第106話 馬車を買うぞ!

「よし、お金も十分用意できたし……、馬車を買うぞ!」


 マグイアの街でかなたんと出会ってから一カ月。金がそこそこに貯まったオレは馬車の購入を検討していた。


「…………」


 かなたんが無言で何か考え込んでいる。


「かなたん、どうしたんだよ?」

「いえ、本当に馬車を買うのが正解なのかと考えていたのです」


 かなたんは顎に手を当てて眉間にシワを寄せながら目をつむる。


「今更なに悩んでるんだよ。今のままじゃ、一日二頭狩るので精一杯なんだぞ?」

「その一日二頭までしか狩れないというのがおかしいと思うのです。朝だけじゃなく昼も行けば合計四頭は狩れるわけです。お昼に二回狩りに行けば、六頭狩れます。地道に稼いでいった方が確実だと思うのですが……」

「確かにそうだけどな。そのやり方だと一日に街と郊外を3往復しないといけないんだぞ? オレもお前も暴れ牛狩りが目的じゃない。お互い目的があってこの街にいるんだろ? 自由時間も確保しないといけないじゃないか」

「しかし……、馬車を買うには初期投資で一千万掛かり、さらに馬の餌や厩舎代として月三千万エリス程の経費が掛かり、その上御者の賃金も払わないといけないのですよ? 馬車で一度に運べるのも十頭から十二頭程度が限界……。本当に効率が良いのでしょうか?」

「オレの計算なら間違いなくプラスに持って行けるはずだ! 一日十頭……いや、八頭狩れば八百万の収益だ。それを二十五日で二億だぞ! そんだけあれば、この富裕層の街マグイアでも湯水のように金が使えるはずだ」

「確かにそうなのですが……、何か見落としているような気がするのです……」

「大丈夫だって! オレの目に狂いはない! 大船に乗った気でいろ!」


 オレはかなたんの心配をよそにギルドに向かった。そして、この一カ月でオレとかなたんの二人で貯めた一千万エリスを手に馬車を管轄する部署に向かう。


「それでは、こちらが馬車の証明書となります。契約通り、一ヶ月後に厩舎代の三千万エリスと御者代の一千万エリスを振り込んで下さい」


 受付嬢から説明を受けたオレ達は早速馬車に乗り込み、暴れ牛狩りに向かう。郊外に到着すると、御者のおっさんはオレ達から少し……、いや、かなり離れたところに馬車を移動させ待機した。万が一にも暴れ牛の攻撃に巻き込まれたくないらしい。どこの街の御者も薄情者だな。オレ達がたくさん暴れ牛を討伐できても臨時ボーナスは絶対払わないからな!


 オレ達はいつものとおり、暴れ牛狩りの準備を行う。


「かなたん、マントと杖は取ったか?」

「ええ、いつでもいいですよ。暴れ牛を素手で押さえる準備は整っています!」


 相変わらず、アークウィザードとは思えない戦法で闘おうとする魔女っ子かなたん。もはや聞き慣れたいつものかなたんの言葉にオレは頷くと、暴れ牛をおびき寄せる香水を地面に垂らした。さあ、かかってこい、暴れ牛ども! オレ達のバラ色の生活のために犠牲になってもらうぞ!


「……あれ?」


 いつもの暴れ牛の大群の足音が聞こえてこない……。いつまでたっても暴れ牛たちは現れない……。


「モ、モウ……」


 弱々しい牛の鳴き声がオレとかなたんの背後で聞こえる。振り返るとそこには群れからはぐれたと思われる年老いた暴れ牛が一匹よろよろとした足取りで歩いてきた。どうやらオレ達に対する敵意はないらしい。


「ど、どうも……」


 オレはなぜか、その老暴れ牛に挨拶をする。


「あの……お、お仲間はどちらにいるのですか?」


 なぜか、かなたんも丁寧に老暴れ牛さんに問いかける。


「モウ?」


 老暴れ牛は「さあ?」とでも言いたげに首を傾げ、しばらく香水を垂らした辺りをうろうろするとどこかに消えて行った。


「……カズヤ……。なんだか私、非常にまずい気がします」

「奇遇だな、かなたん。オレも非常にまずい気がするんだ」


 ……結局その日、その老暴れ牛以外、一匹もオレ達の前に暴れ牛は姿を現さなかったのだった……。

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