第50話 心が傷むだけだ……!

 ったく、危ないところだった。こいつら、アクエリに手を出していたら本気で殺していたところだ。オレはアクエリの様子を確認する。……どこか、様子がおかしい……。目の光がどことなく、消えているような、そんな感じだ……。アクエリの視線は気を失った教徒兵の方に向いていた……。「どうしたんだ?」と声をかけようとした時だった……。アクエリは突然走りだし、教徒兵が装備していたナイフを手に取り、司祭に突き刺そうとした……! オレは慌てて司祭とアクエリの間に入り、ナイフを腹部で受け止める……。


「カ、カズヤさん……。ご、ごめんな……。……え……?」


 アクエリが青ざめた顔をしながら驚く……。防具で守られていないオレの腹部にナイフが刺さったのに、出血も何も起こっていないからだろう……。


「カ、カズヤさん……。今、間違いなくお腹に……」

「……ああ、神様からの贈り物って言えば聞こえはいいが……、半分呪いみたいなもんだな……。アクエリさん、どうしたんだ? 確かに乱暴されそうにはなったけど……、こいつを殺そうとするなんて……。さあ、そのナイフを手から離すんだ……!」


 ……アクエリはオレの言うことを聞かない……。さらにナイフを握り締めたようにも見えた。


「退いてください……! カズヤさん……、そいつらは……ワルモン教の連中は私の両親の仇なんです……! 殺さなきゃ……いけないんです!」

「両親の仇?」

「ええ……! そいつらは私の両親を……殺したんです……! 落石事故を起こして……! こんな奴ら死ななきゃいけないんだ……!」


 なんて顔、してんだよ……。アクエリの表情は……、眼は……、憎悪に満ちていた……。そこには、優しいアクシズ教シスターの面影はなかった……。……当たり前だが、オレは両親を殺されたことなんてない。むしろ、借金を作って蒸発したクソ親父を殺してやりたいと思ってたくらいだ……。

 ……きっと、アクエリにとっては、両親は偉大なアクシズ教の神父とシスターだったんだ。自慢の両親だっただろう。それを奪われた恨み、怒りはオレには計り知れない……。……それでも、こいつには復讐なんてしてほしくなかった。……そう、ただのオレのわがままだ……! こいつには何の穢れもない優しいアクシズ教のシスターでいて欲しいんだ……! オレはアクエリがナイフを持っている方の手首を掴む……。


「ナイフを放すんだ……! アクエリ……!」

「放してください……! カズヤさん……!」

「月並みな言い方だけど……、きっと、復讐はなにも産まない……。アクエリの心が傷むだけだ……!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る