シンデレラとカエルにされた王子 3

 荒野を抜け、森を抜け、町へとやって来た私とラプンツェル。

 体力は限界。満身創痍の状態だった私達は無事ここまで来れた喜びから、互いに手を取り合って喜んだ。


「やりましたよラプンツェル、町に着きました」

「これで助かる。何の変哲もない町だけど、百万ドルの夜景よりも輝いて見えるよ」


 本当に良かった。だけど何だか町の人達の様子がおかしい。何だかみんな私達の事を変な目で見ている気がする。


「そうだ、まずはこの格好を何とかしないと」


 ラプンツェルに言われて気付いた。思えば私達は寝間着のままなのだ。しかもこんな格好で荒野や森を抜けてきたのだから、それもボロボロになっていた。


「けど、何とかするって、どうすれば良いんだろう?」


 よく考えたら身一つでここまで来た。勿論お金なんて持ってはいない。これでは服を買う事も食事をとる事も、宿に泊まる事も出来はしない。


「本当にどうしましょう。もしかして今夜はまた野宿?」

「何で町まで来て野宿なのよ。温かい風呂に入って、ふかふかのベッドで寝たいってのに」


 昨日泉で水浴びをしたけれど、やはりちゃんとしたお湯につかりたかった。横になった地面はとても固く寝心地が悪い。おまけにいつ獣が襲ってこないかと警戒していたので、疲れていたのになかなか眠る事も出来なかった。ラプンツェルの言う通り、私もベッドが恋しい。


「どうするの。これじゃあ町に来た意味ないじゃん」


 ラプンツェルが悲痛な声を上げる。確かにこれでは昨日と何も変わりない。このままではいけないと思った私は、すぐに行動を開始した。

 向かった先はこの町の宿屋。正直寝間着姿で町を徘徊するのは恥ずかしかったけど、そうも言ってられない。

 その宿屋は小ぢんまりとしていたけど綺麗で、入り口から中に入ると受け付けに一人の男性の番頭さんが座っていた。


「いらっしゃ――い…ませ……」


 私達の姿を見て唖然とする。絶対ヤバい人が来たとか思っているんだろうな。だけどこんな事で臆していたらダメだ。私とラプンツェルは困惑している番頭さんに前に頭を下げた。


「すみません。私達無一文なんですけど、一晩泊めて下さい!」

「は?」


 番頭さんはぽかんと口を開ける。ボロボロの寝間着姿の二人が来ていきなりこんな事を言い出したんだから、そりゃあ困惑もするよね。けどこっちもふざけてこんな事を言っているわけじゃない。


「私達、訳あってお金も食べ物も持っていなくて、格好もこんなですけど、怪しいものではありません」

「どう見ても怪しいけど、そこは目をつむって下さい」


 普段なら人に頭を下げる事が無さそうなラプンツェルも、今回ばかりはそうもいかない。私達はそろって土下座して、泊めてもらうよう懇願する。


「ちょっとお嬢さんたち、困るよこんなことされても」


 慌てる番頭さん。私達だって無茶なことを言っている自覚はある。こんな事を頼むなんておかしいし恥ずかしいけど、なりふり構っていられない。

 そうしていると騒ぎを聞きつけたのか、奥から一人の女性が姿を見せた。歳はたぶん三十代後半くらい。凜としていて大人の女性を思わせる雰囲気の人だった。


「何を騒いで……何なのその子達は?」


 出てきたその人は当然だけど、土下座している私達を見て目を丸くしている。だけど何を思ったのか、そのまま番頭さんを睨みつけた。


「アンタ、今度は一体何をしたんだい?」

「何もしてないよ。この子達が勝手にやって来て勝手にやってるんだ」

「こんな事をするうら若き乙女がどこにいる!どうせあんたがまた虐げて遊んでるんだろ!」


 それは全くの誤解なんだけど。そんな誤解を受けるなんてこの番頭さんはどういう人なんだろう。いや、今はそんなことどうでもいいんだけどね。


「あの、本当にこれは私達が勝手にやっているだけなんです」

「いい、分かってるから。どうせこいつに脅されてるんだろ。私はこの宿の女将をやっているけど、従業員のやった事には責任持って始末をつけるから。アンタ、こんな子達を怖がらせるなんて、恥ずかしいと思わないのか?」

「だから俺は何も知らないって」


 違うって言っているのに。この番頭さんはどれだけ信用無いのだろう。そして女将さん、どうしてそんな人を番頭にしているの?


「本当に違うんです。私達は……」


 私は今までの経緯を女将さんに話した。

 塔に閉じ込められていた事、荒野に捨てられた事、仲間と離れ離れになってしまったことを全て。


「それじゃあアンタ達、あの荒野と森を抜けてきたの?荒野は方向が分かり難くて毎年遭難者が出てるし、森にはオオカミも出て危険なのに」


 そうだったのか。私とラプンツェルは顔を見合わせてぞっとする。

 そんなに危険な場所ならこうして町に着いたのは本当に奇跡と言っていいだろう。もしかしたらゴーテルさんは私達が死んでも構わないと思っていたのかもしれない。


「それにしても魔女に捨てられたなんて、災難なんてものじゃないね。おい番頭!」

「はいぃ」

「こんな子達が困っているんだ。助けてあげようって気にならないのかい。さっさとこいつらの部屋を用意するんだよ」

「え、でも……」

「つべこべ言うな!今すぐ用意しろ!」


 女将さんに蹴っ飛ばされながら、番頭さんは慌てて部屋を用意しに行く。けど、これで良いのかなあ。ラプンツェルも何だか気まずそうだ。


「あのー、頼んでおいてこう言うのもなんだけど、アタシ達無一文なんだけど、本当に良いの?」

「困った時はお互い様だって。それよりもその身なりだ。従業員用の服でよければ用意できるから、ちょっと奥まで来な」


 そう言って私達は宿の奥へと案内される。女将さんはとてもいい人で、無一文の私達を止めてくれたばかりか服まで貸してくれた。

 その後私達はお風呂に入り夕食を取り、疲れ切った体を癒していった。

 そうして夜。私達は二つ並んだベッドの上で横になった。


「まさに地獄に仏ね。ゴーテルみたいな酷い奴もいれば女将さんみたいな良い人もいるなんて。世の中まだまだ捨てたもんじゃないわ」

「そうですね。けど、これからどうしよう。そもそもこの町はどの辺にあるんだろう」


 本当ならもっと早くに調べるべき事だけど、助かったという喜びからすっかり失念してしまっていた。


「そうね。それも調べなきゃ…いけな…いね……」


 ラプンツェルはとても眠そう。


 無理もない。初めて塔から出たというのに、それから二日も歩きっぱなしだったんだ。かく言う私ももう限界。


「街がどこにあるかは…もう明日で…いいや……」


 意識が遠のいて行く。まあいいや、今はゆっくり休もう。

 クタクタになった体はもう動かすことができない。私達は二日ぶりとなるフカフカのベッドに身を委ねながら、深い眠りへと落ちて行った。






 女将さんのご厚意で泊めてもらった翌日、私達は地図を見ながら頭をひねっていた。

 私とラプンツェル、そして女将さんの三人が地図を見て眉間にシワ話寄せる。私達が今いるこの町の位置も、塔のある村の場所も分かったのだけど、問題はその二つの距離だった。


「まさかこんなにも離れているなんて。これでは帰ろうにも一カ月はかかってしまいます」


 私だってだてに旅をしてきたわけじゃない。地図を見れば目的地までどれくらいかかるか分かるようにはなってきた。だけどそれ故にこうまで離れていると、たどり着くのが容易でないという事が痛いほどに分かってしまう。

 私達がいるのは塔のあるラプンツェルの村のはるか西。最初に捨てられた荒野の北側にある町だった。


「どおりで塔の噂も魔女の噂も聞かないはずだよ。まさかこんなにも遠いなんてね」


 確かにこれは遠い。けど、だからといって行かないという選択肢は無い。


「私、行きます。たとえどれだけ掛かっても。きっとエミルだって私達の事を探しているだろうから」


 エミルが探しているなら、私だけじっとしているわけにはいかない。だけどそんな私の決意に水を差すように、ラプンツェルが言ってきた。


「行くって、アンタ今無一文でしょ。どうやって行くつもり?」

「それは……」


 そこを突かれると何も返せなくなる。更にラプンツェルは言葉を続ける。


「アタシ、塔から出たばかりで金銭感覚はあまりないけど、行くのに一カ月かかるってことはそれなりにお金も必要ってことでしょ。根性だけじゃどうにもならないんじゃないの?」

「それはそうかもしれないけど、エミルが待っているかもしれないんだよ」


 そうは言ったものの、ラプンツェルの言う事の方が正しいというのは分かっている。どうしようかと悩んでいると、女将さんが提案してきた。


「ようはお金が無いから旅立てないってことだよね。だったら二人とも、お金が貯まるまでうちで働いてみない」

「え、良いんですか?」

「アンタ等さえ良ければね。それに家で働いていれば、旅の人から情報が貰えるかもしれないでしょ。アンタの言っていたエミルって奴の事とかさ」


 確かにそうかも。だとすれば女将さんの提案は願っても無い事だ。けど、本当にそれで良いのだろうか。タダで泊めてもらったばかりか、急に二人も雇ってもらうだなんて、何だか申し訳ない。


「本当に良いのでしょうか。迷惑になりません?」

「いいのいいの。実はうち、今従業員の数が減って困ってるんだよね。だからあんた等が働いてくれるなら、正直助かるんだ」


 そういえば昨日から、女将さんと番頭さん以外の従業員を見かけなかった気がする。これでは確かに大変そうだ。


「人手不足が深刻なのよ。町の若い連中はもっと都会に行くって言って町を出て行くから、中々良い子を雇えなくてさ。おかげであの番頭をクビにすることもできないのよ」

「番頭さんは本当に何をやっているので?」

「それは聞かない方が良いと思う。聞いたらとてもうちで働くなんて言ってくれそうにないし」

「怖いよ!そんなの聞いたら詳細を知らなくても躊躇するよ!」


 ラプンツェルが声を上げる。正直私も働いて良いものかと考えてしまう。


「それじゃあやめておく?」

「……やります」

「アタシも。どうせほかに当てもないし。番頭さんには近づかないでおくけど」

「それが正解ね。それで、お給料なんだけど。悪いけどこればかりは特別扱いできないわ。助けてあげたいのはやまやまだけど、たぶん路銀を稼ぐまではだいぶかかると思うけど、いい?」


 女将さんは申し訳なさそうに言うけど、元々途方に暮れていたと所に救いの手を差し伸べてくれたのだ。これ以上何かを求めてはバチが当たってしまう。


「構いません。働かせていただけるだけで十分です」

「アタシも。けど、アタシ接客なんてやった事無いし。できるかなあ」


 荒野に放り出された時だって気丈だったラプンツェルが、珍しく心配そうな顔をする。私はそんなラプンツェルの手をそっと握った。


「きっと大丈夫だよ。塔にいた時だって、家事のやり方を教えたらすぐに上達したじゃない。今度もきっと出来るよ」

「そう言う事。そんなに難しい仕事じゃないから、安心していいよ」


 女将さんもラプンツェルン背中を押す。かくして私達はしばらくの間、この宿屋でお世話になる事が決まった。

 本当はやっぱりすぐにでも帰りたかったけど、ここで無理に急いでもどうにもならない。私はいつかエミルと再会できることを信じて、働いていくことを決意するのだった。

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