第95話 解放されたスルアムの街

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―― スルアムの街、中央広場 ――


 アクアリウスは夜を徹して祈り続けていた……。スルアムの街の英雄になるであろう男……カズヤの勝利と生還のために……。途中、大きな爆発音が何度も起こった……。その度に、カズヤの安否が気にかかる……。何度もワルモン教会に駆けつけたいと思った……。しかし、アクアリウスが動けば、街中の人間がワルモン教会に共に向かってしまうだろう。そうなれば、カズヤとの約束が守れなくなる……。ワルモン教とアクシズ教を衝突させないという約束が……。アクアリウスは断腸の思いでカズヤの元へ赴くのを諦め、アクシズ教の神に願い続ける……。


 夜が明けるころ、ワルモン教会の方向から、複数の人影が中央広場に向かって歩いて来る……。それは、ワルモン教司祭長デモンズとワルモン教幹部十司祭達の姿であった……。全員が後ろ手にされ、ベルトで拘束されている。その中に一人だけ拘束されていない男の司祭の姿があった。第三司祭、ノウレッジである。どうやら、ノウレッジは十司祭を拘束し、広場まで連行してきたようだ……。ノウレッジは広場に到着すると、演説を始める。


「……みんな、聞いてほしい! ワルモン教会は今夜、壊滅した……。一人の勇気ある男の手によって……。ワルモン教会は今、この瞬間をもって、スルアムの自治権を放棄する……! スルアムはワルモン教から解放されたのだ……!」


 広場にいた百人程度の住人は状況を上手く理解できずにいた……。あまりにも突然のことだったからだ。つい昨日まで支配されていた状況が今日から突然なくなる……。嬉しいことのはずなのに、現実感がない……。広場の人々は、それぞれに、ノウレッジに質問をする……。支配がなくなったことを確認するために……。


「……今日からはお布施をしなくていいのか……? おっかあを医者に見せる金をもらってもいいのか……?」

「当然です。医者に見せるためのお金さえ奪っていた今までの状況が間違いだったのです……。ワルモン教関連の全てのお布施は廃止します……。早くお母さまを医者に見せてあげて下さい……」


 ノウレッジは中年の男の質問に答えた……。


「アクアリウス様に祈るのに……石を投げなくても良いのか……?」

「もちろんです……。今までアクシズ教に関して禁止されていた全てのことが開放されます……。アクエリに祈ることも、女神アクアに祈ることも、アクシズ教会を復活させることも……全て……」


 今度は老人の言葉にノウレッジは答えた……。その後も、住人達から似たような質問が飛ぶ……。ノウレッジは丁寧に一つずつ答えた。ようやく、住人達は実感を持つことができたのだろう……。ワルモン教からの解放に対する喜びの歓声が少しずつ出て来た……。しかし、その歓声を打ち消すように一人の男が、大声を上げる……。


「納得いかねぇ!」

「……レジスト……。久しいな……」


 ノウレッジは大声を出した男のことをレジストと呼んだ……。レジストとノウレッジは旧友だ……。ノウレッジがワルモン教に入ったと同時に、当然ながら疎遠になった。かつて子供の頃、アクアリウスを誰がお嫁さんにするかをかけてケンカしたこともある仲である……。

 レジストは打倒ワルモン教を掲げる反乱分子のリーダーになっていた……。レジストは叫び続ける。


「みんな、どこまでお人好しなんだ……! こいつらワルモン教にどれだけオレ達が苦しめられたか忘れたのか! 支配がなくなったくらいで喜んでんじゃねえ! こいつらのせいで死んだ人間が大勢いる……。血縁者全て殺された奴らだっていたはずだ……! ……どうやって、てめえらは償いをするつもりだ!」

「……レジストの言うとおりだ……。償いはしなくてはならない……。……皆から奪った金や宝石などはワルモン教会の地下にある……。全てを返すことはできないだろうが……、皆で話し合って公平に分けて欲しい。足りなければ……ワルモン教会が持つ土地などを売って欲しい。ワルモン教が持つ財産は全てスルアムの街に、その権利を譲渡する。そして、もっとも大切な、人の命を奪ったことへの償いだが……、本来ならば……、司祭長であるデモンズ、そして幹部である十司祭全員の死で償うことが筋だろう……。だが、アクシズ教は殺人を禁止している……。つまり、各々が自害をしなければならないわけだが……」


 ノウレッジは司祭服を脱ぎ去り、持っていた短剣を抜く……。スルアムの住人は司祭服で隠されていたノウレッジの体を見て右腕がないことに驚く……。ノウレッジは切っ先を自分の腹部に向けていた……。


「……これは私のわがままだ……。私の命を持って償ったことにして欲しい……。はなはだ勝手なお願いではあるが……私以外の十司祭たちの命だけは助けてやって欲しい……。……私の愛したスルアムの住人なら……アクシズ教徒の皆なら、寛大な処置をしてくれると信じている……。……さらばだ……!」


 ノウレッジが自らの腹部を突き刺そうと剣を振り上げた……。その時だった……。


「ダメです!!」


 一人の女性の声が広場に木霊する……。その意志の強さが伺える声を聞き、思わず住人皆がビクっと身震いをする……。ノウレッジも剣を振り上げたまま止まってしまう……。……アクエリが怒声を上げたのだ……。アクエリはノウレッジの元に歩みより、ノウレッジをビンタする……。


「アクシズ教は確かに殺人を禁止しています……。しかし、それは自分を殺すこともなのですよ……! 自害なんて許しません……。……私は知っています……。ノウレッジさんが何故、ワルモン教に入信したのかを……。病気の妹さんを助けるためだったんでしょう? スルアムの住人は……アクシズ教徒はあなたたちを死なせません……。もちろん罪は償わなくてはいけませんが……」

「こいつらを連れてけ! 今は使われていない憲兵の派出所にある拘置所に入れておけ!」


 レジストが子分たちに命令し、十司祭たちを半ば強引に連行する……。


「レジストさん……!」


 アクアリウスはレジストに不安そうな視線を送る……。レジストはため息をつきながら口を開く。


「心配すんな。アクエリさん……。オレ達はワルモン教を憎んでいるが……それ以上にアンタのことを尊敬しているんだ……。アクエリさんが悲しむような真似をするつもりはねえ。こいつらを痛めつけるようなことはしねえよ……」


 アクアリウスはその言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろす……。しかし、すぐに別のことを思い出し、胸が締め付けられる……。別のこととは、もちろんカズヤのことである。カズヤは未だに姿を現さない……。無事かどうかを確かめるため、ノウレッジを連行している反乱分子の一人を呼びとめる……。


「待って下さい。ノウレッジさんと話をさせて下さい!」


 アクアリウスの願いを聞き入れ、連行は中断される……。


「ノウレッジさん、さっき言ってましたよね。『一人の勇気ある男の手によって』、ワルモン教は壊滅したって……。それはカズヤさんのことですよね……」


 ノウレッジは黙ったまま頷く……。


「カズヤさんは無事なんですか!?」

「ええ……。カズヤ殿は、その身を呈して闘ってくれた……。あの方の強さは異次元でした……。スルアムの住人でもない彼があそこまでしてくれたのは……きっと、アクエリ……あなたへの情が深かったからでしょう……。彼とワルモン教との死闘はまた、後日お伝えしましょう……」


 アクアリウスは一瞬頬を赤らめたが……、すぐに話を再開した。


「そ、それで、カズヤさんは今どこに……?」


 ノウレッジはしばし沈黙した後、話し始めた……。


「……わからないのです……。彼はワルモン教のトップを倒すとすぐに、歩き去ってしまったのです……。追いかけようとしたのですが……、体へのダメージが大きく、私は追い付いて引きとめることができなかった……。……彼がどんな業を背負っているのかは知らないが……彼はこのスルアムの街から称賛を受けるべきだった。そして、アクエリ……あなたから労いの言葉を貰うべきだったのです……。私はなんとしてでも彼を連れ帰るべきだったが……できませんでした……。すまない……」


 言い終わると、ノウレッジは連行されていった……。


「カズヤさん……。どこに行っちゃったんですか……?」


 スルアムの街にまぶしい朝日が差し込む……。しかし、アクアリウスの心は曇ったままだった。

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