第119話 実験延長
「さて、どれくらいの焼け具合になりましたかね? 死んでなければいいですがねぇ」
ギャンの薄ら笑い交じりの声が聞こえてくる。……人を見下した笑い声をあげやがって。不愉快な奴だぜ。
エクスプロージョンによる濃煙が晴れたとき、オレは奴の驚いた表情と対面した。
「な、なに!? バカな!?」
「悪かったな。焼けてなくて」
オレはギャンに向かってお返しとばかりににやりと笑いながら答えてやった。
「あの攻撃を受けて傷一つついていないだと!?」
「さすがに傷一つついてないなんてことはないさ。服が焦げちまったからな。そんなことより、さっさと一千万エリスの小切手を渡してくれよ」
「……わかりました」
オレはギャンから小切手を受け取る。たしかに一千万エリスと書かれている。
「ところでこれはどこで換金するんだよ? 生憎オレは学がないんでさ。教えてくれ」
「……マグイアのギルドで換金できるようになっていますよ」
「そうか」
「……それでは引き上げることにしましょうか。みなさん帰る準備を始めてください」
ギャンが記録や攻撃を担っていた部下の魔法使いたちに指示を出す。だが、オレはそれに待ったをかけた。
「おい、もう実験とやらを終えるのか? まだデータを取り切れてないだろ?」
「……なんですって?」
ギャンがオレを訝しむような表情で反応する。
「だってそうだろ? まだ攻撃を受けたのはモヒカンのおっさんと鎧のおっさんとオレと同い年くらいの兄ちゃんだけだ。まだ実験し足りないんじゃないか?」
「何が言いたいんです?」
「簡単なこった。オレが逃げ出した奴らの分の実験も代わりに受けてやるって言ってんだよ。もちろん金は払ってもらうけどな」
「……あなた正気ですか? 少々タフではあるみたいですが……、無謀だと思いますよ?」
「正気だし、本気さ」
「……少し待ちなさい。本部に連絡を取ります」
そう言うと、ギャンはこめかみに人差し指を立ててぼそぼそと喋りだした。どうやら会話をしているらしい。テレパシーってやつか? 魔法ってのは便利だぜ。もう少し魔力があればオレもスキルを習得するんだがなぁ。
「……本部に確認を取りました。あなたの申し出に大層盛り上がっている様子でしたよ。あなたの望み通り実験を続行しましょう。ただし、爆発魔法の実験はこれで終了です。したがって、これ以降は別の魔法を受けてもらうことになります。毒魔法かもしれませんし、水魔法かもしれません。あるいは呪いの類になるかも……。あなたに選択肢はありません。それでも構いませんね?」
「ああ」
「くく……。あなたはとんだ狂人のようですね。か……間違えました。実験室の私の上司もえらくお喜びでしたよ」
ギャンは実験室と何を言い間違いしそうになったんだ? ……まあいいさ。これでオレは大金を得るチャンスをもらったわけだ。ここ、魔法使いの街マグイアで稼げるチャンスは少ないんだ。この機を逃すわけにはいかない。かかってきやがれ。
「それでは、さっそく始めましょうか。どうぞ実験台の上へ……。おっと、一千万エリスの小切手は私が預かっておきますよ。燃えたり、壊れたりしたらいけないでしょう?」
オレはギャンからの申し出にうなずき、小切手を渡すと、促されるままに実験台の上へあがる。
「それでは……、準備はいいですね?」
「ああ。さっさとしてくれ」
「まったく、本当に威勢のいいことだ。だが、その方が盛り上がる。攻撃係の方、お願いしますよ。この男に最大出力の魔法を!」
ギャンの合図とともに数人の魔法使いたちがオレに杖を向けた。杖の先端に小さな稲妻が走る。どうやら今度は雷の魔法を撃つつもりらしい。激しい閃光とともに電流がオレの体を駆け巡る。
「……これも耐えるというのか……?」
「……これならさっきのエクスプロージョンの方がまだダメージが入ってたな。これで合計二千万エリスだな? さ、続けようぜ……!」
「……とんだ化物ですね。次はあの魔法ですよ!」
ギャンが部下たちに指示を出す。部下たちの杖から紫色の煙が放出され、オレは包み込まれた。
「……うっ!? ……毒霧か……!」
しかし、オレにダメージを与えるほどのものじゃないな。ワルモン教十司祭の女の子『ぽいずん』が壺から噴出させていた毒の方が強かったくらいだ。
「もう終わりか?」
毒霧が晴れ、視界が澄み切るとオレはギャンに問いかける。
「……打たれ強いだけでなく、呼吸器器官に対する内部からの攻撃にも強いとは……。あなた何者です?」
「さあな」
「まあいいでしょう。我々は実験を続けるだけです。次の魔法を!」
ギャンの号令で部下の魔法使いたちは魔法を放つ。今度は水の魔法か。だが、当然のごとくオレにダメージを与えることはできない。その後も次々と放たれる様々な魔法。氷、土、風などなど、強力と思われる魔法がオレに向かって使われたが、どれもオレにダメージを与えることはできなかった。
「……これで10回目の実験が終わったわけですが、ダメージらしいダメージは与えられず、ですか。まったく呆れた硬さだ」
そんなことをこぼすギャンの元に部下の一人が近づき何やら耳打ちをしている。
「そうですか。わかりました」と言うとギャンはオレの方に視線を向ける。
「どうしたんだ?」とオレはギャンに問いかけた。
「本部から連絡がありましてね。十分な実験データが取れたとのこと。もうあなたに協力してもらう必要はないとのことです」
「そうか。それは残念だな。まだ稼ぎたかったんだけどよ」
「そんなにまだ攻撃が受けたいのですか? とんだ変態野郎ですねぇ」
「うるせえな。オレにとってはこんなに割のいい依頼はないんだよ。稼げるときに稼いどかないとな……」
「魔法使いでもなければ金持ちでもないのにマグイアで生きていくというのは大変そうですねぇ。まぁ他人の生き方にどうこう言うつもりはありませんよ。それではお約束の依頼料です。10発魔法を受けていただいたのでね。合計一億エリスです。ご確認を」
オレはギャンから小切手を受け取って確認する。
「たしかに受け取った」
「それではごきげんよう。またどこかで会うことがあったらよろしくお願いしますよ?」
そう言うと、ギャンとその部下たちは転移魔法で消えていった。
……あ、あいつらオレを置いていきやがった!! このマグイア郊外の荒野から歩いて帰れってか!? 優しくねえ奴らだぜ……。オレは一億エリスの小切手を握り締めると丸一日かけてマグイアの街まで歩いて帰ったのだった。
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