シンデレラとカエルにされた王子 7
エミルがカエルの姿に変えられていた。この衝撃的な事実を知った後、私はしばらく立ち尽くしていた。
エミルもそれ以上何も語ってくれない。重たい空気が森の中を支配し、静寂が続いていた。
そんな止まっていた私達を動かしたのはラプンツェルだった。
「とりあえず、宿に戻らない?いつまでもここにいても仕方ないし」
その言葉でハッと我に返る。確かにここにいては、またオオカミが現れないとも限らない。私は座り込んでいたエミルにそっと手を差し出した。
「私達、今は町の宿でお世話になっているの。まずはそこに行った方が良いけど、立てる?」
「うん。ちょっと疲れてるけど、何とか」
そう言ってエミルは私の手を取る。瞬間、手にぬるっとした感触を覚えた。エミルの手は人間のそれではなく、湿っぽいカエルの手なのだ。
これが今のエミルなんだ。目の前のカエルがエミルだという事は理解したけど、当然記憶の中のエミルとは似ても似いつかない。
エミルはずっとこのままなのだろうか?言いようのないショックを受けていると、掴んでいた手がそっと離れる。
「ごめん、不用意に触れるべきじゃなかった。やっぱり気持ち悪いよね」
「え、そんなこと無いよ」
私は一体どんな顔をしていたのだろう。それを知る術はないけど、さっきの私の態度がエミルを傷つけてしまったという事は分かり、焦りだす。
例えカエルの姿であっても、エミルに触れられるのが嫌だなんて思わない。だけどエミルはそうは思っていないだろう。
口には出していないけど、悲しそうな目をしている。このままではいけない、私は今度は両手で、引っ込められたエミルの手を握った。
「シンデレラ?」
エミルは困惑しているようだけど、この手を放したりはしない。相変わらず湿っぽい感触はあるけど、そんな事は気にならない。だってこの手は、エミルの手なのだから。
そっと手に力を込めて、今度はそれを自分の頬へと持っていく。
「気持ち悪くなんてないよ。だって、姿は変わっていてもエミルなんだから。だから、自分の事を悪く言わないで。前みたいに、ちゃんと手を繋いでよ」
頬に手を当てたまま、切実な想いでエミルを見つめる。するとそれを見ていたラプンツェルも言ってきた。
「アタシもさ、最初は驚いたけど、今はアンタがエミルなんだって分かっているから平気だよ。だからアンタも、変に気負ったりしないでよね。でなきゃ、シンデレラだって笑えないじゃない」
「笑えないって、それってどういう……」
ラプンツェルの言っていることが良く分かっていないのか、エミルはまたも困惑する。
「アンタと会えなくなってから、この子相当寂しい思いをしてたんだよ。料理をしている時は少しは元気になってたけど、それでもたまに上の空になっててさ」
「ちょっと待って!」
落ち込んでいたエミルが声を上げる。
「上の空って、シンデレラが料理の途中に?そんなバカな?」
エミル、驚くところはそこなんだね。
普段の自分の行いを考えると無理もないような気もするけど、何だか複雑な気分だ。私だって料理の事だけじゃなく、エミルが無事かどうかも考えていたんだよ。
「いつかアンタに会えるって信じて頑張っていたのにさ、アンタがそんな調子じゃ、せっかく会えても嬉しくないって言ってるの」
ラプンツェルの言っている事はおおむね本当だ。信じられないと言った様子で「そうなの?」と尋ねてくるエミルに、頷いて肯定する。
ちょっと恥ずかしかったけれど、こんな時くらい素直になっても良いだろう。エミルはしばらく黙っていたけれど、やがて安心したように息をついた。
「そう…だったのか……良かった。嫌われたらどうしようかと思っていたよ」
「嫌うだなんて、そんなこと無いよ」
そう言ったけど、エミルは力が抜けたように小さく笑う。きっと私達には想像もつかないほど辛い想いをしてここまで来たのだろう。嫌われるかもしれないという疑心暗鬼に捕らわれるくらいに。
「私達は何があってもエミルの味方だから、一緒に行こう。エミルも疲れているみたいだし、今はちゃんと休まないと」
「そうだね。けどちょっと待って。向こうに荷物を置いたままなんだ。君の分の荷物も持ってきてるから、まずはそれを取りにいかないと」
私達はエミルの案内で荷物を回収した後、三人で町へと向かう。それにしても、こんなにも弱ったエミルを見るのは初めてだ。
(私が頑張って、エミルの力にならないと)
そう決意をしながら、私は歩を進めるのだった。
それから町に戻ってきた私達は人目を避けながら、何とか宿までたどり着いた。玄関の前に立ち、隣にいるエミルに目を向ける。
「ここが私達がお世話になっている宿よ」
「綺麗で良さそうな所だね。けどごめん、僕のせいで着くのに大分時間がかかってしまって」
「ううん、気にしなくて良いよ。そんなに大変じゃなかったし」
謝るエミルを慌ててフォローする。とは言え、大変じゃなかったというのは嘘だ。
カエルの姿を誰かに見られたら騒ぎになるという理由から、隠れてここまで来たけど、町には当然人も多く、バレずに移動するのは思っていた以上に大変だった。顔を隠すためにフードを被ってはいたものの、ふとした拍子に見えそうになる事も少なくなく、結構な時間がかかってしまった。
(エミルは今まで、こんな大変な思いをしながら私達を探していたんだね)
しかも、聞けば宿に泊まる事も出来ずにずっと野宿をしながら旅をしてきたのだという。
そんな大変な目に遭っていたのだから、森で倒れたのも当たり前だ。むしろ良くここまでたどり着いたものだと感心してしまう。
(きっと私には想像もできないくらい、辛い事が沢山あったんだろうな)
そう思うと胸が痛くなってくる。エミルが大変な目に遭っている時に、私は何をやっていただろうか。
仕事を貰って、屋根のある場所で寝泊まりをして。もしそれらをせずにエミルを探していたらもっと早くに会えていたかもしれないというのに。
いや、今はそんな過ぎたことを後悔しても仕方がない。まずは宿の中に入ってエミルを休ませてあげないと。玄関の扉に手をかけ、それを手前に引いた。
扉を潜ると、奥からおかみさんが姿を現す。
「二人とも、帰ったかい。あんまり遅いもんだから心配したよ。あれ、そっちの人はお客さんかい?」
女将さんがエミルに目を向ける。フードを被っているからまだ気づいていないようだけど、中身が出かける前に話していた巨大なカエルだと知ったらどう思うだろうか。
「そ、そうなんです。この人、町で宿を探していて。私達がここまで連れてきたんです」
ラプンツェルがそう言って誤魔化そうとしたけれど、エミルが一歩前に出て言った。
「ありがとう、気を使ってくれて。だけどこういう事は最初にちゃんと言っておかないと。後で騒ぎになるといけないからね」
「ちょっと。あんたまさか、正直に言うつもり?」
ラプンツェルは止めようとしたけれど、それより先にエミルはフードに手をかけてそれを外した。途端、隠れていたカエルの顔が露わになり、女将さんが目を丸くする。
「カエルっ?」
驚くのも無理はない。私達だって最初この顔を見た時は驚いたのだ。女将さんはエミルの顔をまじまじと見つめている。
「もしかして、さっき話していたカエルなの?なんでまたそんなのを連れてきたの?」
これはいけない。私はすぐさま女将さんの前に立って、深々と頭を下げた。
「お願いです、彼を泊めてあげてください。彼はもう一カ月も屋根のある場所で寝ていないんです。信じられないかもしれませんが、このカエルさんが前に言っていた私達の仲間なんです」
「仲間って、このカエルが?」
驚くのも無理はない。だけど熱意だけは伝わったようで、女将さんは優しい口調になる。
「何があったのかは知らないけど、とりあえず中に入ろう。ここじゃあ目立つよ」
そう言われて私達は、奥にある従業員用の部屋へと移動する。部屋の真ん中に置かれたテーブルの前にそれぞれが座り、私達はようやくこれまでの経緯を女将さんに話した。
「ええと、つまりそのカエルがアンタたちの仲間の『エミル』って奴だけど、ゴーテルって魔女に魔法をかけられてカエルの姿に変えられている。それで、アンタたちを探していてこの町に来たってことで良い?」
「はい、そんな感じです」
女将さんはまだ信じられないと言った様子でエミルを見る。一応理解はしてくれたようだけど、元のエミルの事を知らない分、私達と違って飲み込むのに時間がかかりそうだ。
「因みに、本来の姿はイケメンだから」
「イケメン?なのにこんな姿になる魔法をかけるなんて、勿体無いことする魔女もいるものね」
女将さんは変な所を突っ込んでいるけど、これは勿体無いどころの騒ぎではない。これでは日常生活にも支障をきたしてしまう。
「それで、アンタたちはこれからどうするの?一応探し人は見つかったわけだけど。疲れているみたいだし、今日うちに泊めるのは構わないけど……」
女将さんの言う通り、いったいこれからどうしたら良いのだろう。こうして再会も果たせたことだし、本来ならまた旅に戻るのが普通だ。だけどこれでは、とても旅なんてしている場合では無い。
私が何も言えずにいると、エミルの方から口を開いてきた。
「とりあえず二人を見つけられたことを、ラプンツェルの両親に手紙で伝えないと」
「アタシの両親に?まあそれも確かに大事だけど、それよりもまずはアンタの事でしょう」
たしかにラプンツェル両親のことも大事だけど、先にエミルの問題をどうにかしないと。だけど……
「その事だけど……シンデレラ、カエルの姿でいる以上、僕は君の傍にはいられない。君との旅は、ここで終わりにするよ」
「えっ……」
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