第57話 祈って下さい……

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――――スルアム市街地 広場――――


 アクアリウスを乗せた馬車は大通りを走っていた。アクアリウスはカズヤに言われた通り、馬車から顔を出していた。しかし、もう日も暮れて人はほとんど通っていない……。わずかに見かけた人も馬車に乗っているのがアクアリウスだと気づく様子はなかった……。

 広場に到着し、アクアリウスはいつものように、声を張る。


「さあさあ、女神アクア様が実際にやっていた神聖な儀式! 花鳥風月だよー。見なきゃ損だよ―!」


 声を聞き、周辺に住んでいる人々が顔を出してきた……が、少ない。気づいた住人はほとんどいないようだ。いくら静寂な夜だとは言っても、この広い街全体にアクアリウスが帰って来たことを知らせるなど、容易ではない。このままでは、反乱を起こそうとしているアクシズ教徒に伝わらないかもしれない……。そんな不安をアクアリウスが感じたときだった。突然、スルアム教会の方から、爆発音がした。……花火だ……。花火の大きな音を聞き付け、住人達が広場に集まってくる……。


「え……? アクエリさん……? アクエリさん! おい、みんな! アクエリさんが帰って来たぞー!」

「ほ、本当だ。アクエリさんだ! アクエリさんがいる!」


 騒ぎは大きくなり、多くの信者が広場に集まって来た。これだけ集まれば、反乱を考えていた教徒たちにもアクアリウスの帰還が伝わるに違いない。アクアリウスは安堵した。花火は合計で5発、一定の間隔で断続して打ち上げられた……。アクアリウスはその5発の花火はきっと、私達のことだ、と思った。マリ、コウ、カイ、そして、アクアリウスとカズヤ……。また、5人で一緒に過ごそうというメッセージが込められているんだろうとアクアリウスは思い込んだ……。

 住人の一人が声を上げる。


「おい、あの花火、スルアム教会の方からだぜ……! ワルモン教のやつら何してやがんだ? ちょっとオレ、様子を見に……」

「行ってはいけません!」


 アクアリウスは強い口調で住人を諌める……。アクアリウスの迫力に戸惑ったのか、様子を見に行こうとしていた男は足を止めた。


「……行ってはいけません……。今行けば、邪魔をすることになります……」


 アクアリウスはわかっていた……。カズヤがアクシズ教徒とアクアリウス自身を巻き込まないようにしていることを……。本当は今すぐにカズヤの加勢に行きたかった……。だが、それは他でもないカズヤの意思に反する。アクアリウスはカズヤの意思を尊重したのだ。断腸の思いで……。


「邪魔をするって、だれの……?」


 住人の一人が問いかける。アクアリウスは答えに悩んだ。きっとカズヤはこんな呼び方を望んではいないから……。だが、アクアリウスはその呼び方を選んだ……。カズヤの行いは絶対にそう呼ぶに相応しいものだという確信があったからだ。

「今、このスルアムの『英雄』になる人がワルモン教と戦っています……。だから皆さん祈って下さい……。その『英雄』の勝利を……、女神アクアに願うのです……」

アクシズ教信者達は祈った。見たこともないその『英雄』の勝利を……。アクアリウスは願った……。『英雄』の帰還を……。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る