シンデレラとカエルにされた王子 2
太陽が沈み、月が昇り始めた頃。僕は重い足取りでラプンツェルの両親のいる家の前に立っていた。
本当は今日の昼間、ラプンツェルとシンデレラが作った料理を持って帰るはずだった。ラプンツェルの両親は勿論二人の作った料理なんて食べるのは初めてだから、昨日から楽しみにしていたっけ。それなのに、こんな事になるだなんて。
そっと自分の両手に目をやる。ぬるぬるとした緑色の皮膚に水かきのある手。もういい加減何が起きたかは理解しているのに、やはりどこかでこれが夢であってくれと望んでいる自分がいる。
だけどいくら現実逃避したところで状況は何も変わらない。シンデレラもラプンツェルも塔を追い出され、どこか遠い所へと連れて行かれた。そして僕は、カエルの姿に変えられてしまっている。
僕は自らの置かれた状況を知った後、長い時間湖のほとりで立ち尽くした。いっそそのまま動けずにいたのなら、そっちの方が楽だったのかもしれない。だけど、そういうわけにもいかない。
(辛いけど、まずはこの事をラプンツェルの両親に伝えないと)
長い思考の末、僕はようやくラプンツェルの両親の待つ家の戸を叩いた。コンコンと二回ノックをすると、間髪入れずに戸が開かれた。
「エミルさんですか?」
戸を開けたのは慌てた様子のご主人。おそらくなかなか僕が戻ってこないから心配していたのだろう。だけどそんなご主人は、僕の姿を見て固まってしまった。
「カ、カエル?巨大なカエル?」
驚くのも無理はない。何せいきなり人間くらいある大カエルが尋ねてきたのだ。目を見開いて、奇異なものを見るような視線をこちらに向ける。
その反応は思っていたよりもショックだったけど、それでも僕は自分が何者かを告げた。
「カエルではありません」
「いや、どう見てもカエルだが」
「違うんです。信じてはもらえないかもしれませんが、僕はエミルです。シンデレラと一緒に旅をしていた、エミルです」
「エミルさん?」
ご主人が驚きの声を上げる。すると騒ぎを聞きつけた奥さんもこっちにやってきた。
「そんなはずないわ。エミルさんは超絶イケメン王子よ。貴方とは似ても似つかないわ」
「超絶イケメンは置いといて、僕は本当にエミルなんです。この姿は、ゴーテルにやられました」
「ゴーテルに?」
二人はとても驚いていたけれど、僕がエミルだという事は何とか信じてもらう事が出来た。
リビングに通された僕は、僕が塔に通っていたことがゴーテルにバレた事。その報復として魔法でこんな姿に変えられてしまったことを二人に告げた。
「そんな事が……あの魔女め、どれだけ人を傷つければ気がすむんだ」
怨みも募っていたのだろう。ご主人はここにいないゴーテルに怒りを露わにしている。だけど問題は他にもある。言いにくいけど、シンデレラとラプンツェルがどうなったかもちゃんと話さないと。
「大変なのはこれからなんです。実はゴーテルが言うには、彼女はシンデレラとラプンツェルにも罰を与えたそうなんです。何でも、二人を西にある荒野に捨ててきたと言っていました」
「捨てた?うちの娘をですか?」
無言で頷く。言う事を聞かないのが嫌になったのなら、両親のもとに返してやればいいだろうに。そうしないのがゴーテルの酷い所だ。話を聞いたご主人も奥さんも血の気が引いたように顔色が悪い。
「あの子は、ラプンツェルは無事なんですか。私達の娘は!」
奥さんが叫んだけど何も答える事が出来ない。無事かどうかなんて僕が知りたいくらいだ。だからこそ、確かめに行かなければならない。
「僕はこれから、西にあるという荒野に行ってみます。そして、必ず二人を見つけて見せます」
「行くのですか?けど、荒野にいるというのはゴーテルが言ってただけですよね。嘘をついている可能性も」
「確かにそうかもしれません。ですが、他に手掛かりは無いんです。少しでも可能性があるなら、僕は探しに行きます」
そうだ、こんなところで終わらせるつもりは無い。僕はもう一度、シンデレラに会うんだ。
「待って下さい、それじゃあ私も一緒に……」
「いえ、貴方たちはここに残って下さい。もしかしたら、二人から連絡があるかもしれません」
「それはそうですが。しかし……」
「僕が定期的に手紙を出します。もし留守にしている時にシンデレラやラプンツェルが帰って来て、行き違いになってはいけません。辛いでしょうけど、お願いします」
二人に向かって頭を下げる。二人はしばし顔を見合わせていたけど、やがて奥さんが口を開いた。
「ですが、貴方は大丈夫なんですか。その……そんな恰好で旅なんて」
奥さんの言わんとしている事は分かる。こんな姿で外を出歩いたら間違いなく怪しまれるだろう。下手をすれば悪魔と間違われ、攻撃されてもおかしくない。だけど……
「楽な旅でない事は分かっています。ですが、このままというわけにはいきません。一刻も早く二人を見つけないと」
「でも、本当に大丈夫でしょうか。この辺りではカエルを食べる文化もあります。何せ今の貴方は大きなカエル。食用として狙われる可能性も」
「いえ、その心配は絶対に無いですから」
いくらカエルを食べる文化があるとはいえ、こんなにも大きなカエルを前にして食べようとは思わないだろう。僕だったら絶対に嫌だ。だけどこの時ふと考えてしまった。
(相手がシンデレラだったら、料理しようとする可能性はあるかもしれないな)
何せ彼女は常軌を逸した料理マニア。珍しい食材を前にした彼女がどんな行動をとるか。もしかしたら、もしかするかも。ちょっと想像してみよう。
『まあ、何て大きなカエルかしら。これだけあれば何人前のカエル料理が作れるかなあ?しっかりと下味をつけて衣をまぶして熱々の油に落とせば、美味しいカエルの唐揚げの出来上がりね』
なんてことを言いだすんじゃないだろうか?あり得る。シンデレラならあり得る。もしかしたら無事再会を果たしたとしても、その直後僕が無事ではなくなるかもしれない。
「エミルさん、何だか顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
食卓に並ぶ自分の姿を想像していたら心配されてしまった。どうやらカエルフェイスでも分かるくらいに顔色が悪かったらしい。
「大丈夫です。例え想像通りの事が起きても、シンデレラに食べられるのなら本望ですから」
「ダメだ、どうやら貴方はショックで心までやられてしまったようだ」
僕はいたって正常です。
その後ご主人や奥さんから、おかしくなった人は得てして自覚が無いだの、こんな僕を旅に行かせるのは心配だの言われたけど、何とか説得して旅に行く方向で話はまとまってきた。
「本当に行かれるのですね」
「はい。やっぱり二人が心配ですから」
「私は貴方も十分心配ですが……何か私達にできる事はありませんか?協力は惜しみませんよ」
そう言ってくれたので、僕は少し考える。元々旅をしていたわけだから、旅に必要な物は揃っている。だけど……
「よろしければ、フードとマントを貸していただけないでしょうか」
「分かりました。少し待っていて下さい」
程なくして奥さんはフードとマントを持って現れた。僕はそれを受け取り、身にまとう。
「どうでしょう、これなら僕がカエルの姿だと分からないんじゃないですか?」
全身を布で覆われ、顔も隠せるこの格好なら離れて居ればただの人間に見える。やはりカエルの姿で出歩くのはリスクが高いので、これくらいの対策は必要だろう。
「はい。これなら近づかない限り大丈夫そうです」
「それは良かった。それじゃあ、僕はもう行きますね」
そう言ってこの村に来る時に持ってきた荷物を手に取る。僕とシンデレラの二人分の荷物を一人で抱える事になるけど、何とかなるだろう。そうして出て行こうとしたけど、夫妻がそれを慌てて止めた。
「待って下さい。何もこんな時間に行かなくても。出発は明日にした方がいいのでは」
言いたい事は分かる。辺りはすっかり暗くなっているから、日が明けてから向かった方が安全だろう。だけどそれができないほど、僕は二人の事が気がかりだった。
「二人とも今どうしているか分からないんです。早く見つけないと、取り返しのつかないことになっていては遅いんです」
「それは…そうですが……」
自分でも冷静さを欠いているのは分かっている。ここで無理をして早く出ても、良い結果になるとは限らない。それでも。
「行かせてください。シンデレラもラプンツェルも、早く見つけてあげたいんです」
「……分かりました。ですが、決して無理はしないで下さい。これ以上貴方に何かあったら、それこそ大事です」
ようやくご主人が納得してくれた。すると奥さんは家の奥から何やら包みを持ってきた。
「これは少しですが、食糧が入っています。お腹がすいたら食べて下さい」
「ありがとうございます。すみません、こんなことまでしていただいて」
「これくらいさせて下さい。貴方にはシンデレラさんの料理の方が口に合うかもしれませんが」
そんなこと無いですよと答えながらも、少しだけシンデレラの料理が恋しくなった。
彼女には昨日会っているというのに、もうずいぶん昔の事のように思える。けど今は、思い出に浸っている時ではない。
「行ってきます。二人は必ず見つけてみせます」
そう言って僕は家を出て、暗い夜道を歩いて行く。
だけどこの時、考えが甘かったと言わざる負えない。今まで自分がどれだけ恵まれていて、今の自分がどれほど無力か。僕はそれを分かっていなかった。
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