シンデレラとカエルにされた王子 5
私とラプンツェルが宿の女将さんのご厚意で働かせてもらってから早一カ月。今では宿の仕事もだいぶ慣れてきて、今日も私達は朝から忙しく働いている。
「シンデレラは部屋を、ラプンツェルは表を掃除して。終わり次第厨房に入ってもらうよ」
女将さんの指示で慌ただしく動き始める。ここでの仕事は楽ではないけど、寝泊まりする部屋も与えて貰っているうえに三食付きだ。大変な状況の中でこんなに待遇の良い仕事にありつけたことは幸運と言ってよい。
ただ残念なことに、宿を訪れる人に尋ねてみても、エミルの情報は得られずにいる。
「あいつはきっとアンタを探しているはずだよ。アンタも辛かったらちゃんと相談してよね。何かできるわけじゃないけど、、話を聞くくらいならできるんだからさ」
ラプンツェルはいつもそんな事を言っては私を励ましてくれている。
こんな状況になってみて分かったけど、彼女は本当にメンタルが強い。当初は慣れない宿の仕事にも弱音を吐くことなく、少しでも早く慣れようと頑張っている。
(ラプンツェルのそういう強い所は、私も見習わないといけないな)
ちなみに今のラプンツェルは長かった髪を肩くらいまでバッサリと切っていた。仕事をするのに邪魔になるからと、働き始めてすぐに短くしたのだ。
せっかく綺麗な髪なのだからもう少し長くそろえても良いような気もしたけど、動きやすいという理由で今の長さにしたそうだ。
ラプンツェルは本当にせっせと働いていて、その為か一時期ポッコリとしていたお腹も、今ではすっかり引っ込んでいた。
何だか最近のラプンツェルは前よりも生き生きしている気がする。塔から出て、働いて、たくさんの人達と会った影響だろうか。それに比べて私は……
「……シンデレラ……シンデレラってば」
ラプンツェルの声で慌てて我に返る。そうだ、掃除が終わった私はラプンツェルと一緒に厨房で料理をしている最中だったんだ。
「どうしたんですか、ラプンツェル」
「どうしたって。アンタ、いったいいくつ卵を割る気?」
言われてみて気が付いた。目の前にあるボウルの中には、十を越える卵が割られていた。こんなに割るつもりは無かったのに。
「ごめん、ボーっとしてた」
「アンタが料理中にボーっとするだなんて珍しいね。どこか悪いんじゃないの?」
確かにこんな失敗は私らしくない。どうしよう、こんなに沢山卵を割っても仕方がないのに。
「こんな時、義姉さんだったら全部食べてくれるんだろうけど」
「ああ、あのよく食べるって言う義姉さん。けど、いくらなんでもこれだけあったら飽きるでしょ」
ラプンツェルはそう言ったけど、そんなことは無い。
「義姉さんならたぶん問題ありません。卵4、5パックくらい丸呑みしたこともありますし」
「それってちゃんと殻を割って飲んだんだよね。殻ごと丸呑みしたんじゃないよね。ってか4、5パックって何?五十個くらい食べたってことだよね。卵だけそんなに食べるなんてどんな状況?」
ラプンツェルが驚くのも無理はない。あの時の義姉さんは私でもどうかと思う。
「せめていくつかを料理させてくれれば、味にメリハリをつける事が出来たんだけど。目玉焼きにスクランブルエッグにゆで卵。卵だけでもこれだけ料理ができるのに、義姉さんったら全部そのまま食べちゃうんだもん」
「いや、料理するかどうかの問題じゃないから。コレステロールが凄い事になるから」
そんな話をしていたら、女将さんが顔を覗かせてきた。
「仕事は順調?って、何なのこの大量の卵は?」
「すみません、間違って割りすぎてしまいました」
私は素直に頭を下げる。怒られるかと思ったけど、女将さんは苦笑するだけだ。
「まあやっちゃったものは仕方がないね。これは後で何とかしよう。ところで、木苺ってどれくらい余ってる?」
「木苺ですか?確かもうあまり残ってなかったと思います」
確認してみたけど、やはり残りは少なかった。いい加減補充しておいた方が良いだろう。だけど女将さんは困った顔をする。
「仕入れたいのは山々なんだけど、今はどこも品薄なんだよ。しばらく木苺を使ったスイーツは作れないかな」
木苺のパイもタルトも、この宿の食堂の人気商品なのに残念だ。
あれ、だけど木苺ってどこかで見かけたような気がする。するとラプンツェルも同じ事を考えたようだ。
「木苺なら、確か近くの森の奥に生ってるはずだよ」
そうだ。私達はこの町に来る時に通った森の中で、木苺を食べて空腹を満たしていたのだ。一カ月前の事だけど、もしかしたらまだ生っているかもしれない。
「今から森に行って採ってきましょうか。多分場所も分かりますし」
「そう?なら行ってくれると助かるけど。だけど気を付けてね、物騒な噂もあるから」
「物騒な噂?」
「なんでも東の方で、人間くらいの大きさのカエルが出るって噂があるの。そいつは言葉も話していて、何でも女の子を探しているみたい」
人間くらいの大きさのカエル?そんな物が本当にいるのだろうか。それに……
「どうしてそのカエルは女の子を探しているんでしょうか?」
首をかしげていると、ラプンツェルが嫌そうな顔で言ってきた。
「ゴーテルみたいに攫って召使にでもしようとしてるんじゃないの?そんなのが本当にいるかどうかは分からないけど、木苺採りには私も行くわ」
「ラプンツェルもですか?」
一人でも大丈夫だと思うけど。だけどラプンツェルは譲ろうとしない。
「今のアンタじゃ危なっかしいよ。途中で道に迷いそう」
そんなこと無い。と思ったけど、さっきの卵の失敗があるから強くは言えない。話し合った結果、結局二人で森まで行くことになった。
「くれぐれも気を付けてね。森の奥には野生の獣もいるんだから」
女将さんは心配してくれたけど、私達はあの森を抜けてこの町に来たのだ。気を付けていれば心配はないだろう。
「それじゃあ、ちょっと行ってきますね」
「木苺、たっぷり採ってくるから」
そう言って私達は森へと出かけて行く。今度はさっきみたいな失敗はしないよう、私は気を引き締めるのだった。
* * *
とある町の外れ。僕は人目を避けて建物の陰に隠れながら、地図を広げていた。
シンデレラとラプンツェルを探し始めてから早一カ月。僕はゴーテルが言っていたと思われる荒野まであと少しというところまでやってきていたた。だけど、問題はこれからどうするかだ。
(二人が連れて行かれたのはもう一カ月も前だ。無事でいるなら、もう荒野にはいないだろう。いるとすれば荒野の北にあるこの町か?)
地図を見ながら頭を捻る。それはここから森を抜けた先にある町。だけどその考えははたして正しいのだろうか。町に行って情報を集めれば何かわかるかもしれないけど。
(今はそれすらまともにできないからなあ)
今まで二人の事を誰かに尋ねた事は幾度となくあった。だけどそのうち何度かはフードの中のカエルの顔に気付かれて騒ぎとなり、話を聞くどころではなかった。今度の町で同じように聞いても、また騒ぎになるかもしれない。
(そもそもシンデレラと会えたところで、カエルの姿だったら怖がられるだけかもしれないしな)
この姿にされてからずっと気味悪がられ、宿にも泊まれなければ働いてお金を稼ぐこともできない。役人に王子という事を話して協力を仰ごうとしたこともあったけど、当り前というか、やはり信じてはもらえなかった。
考えてみれば、こんな僕がシンデレラに会えたところで、何の力にもなれないだろう。もういっその事探すのを止めた方が良いんじゃないか。ついそんな考えも浮かんでしまう。
何しろ奇異な目で見られ、野宿を繰り返しながら一人で旅をしてきたこの一カ月。もはや僕は心身ともにボロボロだった。
全てを投げ出してもう楽になってしまいたいとも思う。だけど――
(せめて一目。二人の無事を確かめるまでは終われない)
それが責任というものだ。ラプンツェルン両親にも必ず見つけると言ってきたから、今頃心配して連絡を待っている事だろう。だとすれば、やはりここで止めるわけにはいかない。
「……行かなくちゃ」
二人を探すため、ボロボロの体に鞭を打ちながら、僕は森へと向かって行った。
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