シンデレラとカエルにされた王子 9

 焦る気持ちを静めながら、水晶玉に向かって語りかける。


「魔女さん、私の声が聞こえますか?」


 すると水晶玉の中に森の魔女の姿が映し出された。

 良かった。どうやらちゃんと繋がったみたいだ。この水晶玉を初めてみるラプンツェルや女将さんは、後ろから珍しそうに様子を伺っている。


「うわっ、何か出てきた。本当にこれで話せるんだね」

「こんなに便利な物があるなら、もっと普及しても良いのにね。そのうちメールやネットができる機種も出てきそう」


 そうなれば確かに便利だろうけど、今はそんな話をしている場合じゃない。水晶の中の魔女さんがこっちを見ながら語りかけてくる。


「シンデレラかい?随分と久しぶりじゃないか。全然連絡をよこさないから心配して……いや、心配と言うのは言葉のあやで、ワシは別にアンタの事なんてどうでも良いんだけど……」

「今はそんなツンデレ発言をしている場合じゃないんです!」


 魔女さんには悪いけど、本当にそれどころでは無いのだ。魔女さんは驚いた様子でこちらに目を向ける。


「随分と慌てているようだけど、何かあったのかい?料理が出来なくなってしまったとか」

「そうじゃないんです。実は……」


 私はエミルを手招きして水晶玉の前に立たせた。エミルは今までと変わらない丁寧な様子で魔女さんに挨拶をする。


「どうもお久しぶりです」

「誰だいアンタは?ワシはカエルに知り合いなんていないよ」


 やっぱりこの姿では分かってくれないか。少し落胆しつつも、そのまま水晶玉に向かって語りかける。


「信じられないかもしれませんが、実はこの人はエミルなんです。悪い魔女に魔法をかけられて、こんな姿にされてしまったんです」

「エミル…何と、これがあの王子かい?何てこったい。町を歩けばファンが押し寄せてくるようなやつだったのに、いったいどうしてこんな姿にされたんだい?」


 驚きの声をあげる魔女さん。説明しようとしたけれど、その前にラプンツェルが尋ねてきた。


「ねえ、さっきから気になっていたんだけど、王子ってどういう事なの?」


 不思議そうに首を傾げるラプンツェル。水晶玉の中の魔女さんは見慣れないラプンツェルを見て「誰だいその子は?」と聞いてくる。これはもう双方に全てを話した方が良さそうだ。私とエミルはラプンツェルと、それから女将さんにもエミルの素性を。魔女さんには私が塔に連れて行かれた辺りからの経緯を全て話した。


「マジ?それじゃあエミルはガラスの国の第三王子なの?」

「王子って、本物の王子様?ハンカチ王子とか、漫画で言う学園の王子様とかじゃないよね」


 やはり二人とも相当驚いている。その様子を見てエミルも苦笑いを浮かべる。


「ごめん、今まで黙っていて。でもあまり気にしないで。僕は僕なんだから」


 開いた口がふさがらない二人にエミルは優しく言う。すると女将さんは慌てたようにエミルの手を取り言ってきた。


「カエルさん……いえ、エミル殿下、私は一目見た時から分かっていましたよ。溢れ出す貴方様の気品を……」

「だから、そう分かり易く立てるのをやめて下さい。今は忍びの旅をしているんですから。だいたい、こんな姿じゃ誰も王子だと認めてくれませんって」

「あ、それもそうですね」


 まあ態度が急変した女将さんの気持ちも分からないでは無い。私だって最初エミルが王子様だと知った時は態度を改めようとしたのだから。


「だけど、それって大問題じゃないの?ゴーテルだって相手が王子様だって知ったら事の重大さに気付いて元に戻してくれたりしない?」


 そう言ったのはラプンツェル。こちらは驚きはしていたけど、態度を変えるつもりはないらしい。

 だけど、彼女の言っている事は一理あるかもしれない。ゴーテルさんにエミルの素性を教える事が出来ればあるいは。だけど、水晶玉の中の魔女さんは首を横に振る。


「残念だけど、そいつは望めないね。塔の魔女ゴーテルか、つくづく面倒な奴に関わったもんだね。アンタ、ラプンツェルとか言ったね。何十年も一緒にいたらわかるだろう。アイツにはそんな正論は一切通用しないって」

「そうだった。ゴーテルはものすごく捻くれた奴だったんだ。けど魔女の婆ちゃん、ゴーテルの事をよく知ってるね」

「アイツとは腐れ縁でね。まったく、厄介な奴だよ」


 魔女さんとゴーテルさんがどんな関係なのかは知らないけど、この分だとゴーテルさんに頼んで戻してもらうのは難しそうだ。となると。


「魔女さんお願いです。貴女の魔法でエミルを元に戻してやってくれませんか」


 水晶玉に向かって頭を下げながら懇願する。


「私にできる事ならお菓子の家でも懐石料理のお城でも何でも作ります。一生貴女に使えて料理を作り続けてもかまいません。ですからどうか、エミルを元に戻して下さい!」

「シンデレラ、いくらなんでもそれでは君が……」


 エミルが焦ったような声を出したけど、私はそれで構わなかった。エミルさえ元の姿に戻ってくれるなら何だってやってみせる。だけど、帰ってきた答えは無情だった。


「残念だけど、王子にかけられた呪いは強力だ。ワシにできる事は何もないね」


 とたんに水をかけられたように頭の中が冷たくなる。それじゃあ、エミルはずっとこのままなの?


「そんな……」

「ただし!」


 消沈する私を、魔女さんが勢いよく指差した。


「ワシにはその呪いは解けない。これはどうしようも無い事なんだよ。けど、アンタになら解くことができるかもしれない」

「私が、エミルにかけられた呪いを?」


 そんな、だって魔女さんにだって解けないような強い呪いなんでしょ。私なんかがどうにかできるとは思えない。


「ちょっと、まさか元に戻るための薬草を取ってこいなんて言って、シンデレラを危険な場所に行かせるとかじゃないでしょうね!」

「もしそうなら行かせるわけにはいかない。君を危険にさらすくらいなら、一生この姿でいた方がマシだよ」


 ラプンツェルが声を上げ、エミルも驚いたように言う。だけど魔女さんはそんな二人を見て呆れたように溜息をつく。


「何を勘違いしているんだい。ワシはそんな危ない事を言ったりしないよ」

「そうなの?ごめん、魔女って言うと無茶なことばかり言うイメージがあったからさ」

「魔女を全部ゴーテルと同じと思うんじゃないよ。そんな事を言っていると今に魔女協会から名誉棄損で訴えられるよ」

「ごめん婆ちゃん。いくらなんでもにゴーテルと一纏めにするのは良くなかったよね」


 平謝りするラプンツェル。エミルも申し訳なさそうに頭を下げている。だからそんな事をしている場合じゃないんだって。


「それで、私はいったい何をすれば良いんですか?私なら元に戻せるって言いましたけど、私は魔法なんて使えませんよ」

「大丈夫、何もそう難しい事じゃないさ。だけどワシは、これが出来るとしたらアンタしかいないと思ってる。その方が王子も喜ぶだろうしね」

「喜ぶ?」


 私もエミルもそろって首を傾げる。すると魔女さんはにやりと笑った後こう言った。


「簡単な事だよ。王子の呪いを解く方法、それはキスだ」


「「「「キス?」」」」


 私もエミルも、ラプンツェルや女将さんもそろって声を上げた。そんな私達の様子を見て、魔女さんは可笑しそうに笑う。


「な、難しくないだろう。こういった強い呪いを解く方法に必要なのは高度な魔法じゃない。純粋な想いの力なんだよ。愛する者の想いのこもったキス、それこそが王子を元に戻す唯一の方法だ」


 魔女さんの言っている事が一瞬飲み込めなかった。だって、キスって……


「ちょっと待った、それは認められないよ!」


 エミルが大きな声を出す。するとラプンツェルがそれを一睨みする。


「何よ、シンデレラじゃ不満だって言うの?」

「そうじゃないよ。そりゃあ嫌なわけはないけど、なんだか呪いにかこつけて彼女を犠牲にしているみたいな罪悪感があって」


 エミルがブツブツと言っていると女将さんも口を開く。


「けど、そうしないと元に戻れないんでしょう。だったらさっさと済ませたらいいんじゃないですか。役得ですよ、ラッキーですよ」

「役得と言われてはいそうですかとOKするなら、僕はどれだけ最低なやつなんですか。だいたい、今の僕はカエルですよ。シンデレラだって……」


 エミルが横目で私の様子を伺ってくる。そしてそのまま心配そうに聞いてきた。


「シンデレラ、嫌なら嫌ってちゃんと言ってね。キスなんて全然簡単じゃないし、断っても誰も文句なんて言わないから」


 エミルはそう言っているけど、私には分かる。言葉とは裏腹に、彼はとても不安がっていて、本当は断ってほしくないんだって事が。

 だけど、心配しないで。さっき言ったエミルの力になりたいっていう気持ちは、今も変わりは無いから。


「私、やります。ううん、ぜひやらせて」

「シンデレラ、本気なの?嫌なら無理をしなくて良いんだよ」

「嫌なわけないよ。むしろ嬉しいの。私がエミルの力になれる事が」


 そう言ってそっとエミルの手を握る。


「私、エミルが元に戻る為なら何でもやるって言ったけど、それは義務感や責任感から言ったことじゃないよ。私はエミルが好きだから力になりたいの。キスの事だって、嫌だなんてとんでもない。それともエミルは、私じゃ嫌?」

「嫌なはずないよ!」


 声をあげるエミルを見て、正直ホッとした。ここで嫌だなんて言われたらショックだった。思わずホッとして顔が綻ぶ。


「良かった」


 この時私は安心しすぎて、よほどしまりのない顔になっていたようだ。急にエミルが顔をそむけて何かをつぶやいた。


「このタイミングでその笑顔は反則でしょ」

「反則?何が?」


 エミルの言っている事の意味はよく分からなかったけど、とりあえずキスの件は承諾してくれたと言う事で良いよね。


「エミルの了承も取れたことだし、いよいよやるんだね。って、女将さん。何カメラなんて用意してるんですか?」

「いや、だってこんなのめったに見られるもんじゃないでしょ。記念に撮っておこうかと」

「こう言う時は席を外すべきでしょう!コラ、婆ちゃんも水晶玉ごしに動画を取ろうとしない!」

「 良いじゃないか。カエルの呪いが解ける所をYoutubeにアップしたら話題になるよ」

「それでも駄目!」


 ラプンツェルと女将さん、それから魔女さんは何やらモメているようだ。するとエミルがもう一度聞いてきた。


「シンデレラ、本当に構わないんだね」


 不安交じりの声だったけど、私の答えはとうに決まっている。これ以上エミルが心配しないよう、満面の笑みを作ってそれに答えた。


「まかせてエミル。私、頑張るから。すぐに準備をするから待っててね」

「ありがとう……って」


 ここでエミルは首をかしげた。


「準備って、なんの?」

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