第72話 ガーゴイルのワルモン

 ……地下へと向かう階段から何かが出て来る。……緑色の餓鬼のような体をした化物だ……。棍棒と、簡単な布を腰に巻いているだけのとても知的には見えない風貌だ……。そんな化物が十匹程出て来る……。


「おい、ゴブリン共! オレ様の『贄』だぞ? 勝手に食った奴は殺すからなぁ?」


 階段の奥から、甲高い声が聞こえる。な、なんだ、このプレッシャーは……!? イービルもデモンズもプレッシャーや威圧感を放っていたが、そんな比じゃない! ここにいることにすら耐えられないと思ってしまうような、圧倒的なプレッシャーがオレを襲う。

 プレッシャーを放つ者は、ゆっくりと階段を上って来た。その姿は……悪魔だった……。絵本で見たことがあるような悪魔。茶褐色の肌に、頭部からは角が生え、背中にはコウモリのような羽が付いていた。手の爪は尖っている。サンダルのような靴を履き、そこから覗かせる足の爪も尖っている。ついでに耳も尖っている。その攻撃的な尖り具合はそのまま奴の性質を表しているように感じられた。


「デモンズちゃんよう! 今、目の前にいるこいつが今回の『贄』か?」

「はっ! そのとおりでございます……」

「なんか、よわっちそうで、まずそうだけどよう……。大丈夫かあ? もし、まずかったらデモンズちゃんを食うからな?」

「ワルモン様……、お戯れはおやめください……」

「お戯れなんかじゃねえっての!」

「ゴブリンの皆さまにもお食事をご用意しております……」

「ああ、あそこにある黒焦げの死体か?」


 ワルモンと呼ばれた悪魔がシキィ・ヨークの死体に目線を向ける。


「見るからにまずそうじゃん? ゴブリン共食っていいぞ」


 ワルモンが命令すると、十匹の『ゴブリン』と呼ばれた化物が一斉にシキィ・ヨークの死体に飛びかかり、かじり始めた。グ、グロテスク過ぎる……。とても見ていられねえ……。……1分もかからず、シキィ・ヨークの死体は骨だけになってしまった……。


「デ、デモンズ! 何だよ、この化物共は……!?」


 オレはデモンズに聞かざるを得なかった。なんなんだ。この異様な姿の化物達は……。


「おいおいおい、兄ちゃんよぉ……。化物とはご挨拶だなあ! 元魔王軍幹部候補……ガーゴイルのワルモン様にむかってよぉ……!」

「元魔王軍幹部候補……?」


 魔王軍だと? 十年前にスルアムの街を襲ったっていうあの魔王軍のことか? その元魔王軍幹部候補がなんでこんなところに……。


「さーて、兄ちゃんよぉ……。早速だが、オレ様が食うにふさわしい『贄』なのか、確かめさせてもらおうか?」

「……さっきから何言ってやがる……。だいたい、その『贄』ってのは何なんだ?」

「おいおいおい、デモンズちゃんよぉ。この兄ちゃんに何の説明もしてないわけ?」


 このワルモンとかいう悪魔……、そのプレッシャーに反して、言動が軽い……。服装はまるでそこらのチンピラのようだ。胸元の開いたシャツに、ボンタンのようなズボン。悪趣味なゴールドのネックレスとブレスレットを身に着けている……。


「俺らガーゴイルってのは人間を定期的に食わねえと死んじまうんだよ。物語なんかじゃあ、ありきたりなもんだろ。てめえら人間にとってはよ?」


 オレはゴクリと唾を飲む。人間を食べるだって? そんな危険な奴とワルモン教の連中は何でつるんでるんだ……。


「でもよう。オレ様はグルメだから? ただの人間を食っても美味くもなんともねえわけよ! そこで、デモンズちゃんに頼んで強え人間や、美しい女を『贄』として定期的に用意してもらってるってわけだ……。優秀な人間ってのはなんでか知らねえが、うめえんだよなあ……」

「つまり、てめえは今から俺を取って食おうってのか?」

「兄ちゃんが強え人間なら……優秀な人間なら、な。さっきも言ったろ? 確かめさせてもらうぜ?」


 ワルモンの顔が不敵な笑みで歪む。歪んだ口から見える奴の歯は鮫のように鋭かった。


「行け! ゴブリン共! この兄ちゃんを殺しちまいなあ!」

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