特別編 シンデレラと桃太郎? 4

 桃太郎さんに味の素晴らしさを教える。そう決意した私はみんなと一緒に彼の家へとやってきた。


「おや、お帰り。鬼退治はもう終わったのかい?」


 私達が家に入るとお爺さんがそう言って出迎えた。


「お爺さんお婆さん、ただ今戻りました。実は色々とややこしい事があって戻ってきたのです。こいつらは途中で知り合ったやつらです」


 そう紹介されて私達は挨拶をする。


「はじめまして、シンデレラと言います」

「エミルと言います」

「犬です」

「猿です」

「雉です」


 ここには私とエミルだけでなく犬猿雉の三人もちゃっかりついてきていた。常に主の傍に寄り添うのがお供の務めと言っていたけど、多分目当ては私がこれから作ろうとしている料理だと思う。そもそもお供にするだなんて言ってないのに。

 けれどそれは一旦置いといて、まずはここまで来た目的を果たそう。


「すみませんがお台所を貸してもらえませんか?」

「それは構わないけど、いったい何をするんだい?」


 お婆さんがそう言うと、私に代わって桃太郎さんがそれに答えた。


「それが、料理の味がどうのこうのとよく分からないことを言うんだ」

「味?食べ物なんて腹が満たって栄養があれば何でもいいじゃないか?」

「そうそう、腹に入れば何でも同じ」


 やっぱりお爺さんお婆さんもこんな感じなのか。何だか悲しくなってきた。

 でも、だからこそ何としてでも食べる楽しみを教えてあげないと。台所を使う許可をもらった私は早速調理へと取り掛かった。


 今回作るのは道を尋ねるついでに教えてもらった、この辺りでは一般的なスープ、味噌汁だ。よく良く聞いてみるとそれは前に本で見た東の国の料理と同じものらしかった。もしかするとここは本当に東の国なのかもしれない。

 何故私達がそんな所にいるのかは疑問がつきないけど、それよりも今大事なのは味噌汁を作る事だ。本で見た時はお味噌が無くて残念ながら作る事が出来なかったけど、お味噌はさっき買ったやつがある。

 今まで作った事の無い料理を作れるというのは、例えそれがどんな状況で会ってもワクワクする。高揚する気持ちを抑えながら、私は出汁に使ういりこの準備をはじめた。








「うぉぉぉぉっ!なんだこれは!」


 私の作ったみそ汁を口に含むなり桃太郎さんが声を上げた。


「口の中が、なんかこう…凄いことになってるぞ。一口含んだだけでバーって衝撃が広がって、グワワワーって感じになる」


 何を言っているのかさっぱり分からない。もしかして美味しくなかったのかな。心配になって思わずエミルの方を見る。エミルもまた一緒に味噌汁を飲んでいた。


「大丈夫、ちゃんと美味しいよ。シンデレラが作る料理だもの、美味しくないわけないじゃないか」


 そう言って笑うエミルを見てほっと胸をなで下ろす。そして美味しいと言ってもらえたことに顔がほころんだ。何度言われても嬉しい言葉だ。

 するとそれを聞いていた桃太郎さんが言った。


「美味しい?そうか、これを美味しいというのか」


 するとお爺さんお婆さんも。


「今まで美味しいって言葉を聞いても何の事だかよく分からなかったけど、こう言うのを美味しいって言うのか」

「言葉は知っていたけど使うのは初めてだよ」


 今更ながら、この人達はいったいどういう食生活を送ってきたのだろう。


「どうやら今まで美味しいと言う感覚そのものを知らなかったみたいだね」

「そう思うと何だか悲しいわ」


 美味しいが何なのか知らずに生きてきただなんて、そんなの悲劇以外の何物でもない。


「よかったらお団子もいかがですか」


 今回作ったのはみそ汁だけじゃなかった。一緒に用意しておいたお団子を差し出す。味つけは前にハーメルンの街で作ったものと同じ、みたらしや餡子だ。


「ボク達もいただきます」


 そう言って犬猿雉が食べ始め、桃太郎さん達がそれに続いた。


「僕ももらっていいかな」

「もちろんよ。はいどうぞ」


 エミルも手に取ったみたらし団子を口へと運んだ。


「あれ、これって前に食べた奴と少し味が違うよね?」

「そうなの。こっちで買った新しいお醤油を使ってみたの。どうかな?」

「どっちが上かって言われたら分からない。でも、どっちも美味しいのは確かだし、君がいろんな味を探求している事はよく分かるよ」


 それはほんの少しの違いかもしれないけど、その少しの変化に気づいてくれたことが何だか嬉しかった。

 そうしている間にも桃太郎さんは、そしてお爺さんお婆さんは次々にお団子を口の中に運んでいく。そしてあっという間にその全てを平らげてしまった。


「一口食べる度に何だか幸せな気分になる。美味いというのはこんなにも凄い事だったのか。シンデレラよ、お前の言っていたことが分かったぞ。味と言うのはこんなにも大事な事だったんだな。俺が間違っていた」


 これまでの考えをあっさりと覆す桃太郎さん。でも良かった、味の大切さや食べる楽しみを分かってくれて。なんだか薄らと感動すら覚える。

 するとそこで桃太郎さんは急に床に手をついた。


「今まで味なんてどうでもいいだの酷い事を言ってすまなかった」

「いえ、分かってくれればそれでいいんです」

「この恩は忘れん。そうだ、お礼にあなた達のお供になろう」


 桃太郎さんがとんでもない事を言い出した。


「いえ、それは結構です」

「間に合ってます」


 私とエミルが揃って拒否する。申し訳ないけど正直なところ桃太郎さんについてこられると困る事の方が多そうだ。

 だけど桃太郎さんがお供になるのを拒むのは私達だけじゃなかった。


「そうだぞ。シンデレラには既にボク達というお供がいるぞ」

「これ以上お供が増えるとボク達のご飯の取り分が減るからダメだ」


 完全に自分達のことしか考えていない犬猿雉。いや、だからね……


「あなた達もお供にする気はないから」

「「「えぇーーーーーっ!」」」


 あなた達が勝手に言っているだけであって私はお供にするだなんて一言も言ってない。


「それじゃボク達はどうやって食っちゃ寝すればいいんですか」


 いや、ちゃんと働こうよ。だけど三人はまるで聞きわけが無かった。


「絶対お供になってやるぞ」

「一生ついて行くぞ」

「死んでも離すもんか」


 口々に身勝手な事を言う三人。そんな三人から庇うようにエミルが前に出て宥めているけど、なんだか頭が痛くなてきた。

 考えてみればここに来てから疲れるようなことばかりが起きている気がする。


「はぁ、もうグリム大陸に帰りたい」


 思わずそんな言葉が漏れた。

 すると桃太郎さんがそれを聞いて不思議そうな顔をした。


「グリム大陸?聞いたことの無い地名だな」


 やっぱりそうか。人に道を尋ねた時もみんな同じような反応だった。


「実は僕たち、シンデレラの言っていたグリム大陸って所を旅していたんですが、道を歩いている途中霧に巻き込まれて気が付いたらこんな所にいたんです」


 エミルがこうなった事態を簡単に伝えた。とは言ってもこれで何か分かるわけでもないだろう。当事者であるはずの私達でさえ何が起きたのか分かっていないのだから。

 そう思っていたけど、意外にも桃太郎さんはそれを聞いて何だか考え込んでいた。


「待て、それと似たような話を聞いたことがあるぞ」

「本当ですか?」


 その言葉に思わず身を乗り出す。


「俺も話で聞いただけだが、ある場所の近くではしょっちゅう霧が立ち込めていて、その霧に巻き込まれると見知らぬ土地へと迷い込むことがあるそうだ」


 それはまさに私達が体験したことそのものだ。だとすると、そこに行けばもしかしたらグリム大陸に帰るための手掛かりが見つかるかもしれない。


「そのある場所って言うのはどこなんですか?」

「教えてもいいが、そこに行きたいというのなら俺が一緒に行った方が良いだろう。どの道行くつもりだった所だからな」


 桃太郎さんが行くつもりだった場所。それを聞いて一つの場所が思い浮かんだ。


「あの、その場所って言うのはまさか……」


 できればこの予想は外れてほしかった。けれど残念ながら桃太郎さんが言った言葉は想像していた通りのものだった。

 私達がこれから向かう場所。その名は……


「鬼ヶ島だ」

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