シンデレラとカエルにされた王子 8

『君の傍にはいられない』。エミルは確かにそう言った。


「何を言っているの?一人じゃ大変じゃない。どれだけ役に立つかは分からないけど、私はエミルと一緒にいたいよ」


 そう言ったけど、エミルは申し訳なさそうに頷く。


「君の気持ちは嬉しいよ。けど、それじゃあダメなんだ」

「どうして?一緒にいたら迷惑?それとも、私の事が嫌いになったの?」

「違うよ!」


 エミルは真っ直ぐに私を見つめてくる。カエルの顔をしていても、彼が冗談でこんな事を言っているのではないという事が痛いほどに伝わってくる。


「そんな訳ない、むしろその逆。君の事は大事に思ってる。だからこそ、僕が一緒にいる事で、君に迷惑を掛けたくはないんだ」

「迷惑だなんて、そんな事思って無いよ。さっき森でも言ったじゃない、どんな姿をしていてもエミルであることに変わりは無いって」

「うん。君にそう言ってもらえて、すごく嬉しかったよ。けど、現実はそう上手くはいかないよ。君が僕を受け入れてくれたとしても、僕に敵意を向ける人は必ず出てくる」

「その時はちゃんと説明すれば…」

「君は何もわかってない!」


 荒々しい声に、思わず身を震わせる。エミルは切なそうに目を細め、今度は静かな口調で語り始める。


「世の中は君達みたいに優しい人ばかりじゃない。旅をしている間、僕がどれだけの悪意と敵意を向けられたか分かる?説明すれば分かってくれるだなんて、そんなのはただの理想論だ」

「―――――ッ!」


 違うと否定できなかった自分が悔しい。私だって最初、カエルにされたエミルを見た時はビックリしたし、この姿のまま旅をしてきたエミルの心中を思うと、無責任なことは言えなかった。


「こんな僕が傍にいたら、きっと君まで奇異な目で見られてしまうだろう。そんなのは耐えられない。辛い想いをするのは、僕だけで十分だ」

「けど、それでも私は……」

「今まで一緒に旅をしていたのにこんな事になってゴメン。でも、僕は君の重荷にはなりたくないんだ」

「そんな……」


 有無を言わせないエミルの態度に、何て言ったら良いのかもわからない。まさかそこまで思い詰めていただなんて。

 ショックを受ける私に、エミルはさらに申し訳なさそうに頭を下げてくる。


「他にも謝らなくちゃならない事がある。君のお店を開く手伝いをさせてほしいって言ったけど……ゴメン、力になれそうにないや」

「えっ……?」

「こんな姿じゃ、誰も僕が王子だって信じてくれないだろうし。これじゃあ手伝いどころか、邪魔になるだけだ。力になるって約束したのに……」


 力なく、だけどはっきりと聞こえる声でエミルは語る。最後にもう一度「ゴメン」と謝罪の言葉を口にし、私はそんな彼を呆然と見つめていた。


「……どうして」


 気が付けば声が漏れていた。隣で話を聞いていたラプンツェルと女将さんが『王子』と言う言葉に首を傾げているけれど、それを気にするような余裕もない。


「本当に申し訳ないと思っている。君の力になりたかったのに……」


 そうじゃない。私が聞きたいのはそんな言葉じゃないのに。切ない気持ちで胸の中がいっぱいになり、想いが溢れ出した。


「どうしてそんなこと言うの!」


 気が付け大声を張り上げ、エミルの両肩を掴んで詰め寄っていた。彼は焦ったように私を見つめる。


「ゴメン、君の期待を裏切ってしまって。本当は今でも君の力になりたいと思ってるよ。君の料理は……」

「そうじゃないよ!」


 エミルの言っている事は的外れだ。私が言いたいのはそんなことでは無い。


「こんな時に何を言っているの!お店とか料理とか、どうでもいいよそんな事!」


 その瞬間エミルも、それからラプンツェルも信じられない物を見るような目で私のことを見る。

 今まで料理命だった私が、その料理の事を「そんな事」なんて言ったのだから無理もないかもしれない。だけど私が今エミルから聞きたいのは、本当にそんなことでは無いのだ。


「今一番辛いのはエミルなんだよ。こんな時くらい、気を使ったりしないで」

「だけど…」

「『だけど』も『でも』も無い!エミル、さっきから行っている事が私の事ばかりじゃない。少しは自分の事を考えてよ!」


 目頭が熱くなり、涙がにじみ出る。こんな時でさえ自分の事より私の事を考えてくれるエミルの優しさが、今はとても苦しい。


「辛いなら、ちゃんと辛いって言ってよ。もっと私を頼ってよ。私だって、エミルの力になりたいんだから」


 涙で濡れた顔を、エミルの胸に押し付ける。頼ってほしいと言っておきながら情けない姿だけど、私はありったけの想いを彼にぶつける。


「エミル……私の事を想ってくれるんだったら、ちゃんと話をしてよ。料理やお店なんかじゃない。私が今一番大事なのは、エミルなんだから……」


 曇った涙声だったけど、それでもきちんと思いを伝えた。

 少しの間沈黙が続いたけど、やがて頭に小さな感触を覚えた。顔を上げると、エミルがそっと頭を撫でてくれていたことが分かる。


「ごめん。君の気持ちも考えずに、勝手なことを言っていた」


 その声は申し訳なさそうで。だけどそんなエミルの目はどこか安心したようで。それを見ながら私も、だんだんと気持ちを落ち着かせる。


「ありがとう。もう色んなことを諦めていたけれど、君の言葉を聞いて目が覚めたよ」

「うん。諦めるなんて言わないで。魔法で姿を変えられたのなら、きっと解き方だってあるはずよ。私も頑張るから、一緒に元に戻る方法を探しましょう」


 涙をぬぐいながらそう言うと、エミルもゆっくりと頷く。すると隣にいたラプンツェルも言ってきた。


「勿論アタシだって手伝うよ。何なら村に帰って、ゴーテルをとっちめればいいんだよ。魔法をかけたアイツなら、解き方だって知っているでしょ」


 頼もしい事を言ってくれているけど、残念ながらそれは現実的ではない。


「協力してくれるのは嬉しいけど、ちょっと難しいかな。そもそも簡単に勝てる相手なら、こんな姿にされたりしてないからね」

「それもそうか。ねえ女将さん、この辺りの魔法の専門家っていない?」

「魔法の専門家?」


 話を振られた女将さんが困った顔をする。


「悪いけど、心当たりは無いね。そもそも、専門家って言ったら魔女だろ。魔女には性格の悪い奴が多いって話だから、もし見つけられたとしても協力してくれるかどうか」

「そっか。ゴーテルといい、本当魔女にはロクな奴がいないね」


 そう言ってラプンツェルはため息をつく。でもちょっと待って。協力してくれそうな魔女がいればいいんだよね。


「ねえエミル。私の荷物、持ってきてくれてたよね」

「うん。全部運んで来てある。確かあの中に……」


 どうやらエミルも同じ事を考えたようだ。私はすぐさまエミルの持ってきてくれていた自分のバッグを取り、中を探り始めた。


「急にどうしたの?」


 不思議そうに見るラプンツェルと女将さんをよそに、バッグの中から水晶玉を取り出す。旅に出る前に森の魔女が渡してくれた、どこでも森の魔女と話をすることができるあの水晶玉だ。


 これは私にしか使えないものだからエミルが持っていても意味は無かったけど、今は違う。


「これです。これを使えば魔女さんに話を聞けます」

「魔女って、ゴーテルの事じゃないよね。シンデレラ、他に魔女に知り合いなんていたの?」


 そういえばラプンツェルには話した事が無かったけど、私をお城の厨房に連れて行ってくれた、優しい森の魔がいるのだ。

 水晶玉をテーブルの上に置き、強く念じる。使うのは久しぶりだから、ちゃんと動くと良いけど。


(お願い魔女さん、エミルを助けて)


 私は祈るような思いで、水晶玉を見つめた。

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