再び、シンデレラとカボチャの煮付け 6
厨房でシンデレラと別れた僕、エミルは一人自分の部屋へと戻っていた。
棘姫と話があると言って出てきたけど、本当は約束まではまだ時間がある。だけどあの時はそう言って離れなければならなかった。
不用意にシンデレラに可愛いなんて言ってしまった事を悔みながら、僕は部屋の壁に手をついた。
(フラれたくせに懲りもせずにあんな事を言うだなんて。呆れられていたらどうしよう)
不用意な言動は慎もうと決めたのは良い。だけど前に頭を撫でようとした時もそうだったように、僕はシンデレラに対して褒めたりスキンシップをはかったりするのが半ば癖になっていて、無意識のうちに行動に移してしまうのだ。
もっとしっかり気を引き締めないといけない。こんな事を続けていたら、シンデレラもいい気分はしないだろう。
どうも妙なのは、あれだけハッキリと拒絶されたにも関わらず、シンデレラの態度が以前と変わらないこと。むしろ前よりも僕に接する時の雰囲気が柔らかくなっているようにも思える。
そんな彼女を見ていると、もしかしてまだ脈があるのではと、つい都合のいい事を考えてしまったりもする。もう一度告白すれば、今度はOKを貰えるのではないだろうか……
(って、何を馬鹿な事を考えているんだ)
いくらなんでもそんなはずは無い。
優しいシンデレラのことだ。きっと僕に気を使い、ギクシャクしないようわざと明るく接してくれているのだろう。
それなのに僕はまだウジウジと引きずっている。こんなことでは今日この後、棘姫とちゃんと話せるかどうかも不安になってしまう。
(お見合いかあ、どうしてこんなタイミングで話が来るかなあ)
本国から棘姫とお見合いをするよう書かれた書状が送られてきたのは、鏡の国を発ってからすぐの事だった。
『まだシンデレラの事を口説けていないのなら見合いをしろ』
兄の字でそう書かれた手紙を見た時は、どこかで見張られているんじゃないかと思った。
よりによってフラれた直後にこんな手紙が届くだなんて。読み進めてみると、僕と棘姫が結婚すれば両国の繋がりは強固な物となり、先方もそれを望んでいるとのことだった。
腹立たしい事に、どうせ脈が無いならここらできっぱりと諦めて、いい加減に身を固める覚悟をしろと、まるで傷口をえぐるかのような事が書かれていた。
もちろんその手紙は、読み終わってすぐにビリビリに破いて捨ててやった。人が傷心している時に、なんて物をよこすんだ。
だけど頭を冷やしてよく考えたら、兄の言う事ももっともだ。
国の為には悪い話では無いし、脈が無いどころかシンデレラにはハッキリとフラれている。いつまでも未練を残すよりもここは棘姫に会って、話だけでもした方が良いんじゃないだろうか。そう思ってここまで来たというのに。
こんなぐちゃぐちゃな気持ちのままでは、とても棘姫に会う事なんて出来ない。仮にもお見合いの場に、他の女性の事を考えて乗り込むというのはあまりに失礼。そう思った僕はひとまず気持ちを落ち着かせることにする。
(この城には確か庭園があったはず。ちょっと散歩でもしてこよう)
このまま部屋に閉じこもっているよりは気が紛らわせそうだ。早速部屋のドアを開けて廊下に出る。だけど……
(何で?)
部屋の外に出た瞬間、足を止めてしまった。廊下の先にはこっちに歩いてくるシンデレラの姿があった。
てっきりもっと厨房を見学してくるものと思っていたのに。こんなに早く帰ってくると分かっていたら、鉢合わせしないよう部屋の中で大人しくしいただろう。
それにしても、なんだか様子がおかしい。足元はおぼつかないし、僕に気づいた様子も無い。ひょっとして、体調が悪くて戻ってきたのかも。そう思った僕は急いでシンデレラに駆け寄った。
「シンデレラ。何だかフラついてるけど、大丈夫?」
「え、エミル?」
驚いたように僕を見るシンデレラ。どうやら本当に僕の事に気付いていなかったようだ。そしてなぜかシンデレラは僕から視線を外す。いつも話をする時はちゃんと相手の目を見る彼女がこの行動。これはやっぱり何かがおかしい。
「もう戻ってきたの?もう少し見学すると思ってたけど」
とりあえずそう聞いてみる。すると彼女はぎこちない声でそれに答える。
「そのつもりだったんだけど。なんだか気分がすぐれなくて」
「やっぱり。なんだか様子が変だからそうじゃないかと思ったよ。もしかして熱があるんじゃ」
そう言って熱を測ろうと手を伸ばしたけど、シンデレラのおでこに触れる直前、僕は慌てて手を引っ込めた。
(危ない。また不用意に触れるところだった)
そうしてはいけないと頭では分かっているのに、中々上手くいかない。変に思われなかったかとシンデレラの様子を伺っていると、彼女は小さな声で言ってきた。
「私は平気。それよりも……ねえ、棘姫さんとお見合いするって本当なの?」
「えっ、それは……」
そのストレートな質問に、僕は返事につまった。
シンデレラはいったいどこでその話を聞いたのだろう。彼女には知られたくないから今まで黙っていたというのに。
だけどお見合いするというのは事実。知られてしまった以上誤魔化しても仕方が無いので、正直に話すことにしよう。どうせもうフラれているんだ、今更何を躊躇っているんだ。
「……本当だよ、兄上からの指示でね。前に言った棘姫に会えっていうのは、正確にはお見合いをしろって事だったんだ」
「そ、そうだったんだ。ごめんね、そんな大事な事が控えているのに、私の為に厨房のお願いまでしてもらっちゃって」
「それは構わないよ。ちょっとだけだけど僕も中に入れて、結構面白かったし」
そう言って僕らはハハハと笑い合う。だけどそれはどこか乾いた笑いで、なんだか空気が重い。次になんて言えば良いのか分からずに困っていると、シンデレラの方から聞いてきた。
「それで、エミルはどう思っているの?お見合いのこと」
「どうって……」
僕はまたも言葉に詰まる。さっきとは打って変わって、じっと僕を見つめるシンデレラに圧倒されてしまう。
だけど、このまま黙っていても仕方が無い。僕は閉ざしていた口を開いた。
「悪い話じゃないとは思ってる。国の事を考えるなら、この話は受けるべきなのだろう。僕は今まで好き勝手やってきたわけだし、国の為に少しは何かしないと」
「エミルはそれで良いの?棘姫さんと結婚することになっても」
その言葉にチクリと胸が痛む。お見合いするというのがどういう事か分かって無いわけじゃなかったけど、シンデレラの口からそう言われると、やっぱり引っ掛かるものがある。
彼女はいったい、何を思って僕に問いかけているんだろう。ついこの間好きだと言ったばかりなのに今度はお見合いするだなんて、どういう神経をしてるんだとでも思われているのかも。
そうだとしても文句は言えない。好きだと言ったシンデレラに対して、僕は本当に失礼な事をしているのだから。
本当はお見合いなんて全然乗り気じゃないのに。僕は今でも、君のことが好きなのに。できることなら、声を大にしてそれを言いたかった。だけど……
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