を極限にまで高めるスキル……。スキルの使用者は理性を失い、その本性に従い行動する……。
スキル使用者が暴走してしまうため、人はもちろん、徒党を組む魔族も取得しようとしない。味方さえもその力の歯牙にかける恐れがあるからだ。それ故、禁忌なのだ。そもそも、取得のハードルが高いという問題もある。必要なスキルポイントが多く、さらには熟練した者でしか取得できないと聞く。失礼だが、カズヤ殿は熟練した戦士には見えない……。なぜ、バザークを取得できたのか……。
しかし、そんな些事な疑問など、カズヤ殿の咆哮で消し飛ばされる……。とても人間の叫び声とは思えない音をカズヤ殿は発していた……。カズヤ殿は雄叫びを上げるとともに、禍々しい紅いオーラでその身を包む……。
「なんと、凶悪なオーラなのだ……!?」
私は思わず大きな声で独り言を言ってしまう。これだけ距離が離れているというのに……。少しでも油断したらあのオーラに意識を持っていかれそうだった……。私は自分を保つために独り言を発したのだ……。
デモンズとイービルは……既に気絶している……。失禁もしているようだ。……あのオーラを間近で受けているのだから無理もない……。
「バザークだと!? ふざけるな! このオレ様でさえ取得ができなかった高難易度スキルを……。魔王軍幹部でさえ、一部の者しか取得できなかったスキルを……。なぜ、なぜてめえが……人間ごときが……!?」
「ガ、ガガガ……、コ、コロス。ワルモン、コロス……!」
どうやら、カズヤ殿は既に理性を失っているようだ……。
「ククク……、て、てめえがバザークを使うから面喰らっちまったが……、人間ごときが……てめえみてえな戦闘素人がバザークを使ったからって大したことはねえはずだ……。地力が違うからなあ……! オ、オレ様の極限にまで高めた防御力に敵うはずが……」
ワルモンが恐怖を押し殺し、カズヤ殿と対峙していたその時だった……。オーラの一部がワルモンの付近を一瞬掠めた……。
「あ? ああ!? オ、オレ、オレオレのう、腕、がああああああああああああ!?!?」
あまりにも一瞬だった……。私にも何が起こったのか全く分からなかった……。おそらくだが、カズヤ殿のオーラがワルモンの右腕を食いちぎったのだろう……。
「ひ、ひぃいいいいいい!? オレの極限にまで高めた防御力が、何の役にも……!?」
ワルモンは腰を抜かして左手だけで、カズヤ殿と距離を取ろうとする……。
「イ、 イマノハ、ヘクセライノ、ジイサンノブン……」
カズヤ殿がヘクセライ殿の名前を呼んだような気がしたが、理性を失っているせいか、発音がおかしく、はっきりとは聞きとることができなかった……。
「に、逃げるんだ……! 能力の全てを敏捷に回して……。ヒャハハハ、理性を失ったのが運の尽きだったなぁ! オレ様は逃げさせてもらうぜ!」
ワルモンはこの場から逃げるつもりか!? バザークは攻撃力を上げるスキル……敏捷性までは上げられない。このままでは逃げられてしまう……!
「ヒャハハハハァ!」
ワルモンの姿が私の視界から消える……。あの高速移動では……さすがに今のカズヤ殿でも……。……!? 私は眼を疑った。消えたはずのワルモンが再び姿を現したのだ。カズヤ殿に片手で首を絞められ、宙に浮かされた状態で……。
「なんで? なんで、なんで、ナンデ!?」
ワルモンはパニックに陥っていた……。またしても私には何が起きたか分からなかったが、よく観察すると、カズヤ殿の体が生傷だらけになっている……。
「ま、まさか、自分を投げたのか……!?」
私は自分の推測を口にする……。おそらくカズヤ殿は自分自身の体をオーラで投げたのだろう……。バザーク自体は筋力しか……攻撃力しか上げられないスキル……。確かに自分を高速で投げれば、敏捷性をカバーできる……。しかし、理性を失った状態でそんなことをすることが可能なのだろうか……?
「コ、コレハコロサレタ、アクエリノ、リョウシンノブン……!」
カズヤ殿はオーラに覆われた手刀でワルモンの両足を切断し、放り投げた……。
「ひ、ひぃいいいいいいい!」
ワルモンは残った左手だけで芋虫のように地べたを這いずる……。その姿は惨めであり、私は不覚にも同情を覚えてしまった……。……足の切断……。やはり、理性を失ったとは思えない合理的な戦い方だ……。もしかしたら……バザークの理性を失うというデメリットは誤解なのかもしれない。本性が強く浮かび上がる……それが真実なのかもしれない……。だが、もしそうなのだとしたら、カズヤ殿の本性は……。
……逃げ切るのは無理だと判断したのだろう。ワルモンは必死の命乞いをカズヤ殿にし始めた……。
「ひ、ひ、ひい! ご、ごめんなさい。オレ様が……い、いえ、僕がわるかったです……! この街から姿を消します……! 財産も返します……!」
カズヤ殿の表情には何の変化もない……。
「い、今まで殺した人の家族に土下座します……! 家族がいない人にはお墓の前で土下座します……! なんでも、なんでもします……! だ、だからお願い、殺さないで……! 殺さないでくれぇええええええええええ!」
ワルモンは子供のように泣きじゃくり、頭を何度も地面に叩きつけ、必死に許しを乞う……。もし、私がカズヤ殿の立場なら許してしまうかもしれない。それほどに必死な様子で、ワルモンは謝罪をしていた。……理性のあるカズヤ殿でもおそらく許してしまっていただろう……。しかし、今、ワルモンの目の前にいるのは、スキルにより理性を失い、復讐の化身となった男だ……。……許されることはなかった……。
「コレハ……ノブン!」
「え? なんですか? 許してくれるんですか?」
ワルモンの間抜けな声がワルモン教会の跡地に響く……。
「ミンナノ……ブン!」
「ペキャ?」
……それは余りにも短いワルモンの断末魔だった……。カズヤ殿の右拳の一撃はワルモンの頭部をトマトのように潰していた……。このスルアムの街を十年にわたって支配したワルモン教の黒幕……ガーゴイルのワルモンは余りにも呆気なく、最後を迎えたのだ……。だが、カズヤ殿の攻撃は治まらない……。絶命したであろうワルモンの死体に拳を叩きこみ続けていた……。
「ミンナノブン、ミンナノブン、ミンナノブン、ミンナノブン、ミンナノブン! フクシュウ、フクシュウ、フクシュウ、フクシュウ、フクシュウ、アアアアアアアアアアア!」
壊れたオルゴールのように、同じ言葉を繰り返すカズヤ殿の姿がそこにはあった……。
「フクシュウ、フクシュウ、フクシュウ、フクシュウ、フクシュウ……! ……コノクダラナイセカイニ、フクシュウヲ……!」
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