シンデレラとカエルにされた王子 4
旅を始めてから今日で七日。僕、エミルは今日も一人で街道を歩いていた。
途中で買った地図によると、ここから西に確かに荒野はあるようだ。だけどその場所は非常に遠く、簡単にはたどりつけない。
(時間は掛かるかもしれないけど、それでも行かなくちゃ)
僕は荷物を背負いなおすと、歩を少し早めた。
それにしても、カエルの姿で旅をするというのは思っていた以上に過酷だった。何せ物を買う時も騒がれないよう、フードで顔を隠しながら行っていた。容姿が違うだけなのに、それだけで人は僕を奇異な目で見てくる。
一度食糧を買う時に店の人に気付かれて騒ぎになった事があった。その時はお金を払った後だったけど、買った物も持たずに慌てて店を飛び出してきた。下手をすれば役人を呼ばれて、牢に投獄されてもおかしくない。
そして困った事に、この容姿に気付かれない為に宿にも泊まれずにいた。宿でくつろいで油断していると、いつ誰に見られてしまうか分からない。
これにより旅を始めてからは夜は全て野宿。まさかお城にいた頃、サバイバルの訓練を受けていたのがこんな形で役に立つだなんて思わなかった。
そんなこんなで何とか旅を続けられてはいるけど、シンデレラと二人で旅していた時と比べると、何だか比較にならないほど辛い。
「何も悪い事はしてないんだけどな」
だけどこの姿を怖がる気持ちは分かる。少し前の僕だって目の前に巨大なカエルが現れたら、きっと警戒していたに違いない。
もしかして、僕は一生このままなのだろうか。ダメだ、考えだしたら不安になる。今はそれよりも、早く二人を探さないと。
僕は考えるのを止めてひたすら歩き続ける。
強い日差しが照り付ける。カエルの肌だからだろうか。何だか暑さに弱くなっている気がする。いや、連日野宿続きで、疲れが溜まっているだけかもしれないけど。
「雨でも降ってくれないかなあ」
かんかんと照り付ける太陽を恨めし気に見上げながら、何だか本当にカエルのような事を考えてしまった。
それから三日。僕は未だに何の成果もあげられずに、ひたすら西に向かって歩いていた。さて、今日はこれからどうしよう。このまま歩き続けるか。それとも……
少し足を止めて考える。シンデレラとラプンツェルが連れて行かれた荒野はまだ先。だけどそれは本当僕の考えが当たっていた場合の話だ。もしかしたら二人が連れて行かれたのはもっと別の場所である可能性は無いだろうか。
(そもそも二人の居場所なんて、ゴーテルが言っていただけだからなあ)
そしてそのゴーテルは信用できる奴じゃない。だとすれば、念の為情報を集めておいた方が良いのかもしれない。
もし二人がいるのは実はこの近くで、僕がそれに気づかずに素通りしてしまったらあまりにバカらしい。
もう少し街道を歩けば村があるはず。そこに行って町の人に話を聞いてみよう。勿論僕がカエルの姿であることはバレないように気をつけなければいけないけど。
程なくして町に到着した僕は、そこにあるカフェを尋ねた。
アイスコーヒーを注文し、荷物を置いてオープン席に座る。ほどなくしてウェイトレスが注文の品を運んできた。
「アイスコーヒーになります。ごゆっくりどうぞ」
テーブルにアイスコーヒーが置かれる。少し前までは、シンデレラがこんな風にどこかの店で働いている姿を、当り前のように目にすることができた。もう一度そんな彼女の姿を見たいから。僕はそのウェイトレスに尋ねてみた。
「すいません。ちょっとお聞きしたいのですが、最近この辺りで二人の女の子を見かけませんでした?」
「女の子ですか?」
ウェイトレスは少し訝し気な顔をした。フードにマントのいかにも怪しい男がこんな質問をしているんだ。怪しむ気持ちも分かる。
「一人はとても……信じられないくらい髪の長い女の子なんです。聞いた事はありませんか?」
「すみません、ちょっと分からな……」
その時、不意に一陣の風が吹いた。地面に落ちていた木葉が舞い上がり、それと同時に僕の被っていたフードも舞う。
しまったと思った時にはもう手遅れだった。フードを失った僕は、その醜い顔を露わにしていた。
「ひっ」
傍にいたウェイトレスがそれを見て悲鳴を上げる。
「騒がないで。これは……」
「いやぁ!近寄らないで化け物!」
「―――――ッ」
化け物。そう言われたのはこれで何度目だろうか。けれど、何度言われてもなれることはできずにいた。
それは思っていたよりもずっと傷つく言葉で。今の自分がいかに気味の悪い容姿をしているか現実を突き付けられ、まるでいきなり殴られたようなつよいショックを受けた。
僕の顔を見たウェイトレスは、まるでさっきまでとは別人のような冷たい目で僕を見る。
「待って下さい。僕は貴女に危害を加えたりは……」
「嘘っ!そんなこと言って私を食べる気ね」
「だから誰も食べたりなんて……」
話す余裕があったのはそこまでだった。周りを見ると、騒ぎを聞きつけた人が何事かと集まってきている。これ以上ここに留まるのはマズい。情報は何も得られていないし、アイスコーヒーも飲み損ねたけど、今はこの場を離れよう。
僕は荷物を手に取ると、急いで駆け出した。この店が注文時に代金を支払うタイプの店でよかった。会計はもう済ませてあるから、無銭飲食にはならない。
逃げる最中、僕の姿を見た人達の悲鳴が耳を突いた。僕はそれを振り払い、町外れの人気の少ない路地まで逃げてきた。
「ここまで来れば大丈夫…かな」
建物の陰に隠れながら恐る恐る元来た方を見たけど、幸い人影は無い。どうやら追っては無いようだ。それにしても、ちょっと顔を見られたくらいでこんな騒ぎになるだなんて。
(これじゃあ前にシンデレラが言っていた、露出狂の王様と変わりないじゃないか。歩いてるだけで大騒ぎだよ)
当たり前のことだけど、今までこんな経験はした事が無かった。いや、王子として街に出ていた時はファンに騒がれることはあったけど、今の騒がれ方とは全然違う。
思えばあの頃は、王子という立場と容姿に恵まれていただけで、大した苦労もなく大抵の事は思い通りになっていた気がする。だけど今は……
(こんな姿じゃ、僕が王子だって言っても信じてくれる人はいないだろうな)
あの時自分を守っていた物はもはや何一つない。それどころかカエルの姿では働いて路銀を稼ぐことすらできないだろう。つまり、今の持ち金が僕の全てなのだ。
お金も少ない、王子という立場も無い、姿は見ただけで悲鳴を上げられるような醜い物。まったくもって最悪だ。シンデレラが今の僕を見たらどう思うだろうか。
(さっきの子みたいに、悲鳴を上げられるかもしれないな)
マズイ。苦労して見つけ出したとしても、もしそうなってしまったら立ち直れる気がしない。だけど、だからといって探すのを止めるかというと。
「それも……嫌だな」
思わず気持ちが口から洩れる。もしかしたらシンデレラは僕を受け入れてくれないかもしれない。だけど、僕は間違いなく彼女を求めている。
(考えるのは後だ。やっぱりまずはシンデレラ達を探さないと)
重い足を引きずりながら、僕は町を後にする。とりあえずの目的地である荒野はまだ遥か先。そこに彼女がいる事を祈って、僕はまた歩き続ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます