特別編 シンデレラと桃太郎? 5

「ではお爺さんお婆さん、今度こそ行ってまいります」


 そう言って意気揚々と歩きだす桃太郎さん。それに対して私とエミルは浮かない顔をしていた。

 なにしろこれから向かおうとしているのは、鬼というモンスターが住んでいると言われている鬼が島なのだ。本当にそんなものがいるのか分からないけど、やっぱりどうしたって不安になる。 


「やっぱり行かなきゃ駄目だよね」

「他に当ても無いからね。大丈夫、もし何かあっても、僕が必ず君を守るから」


 エミルはそう言ってくれるけど、ある意味その方が心配だ。これは何もエミルの腕が信用できないというわけじゃない。むしろその逆だった。エミルは優しいし、自分の言った言葉は最後まで責任を持とうとする。でも、だからこそ、もし私を守ろうとして何か無茶をしたら。そのせいで怪我でもしてしまったらと考えると、不安になってしまう。


「ねえエミル、一つ約束して。何があっても危ない目に合いそうな事だけはしないで」

「分かってるよ。君を悲しませるような真似はしないよ」

「もう、私は本気で心配しているのに」

「僕だって本気だよ。君が傷つくのも、悲しんでいる姿も、絶対に見たくないんだ」


 急に真面目に言うものだから思わずドキッとしてしまう。無意識にそんな事言うだなんて、エミルってもしかしたら少し天然な所があるのかもしれない。


「おーい、そんな所でイチャついていると置いていくぞ」


 桃太郎さんに呼ばれてハッと我に返る。イチャついてるって、なんだか誤解してるみたいだ。そりゃドキッとはしたけど、私とエミルはそんな関係じゃないのに。

 少し歩いたところで元来た道を振り返ると、桃太郎さんの家では未だ私達に向かって手を振る皆の姿があった。

 名残惜しそうに手を振るお爺さん、お婆さん。そして犬さん、猿さん、雉さん。


「って、あなた達はついて来てくれるんじゃないの?」


 さっきまで一生ついていくだの死んでも放さないだのと言っていた犬猿雉の三人はあっさりとここに残ることを決めていた。


「我々としても主と離れ離れになるのは無念ですが、主がお供はいらぬと言うのなら仕方ありません」


 いや、確かにそう言ったけど、あなた達がここに残る理由って……


「鬼が怖いんだろうね。間違いなく」


 やっぱりそうだよね。


「まあ、あいつ等がいたところで何の役にも立たないだろう。お供にしなくてよかった」


 ああ、とうとう桃太郎さんからも戦力外通告を受けてしまった。でもお互いの為にもこれで良かったのかもしれない。







 気を取り直して、私達は鬼が島へ向かうべく近くの浜辺へとやってきた。そこは私達を迷わせた霧から出てきた所のすぐ近くだった。海の向こうに目をやると、相変わらず不気味な霧が立ち込めている。


「あんなに霧が出ているけど、大丈夫かなあ」

「ちょっと心配かも。そもそも僕等は、あの霧のせいでこんな見ず知らずの場所に迷い込んでしまったわけだし、ここは霧が晴れるのを待ってから行った方が良いかも」


 もしあの霧の中に行ったら、今度はどこに迷い込むか分からない。下手をしたらまた迷って、どこか知らない場所に行ってしまうかも。だけどそんな私達の不安をよそに、桃太郎さんはどこからか船を調達してくる。


「さあ、今日は絶好の船出日和だ。お前達、さっさと行くぞ」

「どこが船出日和なんですか。霧が出ていて危険でしょう」


 呆れた様子のエミル。私も激しく同感だけど、桃太郎さんはそんな事はお構いなしだ。


「お前らなあ。霧ごときを怖がっていたら、鬼退治なんてできないぞ。良いから黙って俺についてこい」


 そうして私達は強引に船に乗せられ、鬼ヶ島へと向かって漕ぎ出した。そしてやはり船は深い霧へと包まれたのはその後間もなくのことだったていく。


「やっぱり凄い霧だ。これじゃどこに向かっているのかもわからない。桃太郎、一度引き返した方が良いんじゃないですか?」


 前を見ていたエミルが不安げな表情で言う。確かにこのままだと無事鬼ヶ島にたどり着けるかもわからない。

 だけど桃太郎さんはこんな状況だというのになぜか落ち着いていた。


「いや、鬼ヶ島に行くにはこれでいいはずだ」


 その自信たっぷりな物言いに私達は怪訝な顔になる。


「実はこの辺りには本来島なんて存在しないはずなんだ。だがどういうわけかこんな深い霧が出た時だけ、その向こうに鬼ヶ島は姿を現すと聞いている。いや、島なんて呼んではいるがそれが実際どのくらいの大きさなのかも本当は分かっちゃいないんだ」


 それで私達が止めるのも聞かずに船を出したのか。何だか聞けば聞くほど不思議な話だ。はたしてそんな事が現実におるのだろうか。そう思った時だった。


「向こうに薄っすらと陸地が見える。もしかしてあれのことかな」


 霧の向こうを見ていたエミルが声を上げた。つられて私達も目を向けると、遠くに確かに陸地のようなものが見えた。


「おお、話に聞いていた通りだ。あれこそまさしく鬼ヶ島に違いない」


 桃太郎さんはそう言うと舟をこぐスピードを速め、ぐんぐん鬼ヶ島へと近づいて行った。

 あそこに鬼と呼ばれるモンスターがいるかもしれない。そう思うと緊張してきて無意識のうちに手に力が入った。






 小舟を岸へと付けた私達はとりあえず当たりの様子を探ろうと歩き出す。先頭は桃太郎さん、続いてエミル、二人の後ろ私が続いた。


「いい、シンデレラ。もし何かあったらすぐに逃げるんだよ」

「エミルこそ、無茶だけはしないでね」


 するとそんな私達を見て桃太郎さんが言った。


「おいお前達、これからいつ鬼が襲ってくるか分からない。今のうちにこれを食べて力をつけておけ」


 そう言って取り出したのはあのお婆さん特製の黍団子だった。一目見た途端あの衝撃的な味が思い出され、ショックで一瞬足元がふらついた。


「まだ持っていたんですか?」


 桃太郎さん、味の大切さを分かってくれたんじゃなかったんですか?まあ一応これでも食べ物なんだし、捨てろとも言えないけど。


「確かに味が大事なのは認めるが、今の俺達に必要なのは戦うための力だ。力が無いせいで死んでしまったら味を楽しむこともできんからな。やはりこの世で一番大事なのが力であることに変わりはない。ほれ、食っとけ」

「遠慮します」


 ああ、そのとにかく力という理屈は変わってなかったんですね。確かにこの状況ではそうかもしれないけど、それでも私はあの味を思い出すとこの黍団子に口をつける勇気は無かった。


「確かに力はつくかもしれませんが、その……それ以上にダメージの方が……」


 無理に食べたりすると今度こそあの世行きなんてことも考えられる。そうなってはいくら力がついたってどうにもならない。


「いっそ鬼にでもあげたら。その方が攻撃手段として有効なんじゃないかな?」

「それはダメよ。たとえどんな理由があっても食べ物を武器にするだなんて間違っているわ。」


 確かに効果はあるかもしれないけど、料理に携わる者としてそんな手段をとるわけにはいかなかった。


「いや、攻撃手段って、これも一応立派な料理なんだが……」


 桃太郎さんには悪いけどその発言は聞かなかった事にしよう。

 そんな事を話している時だった急にどこからか私達に向かって声が飛んできた。


「おーいあんたら、そんなところで何してるんだ?」


 声のした方を向くのと同時に、こんな所にいるという事は鬼ではないかと思い、身構えながら相手の姿を確認する。

 するとそこにいたのは……


「ねえエミル、あれって人よね」

「うん。少なくとも鬼には見えないね」


 そこにいたのは私達と変わらない普通の男の人だった。強いて違いを上げるなら日に焼けて肌が赤くなっている事くらいかな。いや、もう一つあった。それは彼の来ている服だった。

 彼の服はさっきまで見ていた東の国の物に似た奴ではなく、私達の来ているそれとよく似ていた。という事は……


「すみません、ここは一体どこなんですか」

「どこかって?それはな……」


 その人が言ったのは最初巻き込まれた街道のすぐ近くにある村の名前だった。


「これって、元の場所に戻れたってこと?」

「そうみたいだね」


 驚く私達を見て、男性が何かに気付いたような顔になった。


「ああ、さてはあんた等あの不思議な霧に巻き込まれたな。それで知らない土地にでも行ったんだろ」


 まさにその通りだ。あまりに的確に状況を言い当てられたことに私達は言葉を失った。


「この辺りの霧に巻き込まれると時々そう言う事があるんだ。時空だの空間だのが歪んでるって話もあるけど詳しい事は分かんねえ。けどまあそう言うこともあるんだって思うんだな」


 さらりと言われたけどすぐには信じられない話だ。でも実際にそれが私達の身におこっちた。


「信じるしかないのかな?」

「どうだろう。でも事態が事態だし、どうしたって納得できる答えなんて無いんだろうね」


 そういえば前に森の魔女さんが言っていたことがある。この世には魔法よりももっと不思議なことがたくさんあるんだって。もしかしたらこれもその一つなのかもしれない。


「とにかく、元いた所に戻ってこれたんだ。今はそれでいいじゃないか」

「それもそうね」


 どうせこれ以上考えてもきっとわからないのだろう。それなら今は戻ってこれたことを素直に喜ぼう。


「あれ?でも何か忘れているような?」


 こうして帰ってこれたのだからここに来た目的は達成できたはず。それなのに何か引っかかりを感じる。何か他にあったっけ。思い出そうとしたその時だった。


「おい!」


 今まで黙っていた桃太郎さんが突然叫び出した。しかも何だか怒っているみたいだけど、いったいどうしたんだろう。

 桃太郎さんは男性に向かって叫んだ。


「鬼というのはお前のことだな」


 ああ、そういえば桃太郎さんがここまで来た目的は鬼退治だったっけ。すっかり忘れてた。

 でもこの人が鬼ってどういうこと?


「愛想よくしても俺の目はごまかせんぞ。その赤い体が何よりの証拠だ」


 言われて私達は男性の体を見る。確かに桃太郎さんの言う通りこの人の体は真っ赤になっているけど、それでもこの人は鬼じゃないと思う。


「赤?ああ、この辺は霧こそ出るが昼間は日差しが強いからな。ノラ仕事をしているとすぐに肌が焼けるんだ」


 やっぱりそうか。思った通りだ。


「そう言う時はビタミンCを取ると良いので果物をたくさん食べると良いですよ。でも柑橘系の物だと悪影響を及ぼすこともあるので気を付けて下さいね」


 前に聞いた事のある日焼けに効果のある食べ物の話を教える。だけど桃太郎さんはまだ納得していないみたいだった。


「日に焼けたくらいでそこまで真っ赤になるものか?」


 だけどそれにエミルが答える。


「僕たちの国の人間はあなたたちと比べて肌の色が白いですからね。ちょっとした変化が目立つんですよ。他にも体調が悪いと血管が浮き出て真っ青になる事もあります」

「そうなのか。じゃあ、まさか鬼の正体って言うのは……」


 桃太郎さんが言おうとしていることは何となくわかった。私も今まで思いもしなかったけど、もし鬼の正体がこれなら納得がいく。


「鬼だって?そりゃきっと俺達のことだな」


 私達の抱いた疑問を男性があっさりと口にした。


「たまにあんたみたいに霧の向こうの人が迷い込むことがあるんだ。そいつらが俺達をみたら格好も違うし、背も少し高いから結構驚かれるんだよな。鬼だなんて言って勝手に驚くばかりか、こっちは何も言ってないのに見逃してくれって勝手に物を置いて逃げていくやつもずいぶんといたな。あんた、よかったらこれ、持って帰ってくれないか」


 そう言って男性は近くの小屋から様々な物を持ってきた。どれも霧の向こうの品物のようだ。


「じゃあ、人を襲う鬼っていうのは」

「初めからいなかったってことですかね」


 全てはここに迷い込んだ人が勝手に勘違いしたものらしい。


「じゃあ、俺が鬼退治して一躍ヒーローになるって野望は……」

「無理じゃないですか。だって鬼なんてそもそもいなかったんですから」

「そんな……」


 桃太郎さんは力なく肩を落とした。


「まあ、これを持って帰れば少しは違うんじゃないですか」


 男性から渡された荷物はかなりの数があった。鬼退治のヒーローとまではいかなくても感謝はされるかもしれない。


「まさか鬼でもない奴らを退治するわけにもいかんし、この際仕方ないか」


 桃太郎さんも納得してくれたみたいだ。


「ああ、それとけるなら早くした方がいいぞ。あの霧は場合によっては何カ月も出ないことがあるからな。下手すると当分は元の場所には帰れなくなる」


 男性の言葉を聞いて桃太郎さんの顔色が変わった。


「なに?こうしちゃおれん。俺はもう帰るぞ」


 そう言って桃太郎さんはいそいそと荷物をまとめ始めた。そして歩き出そうとしたところで一度足を止めると、振り返って私達を見た。


「お前達にも色々と世話になったな。おかげで食べる楽しみをしることができたぞ」


 そう言ってもらえると私も嬉しい。


「これからは美味しいものをたくさん食べてくださいね」

「本当はお礼にお供になってやりたいところだが」

「いえ、それは結構です」

「そうか。それじゃ本当に帰るとするか。お前たちも達者でな」


 別れを告げると桃太郎さんは今度こそ足早に元来た道を帰って行った。

 そしてそばにいた男性も。


「俺もそろそろ仕事に戻るとするかな」


 そう言って去っていき、その場には私とエミルの二人だけが残った。


「何だか大変な人だったね」


 それには私も大いに同意する。それは桃太郎さんだけではなくあそこで出会ったほとんどの人に当てはまる気がする。


「それにしても、あそこって本当に東の国だったのかしら」

「分からない。今となってはまるで全部が夢だったんじゃないかとさえ思うよ」


 エミルの言うことも決して大げさでは無いように思えた。


「そうね。でも私はあそこに行って良かったと思うわ」


 そう言うとエミルが意外そうな顔をした。


「でもシンデレラ、君は凄く大変そうだったじゃないか」


 確かに大変だった。犬猿雉の三人からはお供にしてくれとしつこくせがまれ、桃太郎さんから貰った黍団子の味は今でも軽いトラウマになっている。

 何だか思い出したらまた疲れが出てきた気がする。でも……


「あそこに行かなきゃこれが手に入ることもなかったわ」


 私はそう言って荷物の中からそれを取り出した。それは今回の出来事が夢ではない確かな証でもあった。

 私の手には霧の向こうの世界で買ったお味噌とお醤油が握られていた。


「今まで使っていたのが残り少なくなっていたからどうしようと思っていたけど、これで一安心だわ」


 たくさん買っておいたのでこれで当分は尽きることは無いだろう。そう思うとさっそく何か作ってみたくなる。


「ねえエミル、何か食べたい物ってある?」


 するとエミルは少し考えてから言った。


「カボチャの煮つけかな。また食べてみたい」


 カボチャの煮つけ。それを聞いてエミルと初めて出会った時のことを思い出す。

 思えばあの時の出会いが無ければ今こうして旅をしていることも無かっただろう。

 今回の一件も不思議な出来事だったけど、私とエミルの縁だってそれに負けないくらいに不思議なものだ。


「わかったわ。どこか調理できるところを見つけたらすぐに作るわね」


 せっかくだから前に作ったものとは味付けを変えてみるのもいいかもしれない。エミルならきっと美味しいと言って食べてくれるだろう。

 幸せな瞬間を想像しながら、私達は新しい一歩を歩み始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る