特別編 シンデレラと桃太郎? 2
突然聞こえてきた大きな声に驚く私達。犬猿雉の三人なんて可哀そうに怯えてしまって、私の後ろに隠れている。さっきはボディーガードになるなんて言ってたのに。
声のした方を見るとそこには一人の男の人が立ってた。
「お前達、何こいつらを勝手にお供にしようとしてるんだ」
何だか怒っているみたいだけど、もしかしたらこの辺りには野生動物にエサを与えてはいけないなんて条例があるのかもしれない。
「ごめんなさい。私達旅の物で、条例とか知らなかったんです」
「条例?何を言っているんだ?」
え、違うの?でもそれならこの人は何をそんなに怒っているのだろう。
「そもそもあなたは誰なんですか?」
エミルが私の一歩前に出て言った。
それにしても改めて男の人を見ると、ここの人達はみんな見慣れない服を着ているけど、その中でも彼は特に変わった格好をしていた。
やたらと派手な色合いの着物に、頭には桃の絵が描かれたハチマキ、更にその背中には日本一と書かれた旗を背負っている。こんな事を思ったら失礼かもしれないけど、もしかしてこの人変な人なんじゃ。
そんな私の心中なんて知る由もなく、男の人はエミルの質問を受けて自己紹介を始めた。
「俺の名前は桃太郎だ。ん、なぜ桃太郎と言う名前なのかって?」
いえ、別にそこまでは聞いてませんけど。だけど桃太郎さんは一人で勝手に話を進める。やっぱりちょっと変な人みたいだ。
「そもそも俺の出生はな、お婆さんが川で洗濯をしていると川上の方から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れて来たんだ。それで、お婆さんはその桃を食べようと拾って持って帰ったんだ」
「食べるって、川で拾った桃をですか?」
それって衛生的に大丈夫なのかな?でも今の時代には環境汚染なんて言葉もないし、もしかしたらセーフなのかも?
「お婆さんはたとえ饅頭だろうと寿司だろうとドッグフードだろうと、落ちてる物は何だって拾って食べるぞ」
「それは絶対拾って食べちゃダメなやつです」
確かにそれらと比べると桃なんてまだ大丈夫な方だろう。特にドッグフードなんて、たとえ拾ったものじゃなくても食べちゃダメ。
「ボクもドッグフードが落ちてたら食べるよ」
犬さんが言ったけど、とりあえず今はおいておこう。
「それで、肝心の貴方の名の由来が全然出てこないんですけど」
エミルが面倒くさそうにそう言う。特に聞きたいとも思ってなかったから別にいいけど。
「ここからが重要なんだ。その拾ってきた桃をお爺さんと一緒に食べようとして、お婆さんは包丁で切った。するとその中から一人の男の子が出てきた」
「出て来たって、桃の中に男の子が入っていたって事ですか?」
「そうだ。そして何を隠そう、その男の子こそこの俺。桃から生まれたことからつけられた名前は桃太郎。……って、ちょっと待てお前達。どこに行こうとしている」
桃太郎さんに背を向けて去って行こうとする私達。どうやらこの人は変わって人ではなく危ない人だったみたい。
だけど桃太郎さんは私達を逃がすまいと、急いで回り込んできては行く手を塞いでしまった。
「噂では世の中には竹だの花だのから生まれた奴だっているんだ。桃から生まれたって別にいいだろ」
花から生まれた。そう言えばお隣のアンデルセン大陸には親指ほどの大きさの、花から生まれた女の子がいるという噂を聞いたことがある。まあそれはさておき。
「それで、その桃太郎が僕達にいったい何の用なんですか?」
再びエミルが尋ねたけど、何だか疲れているみたい。私もこの人と話していると疲れるよ。
「おお、そうだったな。そもそも俺は鬼が島に鬼退治に行く途中だったんだ」
「鬼退治?」
鬼と言うと、最近この辺りを荒らしているというモンスターのことだよね。
「俺は強いからな。鬼を退治したら一躍ヒーローになれる。そうなればもう誰にも危ない奴だなんて言わせない」
あ、やっぱり言われてたんですね。口には出せないけれどなんだか納得です。
「だがなにせ相手は鬼の集団だ。いかに俺が強いとはいえ戦力は大いに越したことはない。そこでだ」
そう言って桃太郎さんはそばで話を聞いていた犬猿雉の三人を見た。
「この辺りに腹をすかせて食べ物をやれば誰にでもホイホイついて行きそうな犬猿雉がいるという話を聞いたんだ」
誰にでもホイホイ……あまりいい表現では無いけどこの子達を見ているとそれも納得せざるをえない。
「そうだ、そいつらを鬼退治のお供にしよう。そう思ってここまでやってきた。ところがだ!」
そこで桃太郎さんは一転して私を睨みつけた。
「お前が先にこいつ等をお供にしようとしているじゃないか。それじゃ俺の鬼退治はどうなる?せっかくこの辺りが平和になると言うのに、ヒーローになれるチャンスだと言うのに。それを邪魔しおって」
「言いがかりです!」
いくらなんでもこれで怒られるのは理不尽だ。そもそも私はこの子達をお供にする気なんてないのに。思わず頭を抱える私。だけど、今まで話を聞いていた犬猿雉がおずおずと桃太郎さんに言った。
「あのー、鬼退治のお供って、あなたはボク達にいったい何をさせようとしているんですか?」
なんだか心無しか少し脅えているような気がする。そして、桃太郎さんは言った。
「無論、俺と一緒に鬼と戦うんだ」
「「「えぇ――――っ!!!」」」」
とたんに悲鳴をあげる犬猿雉の三人。
「そんなの無理に決まってるじゃないですか」
「ボクたちただの愛玩動物ですよ」
「愛らしい外見以外に何のとりえも無いんですよ」
自分で愛らしいとか言うのはともかく、確かにこの子達を連れて行っても戦力にはならないと思う。
「何を言うか。犬は噛みつき、猿は引っ掻き、雉は目玉を突っついて戦えば良いじゃないか」
だけど桃太郎さんは自信たっぷりにそう言った。とたんに三匹は逃げるように私の後ろへと隠れる。
「相手は鬼ですよ。金棒一発で死んじゃいます」
「だいいち、ボク達には既にシンデレラさんと言う生涯お仕えする主がいるんです」
「今更他の人に使えるなんて出来ません」
ちょっと、私はあなた達をお供にするだなんて一言も言ってないんだけど。それにあなた達、今その主を盾にしてるよね。
「お前、やっぱり俺の鬼退治を邪魔する気だな」
すごい形相で睨みつける桃太郎さん。だから知りませんってば。
「だがな、無論俺もタダでお供になれと言う気はない」
そう言って桃太郎さんは持っていた袋の中から何かを取り出した。それは……
「お団子?」
「前にシンデレラが作ったお菓子か」
エミルの言うとおり、私も前に本で得た知識を元に作った事がある。だけど私達にとってはやっぱり馴染みの薄い食べ物であるのは確かで、こうして目の前に出されるとつい興味がわく。
「どうだ。これはお婆さん特製の黍団子と言うものだ。そこの三匹、俺のお供になるならこの黍団子を食わせてやるぞ」
得意気に語る桃太郎さん。だけど犬猿雉の三人はそれでもなお私の背中に隠れたまま出てこようとはしなかった。
「ふん、そんな物よりきっとシンデレラさんの料理の方が美味しいぞ」
「なんたって料理人なんだからな」
「しかも三食豪華フルコースにおやつと夜食付きなんだぞ」
だからそんな約束してないってば。しかもだんだん待遇が豪華になってきてるし。
なかなか首を縦に振らない三人を見て桃太郎さんも不機嫌になってきているようで、私を睨む目にもますます力が入ってきている。クスン、私だってこの子達をお供にする気なんてないのに。
そして桃太郎さんは叫んだ。
「お前達、この黍団子はただの黍団子じゃないんだぞ。お婆さんが腕によりをかけて作った、究極の料理と言っても過言じゃないくらいの逸品なんだ!」
究極の料理、何とも凄い形容詞が飛び出したものだ。だけどそれを聞いたとたん、今まで嫌だ嫌だと騒いでいた犬猿雉の動きがピタリと止まった。
「ま…まあ、せっかくボクたちを訪ねてきたのにいきなり追い返すのも失礼だよね」
「とりあえず断るのは一口食べてからでも遅くはないんじゃないかな」
「一口と言わず全部食べて、それから断る事にしよう」
見事なまでに手の平を返す三人。
「なんて図々しい動物達だ。ここまでくるといっそ清々しく思えるよ。ってシンデレラ、何で君まで黍団子に手を伸ばしてるの?」
エミルの言葉に、ハッと我に返る私。
「だって、究極の料理なんて言われたらどんなのか気になるじゃない」
料理と言うのは食材や味付けの方向性によって、目指す方向は無限にあると言っても過言では無い。だと言うのに桃太郎さんはこの黍団子の事を究極の料理と言っている。いったい何をもって究極と言ったのかは分からないけど、料理人としてはその言葉に興味を持たずにはいられない。
「まあ確かに、僕もそこまで言われるとどんなのか気にはなるな」
私達の会話を聞いて、桃太郎さんも今まで悪かった機嫌が直ってきたようだ。
「そうか、お前達もこの黍団子を食ってみたいか。そんなに言うのなら分けてやらん事も無いぞ」
「本当ですか。ぜひ食べさせて下さい」
「いいとも、ほれ」
桃太郎さんから黍団子を受け取る私達。手にした私は、改めて黍団子をまじまじと見つめた。
これが究極の料理。究極と言うからにはやっぱり普通のお団子とはどこか違うのだろうか?だけど見た目はごく普通のお団子で、特に変わったところは見当たらない。
「俺も腹が減ってきたし一つ食べるとするか。さあ、みんなもどんどん食え」
桃太郎さんに促され、私達は一斉に黍団子を口へと運んだ。
後悔するとも知らずに……
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