特別編 シンデレラと桃太郎? 3
「……シンデレラ……シンデレラ……」
誰かの呼ぶ声が聞こえる。なんだかひどく悲しそうな声だった。そう思って目を開けるとそこにはエミルが心配そうな顔をしながら私を覗き込んでいた。
「良かった。気がついた」
辺りを見回すと、そこはさっきまで桃太郎さん達と話をしていた街道の隅だった。そこで私はようやく自分が寝ていたことに気づく。さっきまで川の向こうで死んだ両親が手を振っていたような気がするけど、あれは夢だったのだろうか。
でもどうして私はこんな所で寝てしまったのだろう。桃太郎さんから貰った黍団子を一口食べたところまでは覚えているのだけど、そこで私の記憶は止まってしまっている。
「うっ……」
起き上がろうとしたとたん、急に胃の奥から言い用の無い気持ち悪さが込み上げてきた。体に起きた異変はそれだけでなく、舌には不快感がまとわりつき、目からは涙がぽろぽろと零れおちる。
「私、いったいどうしちゃったの?何だか、凄く気分が悪いわ」
風邪を引いた時とも違う、言いようのない気持ちの悪さがあった。状況が掴めずに困惑していると、エミルがそっと背中をさすってくれる。
「あまり無理はしないで。何ならもう少し横になってても良いから」
「たぶん平気。しばらくしたら治ると思うから。でも、どうしてこんなに気分が悪いのかな?」
「それは……原因は黍団子だよ」
そう言ったエミルをよく見ると、彼もまた苦痛に顔を歪めていた。
「桃太郎から貰った黍団子を食べたとたん君は…いや僕達は、全員気を失ってしまったんだ」
その瞬間、黍団子を食べた時の衝撃が、そしてその味が蘇った気がした。胃や舌の不調も、未だ止まらないでいる涙も、全てはそのあまりの味によって引き起こされたものだった。
ああそうか。あの時見たお父さんとお母さんはきっと夢でなく本当に天国にいる二人だったんだ。あの川を渡って二人の所に行かなくて良かった。
周りをよく見ると犬猿雉の三人も私達と同じように苦しみながらのたうちまわっている。そんな中、ただ一人元気な人がいた。
「どうだ、お婆さん特製の黍団子は」
黍団子を配った、つまりは私達をこんな目にあわせた張本人である桃太郎さんだ。彼もまたあの黍団子を食べたというのになぜか一人だけケロリとしている。
「この黍団子は食べるとなんと十人分の力がつくんだ。凄いだろう」
そうなんですか。確かにそう言われてみればなんだか体力は回復しているような気がするけど、それ以上に胃と舌と心に負ったダメージの方がはるかに大きいような気がします。
「何なんですかこの黍団子は?」
私は涙ながらに訴える。いったいどんな作り方をしたらこんな物が出来るのか見当もつかない。これじゃまるで姉さんの作った料理みたいだ。
「さっきも言ったようにこれを食えば十人分の力がつく。そんなすばらしい効力を実現させるために、とにかく片っ端から力のつきそうなものを隠し味として混ぜたんだ。例えば生卵だろ、ニンニクだろ、鰻だろ、タウリン1000ミリグラムだろ…」
「そんなのどうやったら隠れるんですか?ちゃんと隠れなければ隠し味になりませんよ」
でも確かに見た目も臭いも普通の黍団子だった。それだけ入れたにもかかわらず見た目が変わらないと言うのはある意味すごい技術だ。凄い事は凄いけど……
「どうしてそんな事をしたんですか?そんな事をしたら……失礼ですがその……お味の方が……」
それが例えどんな出来であったとしても、やっぱりハッキリ不味いとは言い難い。そう思い慎重に言葉を選ぼうとする。
「「「ものすごく不味い。こんな物人間の食べるものじゃない!!!」」」
犬猿雉はハッキリ言ってしまった。君達は人間じゃないけどね。だけどそれを聞いた桃太郎さんはなぜかキョトンとしていた。
「不味い?それがどうした、別に食べ物に味なんて求めてないぞ」
「なっ⁉」
そのあまりの物言いに絶句する。味なんて求めてないって、それは料理に対する冒瀆です。それにあなた、さっきこれを究極の料理って言ってたじゃないですか。
「いいか、食事と言うのはそもそも栄養補給が目的なんだ。その点この黍団子は栄養満点、食べたら即体に力がみなぎる。この世で最も栄養があると言っても過言では無い。すなわちそれこそ究極の料理!」
「何ですかその力こそ正義みたいな理屈は」
そう言えばこれを作ったお婆さんはお饅頭だろうとお寿司だろうとドッグフードだろうと拾って食べるような人だったと言う事を思い出す。そんな人が料理に手を出した結果がこれというわけだ。
「さあ犬猿雉よ、これで俺のお供になるな」
意気揚々と言う桃太郎さん。避け度三人は首を縦に振ろうとはしなかった。当たり前か。
「絶対に嫌です」
「鬼退治ばかりかこんな不味い物を」
「舌がおかしくなる」
当然ながら全力で拒否する三人だったけど、桃太郎さんも諦めない。
「なぜだ?この黍団子を食べると十人分の力がつくんだぞ」
「「「そんなものいらない。美味しいもの欲しい。力なんてあってもどうせボク達は食っちゃ寝してるだけだもん」」」
それもどうかと思うけど。だけど無茶苦茶言うのは桃太郎さんも同じだった。
「力がつけばそんな弱い心も吹っ飛ぶ。試しにもう一個食ってみろ」
「やっ、なにするの?」
一番近くにいた犬さんの頭を掴む桃太郎さん。そしてもう片方の手に黍団子を持ち、それをだんだんと犬さんの口へと近づけていく。
「やだー、やだー!」
泣き叫ぶ犬さん。それを見て猿さんと雉さんの二人は近くの木の蔭へと隠れた。えっ、見捨てちゃうの?
「そんな不味いもの食べたくない」
「だから味なんてどうでもいいと言っただろう。料理なんて栄養が取れて力がつけばあとはどうでもいいんだ」
だけど、桃太郎さんの発言を聞いた時私は思わず叫んでいた。
「そんなの間違っています!」
「何?」
私の声に桃太郎さんの動きが止まった。
料理に対する考え方は人それぞれだと私は思う。だけど、いくらなんでもこれはあんまりだ。
「確かに料理と言うのは本来栄養を取ると言うのが目的です。でもそれだけじゃないんです。美味しい物を食べて幸せな気分になる、それも立派な料理の目的の一つなんです。でなきゃ世の中にこんなにも多種多様な料理が出来るわけないじゃないですか。私は厨房に立つとき、いつだって食べてくれる人の笑顔を想像しながら料理します。笑って食べてくれたら、美味しいって言ってもらえたら私も嬉しくなって、次はどんな料理を作ろう、どんな味にしよう、香り付けは、見た目はと考えが溢れて来て、それもまたとても幸せな瞬間なんです。料理って言うのはやり方しだいで食べる人も作る人もどちらもすごく幸せに出来るものなんです。それを味なんてどうでもいいとか、栄養さえ取れればそれでいいだなんて絶対におかしいです。それは、それだけ幸せになれるチャンスを逃してるって言う事なんですよ」
私は料理に対する想いを一気に捲し立てた。
「シンデレラ、気持ちは分かるけどちょっと落ち着いて」
エミルに宥められようやく少し冷静になる。確かにあまりに一方的に意見を言いすぎたかもしれない。だけどこれは何一つ嘘偽りの無い私の思いだった。
桃太郎さんを見ると何だか驚いたように目を丸くしている。これで料理に対する認識を少しでも改めてくれたらいいのだけど。
「……何を言っているのかよく分からなかった」
そんな、あんなに必死で思いのたけをぶつけたのに。
「なんだか必死だというのはよく分かったが、正直なところ必死すぎて引いた」
なぜ?いったい何がいけなかったというのだろう。早口で聞き取り辛かったのかな?
「それならもう一度、今度はもう少しゆっくりと……」
「いや、いい。多分何度聞いても分からないだろう」
何と言う事でしょう。桃太郎さんの料理に対する偏見はよほど強いみたいです。確かに彼の言うとおり、これはとても言葉では伝えられそうにありません。
「仕方ありません、こうなったら実力行使をするまでです」
「まて、いったい何をする気だ」
なんだか慌てだす桃太郎さん。大丈夫、悪いようにはしませんから。
「あなたに食べる楽しみを教えましょう。つきましては、どこかキッチンのある場所を紹介してくれませんか」
「キッチン?ああ、台所のことか。まあ、そんなに言うなら……」
熱意が届いたのか桃太郎さんはあっさり了承してくれた。良かった、とりあえずこれで一歩前進した。
「しかし台所か。鬼退治が終わるまでは戻らないつもりだったがこの際仕方が無い。一度家に帰るとするか」
こうして私達は桃太郎さんの家へと向かう事になった。
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