シンデレラとカエルにされた王子 6
木苺を探しに森にやって来た私とラプンツェル。だけど、目当ての木苺はなかなか見つけられずにいた。
「この辺りには無いみたいだね。確か前はもっと奥にあったような気がする」
それは私も思った。もう少し奥に行けば、木苺は生っていたはずだ。
「もうちょっと行ってみましょう。せっかく来たんですから、見つけて帰りたいです」
「そうだね。もう少し歩いてみようか」
私達は森の中を進む。するとしばらくして、少し開けた場所に出た。そうだ、確か前はこの辺りで木苺を摘んだんだ。
だとしたら近くにあるはず。キョロキョロと当たりに目をやると。
「ありました。木苺がなっています」
そこには沢山の木苺が生っていた。私達はすぐさま駆け寄って、木苺を摘み始めた。
ほどなくして持ってきたバスケットは一杯になる。
「大量ね。これだけ採れれば十分でしょ」
「はい。これで木苺のスイーツが作れますね」
私達は重たくなったバスケットを手にその場を離れようとする。だけどその時、私は妙な気配を感じて足を止めた。
「どうしたの?」
ラプンツェルが不思議そうに顔をのぞき込んでくる。理由は自分でもよく分からない。だけど、まるで誰かに見られているような感覚が拭えない。
「ラプンツェル、近くには誰もいませんよね」
「こんな森の奥だよ。私達以外いないよ。それとも、誰かいるの?」
「それは分からないけど……」
ふと近くの茂みに目を向ける。何だかそこの草が動いたような気がしたのだ。するとそんな私を見ていたラプンツェルが急にしゃがみ、落ちていた石を拾った。
「あそこに誰かいるかもしれないってわけね」
「そうですけど……待って下さい、何をする気ですか?」
そう言った時にはラプンツェルはすでに茂みに向かって大きく手を振りかぶっていた。
彼女の手から投げられた石は弧を描き、茂みの奥へと消えていく。すると――
「ギャン!」
何かの鳴き声と共に茂みの中から黒い影が飛び出した。その姿に私の目は釘付けになる。
「わ、大きな犬」
ラプンツェルはそう言ったけど、それは違います。アレはオオカミです。石をぶつけられたことに怒ったのか、それとも初めから私達を狙っていたのか。オオカミはこっちを睨みながら低い声で唸っている。
いつかのオオカミに襲われた時の記憶が蘇り、身を震わせる。
そういえば森を抜えて町に来た日に女将さんが、森には獣が出て危ないって言っていたっけ。前回通った時は何事も無かったからすっかり油断していた。
「ラ、ラプンツェル。早く逃げましょう」
「うん……でも、あいつこっちを睨んでるよ。背中を見せた途端に襲ってきたりしない?」
ラプンツェルの言う通りだ。オオカミは完全に私達を標的としているようで、隙を見せたら飛び掛かってくるだろう。
前に赤ずきんと一緒に出会ったオオカミのような喋るようなタイプでなく、完全な野生のオオカミ。
だけど聞いたことがある。喋る獣は頭が良いけど、喋らない獣は理性が無い分凶暴だって。という事は、この状況はかなり危険なんじゃ……
「逃げちゃいけないなら、いったいどうすれば?」
「そんなこと言われても……戦ってみる?」
無茶だ。武器も持っていない私達があのオオカミに勝てるとは思えない。どうにか上手く退ける方法は無いだろうか。オオカミを追い払うか、逃げ出す方法は……
「ラプンツェル、一緒にバスケットをオオカミに投げて、その隙に逃げましょう。木苺も入っていて重くなっているので、当たれば怯ませられるかもしれません」
「上手くいけばいいけど。他に方法も無い事だし、やるしかなさそうね」
互いに目を合わせ、オオカミとの距離を測る。オオカミは少しずつ、こちらに距離を詰めてきていた。だけどその分命中させやすい。私達はタイミングを合わせて、手にしていたバスケットを振り上げた。
「ギャン!」
木苺一杯のバスケットは二つともオオカミに命中する。けど、それをちゃんと確認できたわけじゃない。バスケットを投げた次の瞬間には私達は後ろを振り、返り全力で走っていた。
「オオカミ、追って来てる?」
走りながらラプンツェルが聞いてくる。ちらりと後ろを振り返ると、オオカミが立ち上がってこっちを睨んでいる。きっとすぐさま追いかけてくるだろう。速く逃げないとすぐに追いつかれてしまう――
全力で足を動かし、腕を振る。心臓が高く鼓動を打っているけど、そんな事を気にしている場合では無い。
とにかく全力で走って、オオカミから逃げないと。なのに――
「あっ!」
不意に隣を走っていたラプンツェルが声を上げた。見ると足を取られて転んだのか、ラプンツェルが膝をついていた。
「ラプンツェル!」
これは致命的だ。見ればオオカミがこっちに向かって駆けてきている。私はとっさに落ちていた石を拾って投げる。
だけど、そう何度も当たってくれるほどオオカミも甘くは無い。
「ラプンツェル、急いで!」
「分かってるよ!」
何とか立ち上がったラプンツェルの手を引っ張りながら再び走り出す。だけど、もうオオカミはすぐそこまで迫って来ていた。
* * *
気のせいだろうか。シンデレラの声が聞こえたような気がした。何やら切羽詰まったような声で、ラプンツェルの名前を呼んでいたような。足を止め当たりの様子を窺う。
(こんな所にいるわけないか)
僕は今町に向かうために森を歩いている最中だ。シンデレラやラプンツェルがこんなところにいるとは思えない。
とすると、とうとう幻聴まで聞こえ始めたという事か。いくらシンデレラの事が気になるとはいえ、これはかなりマズいのではないだろうか。
(ダメだ。これじゃあ二人に会うよりも先に、僕の心がもたないや)
我ながら情けない。もしかしたら、このままこの森の中で朽ち果てていってしまうんじゃ。そう思った時……
「ラプンツェル、急いで!」
今度はもっとはっきり聞こえた。それはもう幻聴とは思えない。僕は急いで声のした方に向かって走る。
(シンデレラ、近くにいるの?)
さっきの声からは焦りが感じられたけど、彼女ははたして無事だろうか。木々の間を抜け、息をするのも忘れてひたすら走る。そして……
(いた……)
それは紛れもないシンデレラとラプンツェルの姿。シンデレラはなにやら地面に膝をついているラプンツェルに手を差し伸べていている。
ずっと探していたというのに、目の前の光景が信じられない。一カ月ぶりに見る彼女達の姿に心を震わせる。
「シ……」
僕は彼女の名を呼ぼうとした。だけどその声は別の唸り声によってかき消された。
「ガルルルル!」
目を向けると、シンデレラたちの後方にオオカミが迫っているのが見えた。オオカミは鋭い牙を光らせながら、二人に向かって走っている。
(何でこんな時に!)
やっと見つける事が出来たと思ったのに、状況は最悪だ。だけどそんな事を考えられたのもそこまで。次の瞬間には、僕は腰に携えていた剣を抜き、オオカミに向かって駆けていた。
(間に合え!)
オオカミがシンデレラとラプンツェルに迫る。だけどその牙が二人を襲う直前、振り下ろした剣がオオカミの体を払った。
「ギャン!」
オオカミは鳴き声と共に吹っ飛ばされる。だけど、まだ浅い。踏み込みが甘かったせいか、退ける事は出来たけどちゃんとは斬れていない。
「シンデレラ、ラプンツェル、逃げろ!」
僕は振り返らないまま二人に向かって叫んだ。視線の先は依然オオカミ。やはり傷は浅かったのだろう、奴は倒れた体を起こし、こっちを睨んでいる。
「えっ、誰?」
ラプンツェルのそんな声が後ろから聞こえてきた。どうやら予期せぬ乱入者に驚いているようだけど、そんなことよりも早く逃げてほしい。
それにしても。やはりというか、二人とも僕がエミルという事には気づいていないようだ。
カエルの姿かどうかもそうだけど、それ以前にフードを被って顔を隠しているのだから当然だけど、少しショックだ。けど、今はそんな事を気にしている場合では無かった。
「グアァァァァァ!」
オオカミは吠えながら今度は僕めがけて襲い掛かってきた。その素早い動きに反応が遅れ、鋭い爪が頬をかすめた。
「――――ッ」
鋭い痛みが走る。オオカミの攻撃で、被っていたフードがとれ、素顔があらわになる。だけど今はそんな事を気にしている場合では無い。せっかく二人を見つける事が出来たのに、オオカミに台無しにされてたまるか。
僕は素顔をさらしたまま、オオカミと対峙した。
* * *
目の前の光景が信じられない。オオカミに襲われたかと思うと、フードを被った人が突然現れて、私達を助けてくれた。そこまではまだ良い。問題はそのフードの中にあった顔だ。
「カエル?」
それはどう見ても人間ではなくカエルの顔。私達はどういうわけか剣を構えたカエルのおかげで、オオカミから守られているのだ。
驚いているのはラプンツェルも同じようで、本当なら危険な状況なのに、緊張感のない声で話しかけてくる。
「あれってもしかして、女将さんが言っていたカエル?人間くらいの大きさの喋るカエルが出るって言ってたよね」
「……たぶん」
確証はないけど、そんな珍妙なカエルが何人もいるとは思えないから、きっとその通りなのだろう。だけど、私はそれとは別に気になっていることがある。
「ねえ、あのカエルさん、私達の名前を呼ばなかった?」
「え?そういえば呼んだような」
確かに呼んだはずだ。シンデレラ、ラプンツェル、逃げろって。けど、どうして私達の名前を知っているのだろう。
私達はオオカミに襲われている最中だというのに、互いに顔を見合わせる。
「ラプンツェル、もしかしてあのカエルさん、貴女の知り合い?」
「そんなわけないでしょ!そっちの知り合いなんじゃないの?旅の途中であったカエルとかさあ」
「違いますよ。喋る動物には何回か会っていますけど、カエルに知り合いはいません」
ましてやあんなに大きなカエルなんて、全く心当たりが無い。無いはずなんだけど……
(なぜだろう。あのカエルさん、どこかで会ったような気がする。おかしいなあ、あんなに印象強い人、忘れるはず無いんだけどなあ)
そんな事を考えながら、対峙するカエルとオオカミの姿を目で追っている。二人は互いに距離を測りながら、相手の出方を窺っているようだ。
(あれ、確か前にもこんな事があったよね)
アレは前に赤ずきんと一緒にいたところをオオカミに襲われた時だった。あの時はエミルが駆けつけてくれて、オオカミに剣を向けていたっけ。今はそれと似たような状況なのだ。
「グアアァァァァァァ!」
耳を突く大きな鳴き声と共に、オオカミがカエルさんに飛び掛かっていく。やられる、そう思った瞬間、カエルさんが手にしていた剣を振るった。
瞬間、宙を舞っていたオオカミの体が地に落ちた。
それは、素人の私でもわかるような鮮やかな剣さばき。瞬きしていたら見逃していたであろう一瞬の出来事で、一振りでオオカミを仕留めていた。その剣はまるで……
「エミルの剣だ」
彼の剣を見たのは一度きり。だけど、目の前のカエルさんの剣と、前に見たエミルの剣が重なって見えた。
いったいなぜそう思ったのかは分からない。困惑していると、ことを終えたカエルさんがゆっくりとこっちを振り向いた。
「良かった…無事で……」
そう言って笑った。カエルの表情なんて分からないけど、確かに笑ったような気がした。だけど次の瞬間、カエルさんは足をふらつかせ、そのまま地面に倒れ込んだ。
「大丈夫ですか?」
慌てて彼に駆け寄る。相手は正体の分からないカエルさんだけれど、助けてくれた人を放っておくわけにはいかない。ラプンツェルも私の後に続く。
「ちょっと、アンタ大丈夫?」
「頬を怪我しています。早く手当てしないと」
私達はカエルさんにを抱き起し、他にどこか怪我をしていないかを見る。何せいきなり倒れたんだ。もしかしたらひどい傷を負っているのかもしれない。
「大丈夫、ちょっと疲れただけだから心配しないで」
カエルさんは私達を心配させまいと思っているのだろうか、優しい口調でそう言った。この口調にも覚えがある。これはまるで……
「やっと会えたよ。シンデレラ……」
瞬間、頭の中が真っ白になった。この私の名を呼ぶ声は、今日初めて聞いたものではない。ずっと一緒に旅をしていた彼の声だ。だけど、だけどまさか。
「……エミル……なの?」
信じられない気持ちのまま、その名を口にする。
私はずっと彼に会いたいと思っていた。だけど、今目の前にいるカエルさんがエミルだなんて、そんな事があるのだろうか。
ラプンツェルは私が何を言っているのか分からないようで、私とカエルさんを交互に見ている。そしてカエルさんは、私の抱いている疑問の答えを口にした。
「良かった。分かってもらえた……君の言う通り、僕はエミル。ゴーテルによってカエルの姿に変えられてしまった、エミルだよ」
「―――ッ」
彼が嘘を言っているようには思えない。
私は確かにエミルに会いたいと願っていて、今日の願いは叶う事が出来た。だけどこれは、喜んでいい事なのだろうか。
「エミル……」
私は茫然としたまま、カエルの姿のエミルを見つめていた。
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