第98話 アクシズ教司祭任命
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――スルアムの街郊外、アクシズ教教会――
カズヤがスルアムの街を去って早くも三カ月が経過した。アクアリウスは信者とともに定時の祈りを女神アクアに捧げている。街外れの古い教会だが、スルアムの街にたったひとつだけ残っていたこのアクシズ教会には連日、多くのアクシズ教徒が祈りを捧げに押しかけていた。アクアリウスだけだったシスターも今は5人に増えている。ワルモン教からの弾圧がなくなり、隠れアクシズ教徒たちが表立って活動できるようになったのだ。アクアリウスは教会の手伝いをしたいと申し出たシスターたちを快く受け入れたのである。
「アクアリウス様……。今日もありがとうございました……。また祈りにきます……」
信者は皆、アクアリウスにお礼の挨拶をして帰っていく……。アクアリウスは「ふう……」とため息をつき、教会の椅子に腰を置く……。
「アクエリちゃん、どうしたんじゃ? 元気がないのう……」
アクアリウスに声をかける老婆が一人……、アクアリウスの曽祖父の代からアクシズ教会に通うミズである。アクアリウスはミズに声をかけられ、微笑む。
「ミズさん、なに言ってるんですか! すごく元気ですよ!」
アクアリウスは腕を大きく動かし、元気であることをアピールする。ミズはその様子を見ながら、アクアリウスの隣に座った。
「アクエリちゃん、このミズにはお見通しじゃよ。アクエリちゃんが空元気なのは……。あの小僧のことが頭から離れんのじゃろう?」
あの小僧とはもちろんカズヤのことだ。アクアリウスはそっと目を瞑ってから喋り出す。
「忘れることができるかと言えば、嘘になります……。でも、今は自分のことを考えている場合ではありません。街の皆が女神アクア様のご加護を求めているのです。シスターである私が自分のことに現を抜かすわけにはいきません……」
「まったく、スルアムの子孫とその嫁たちは真面目過ぎる……。もう少しわがままになって良いと思うんじゃがのう……」
ミズがぽつりと言葉をこぼしていると、教会の入り口から一人の男が入って来た……。元ワルモン教十司祭の第三司祭ノウレッジである。
「久しぶりですね。アクエリ……。教会の方も賑わっているようでなによりです」
「賑わいすぎて、アクエリちゃんは疲れてしまっておるがのう……。まだ、ワルモン教会跡地に新しいアクシズ教会は建たんのか? アクシズ教会がここ一つしかないから、皆ここに集まってきよる……」
「はは……。さすがに三カ月では建ちませんよ……。一年はかかります……」
ノウレッジは苦笑いでミズの文句に答える。ノウレッジはアクエリの方に向き直り、用件を伝えた。
「……アクエリ。実はお願いがあってきたのです……。私をアクシズ教司祭として任命して欲しいのです」
「アクシズ教司祭に?」
アクエリは突然のノウレッジからの要望にポカンとしてしまった。代わりにミズが口を開く。
「アクシズ教司祭に任命してほしいじゃと? いくらお主がこの三カ月の間、スルアムの街の復興に尽力しているとはいえ、元ワルモン教幹部のお主をアクシズ教司祭として皆が認めると思うのか!」
ミズは語気を強めて、ノウレッジのアクシズ教司祭任命に反対する。アクアリウスは興奮しているミズをなだめる。
「ミズさん……。ノウレッジくんなら大丈夫ですよ。きっと、このスルアムの街を平和にしてくれる立派な司祭になってくれると思います……」
「アクエリちゃん!? まさか、この男をアクシズ教司祭に任命するつもりなのかい!? 司祭はシスターよりも立場が上になる! つまり、アクエリちゃんはこいつの指示に従わなくてはならないんじゃぞ!」
「わかってますよ。ミズさん……。でもノウレッジくんは私たちシスターにひどい命令をするようなことはありません……」
「……アクエリちゃんは甘いのう……。どうなっても知らんぞ……」
ミズは渋々といった表情でアクアリウスの意見を尊重する。
「スルアムの街のアクシズ教第一シスターとしてノウレッジに命ずる……。アクシズ教司祭として病める時も、健やかなる時も、その全身全霊をもって、スルアムの街に住むアクシズ教徒に正義の道を示しなさい!」
アクアリウスはノウレッジをアクシズ教司祭として任命してしまった。任命の宣告を聞いたノウレッジはにやりと顔を歪める。ノウレッジだけではない。ミズもシワに覆われた顔を歪ませる。二人は「はーはっはっはっは!」としたり顔で笑い出した……。
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