シンデレラと笛吹き男 4
私達がハーメルンの街について二日目のお昼。私達は町長さんの家に招かれていた。今朝エミルが町長さんに繋ぎを取ったところ、詳しく話を聞きたいと言ってくれたのだ。
「エミル殿下、本日ははるばるこのような所まで、ご苦労様です」
玄関で出迎えてくれた町長さんが頭を下げる。その様子を見て、私はエミルに尋ねる。
「ねえ、町長さんにはエミルが王子ってこと話しちゃったの?」
「うん。さすがにただの旅人じゃあ話を聞いてくれないって思ってね。大丈夫、他の人には言わないよう口止めしてるよ」
そう言ってエミルは口元に指を立てる。家のリビングに通されると、そこにはすでに何人かの人がテーブルについていた。
「殿下、彼らはあなたが殿下だという事は伝えておりませんので、ご無礼があったらすみません」
「構いません。貴方も彼らの前では俺をただの旅人、エミルとして扱って下さい」
町長さんとエミルが小声で話していると、座っていた一人の男性が聞いてきた。
「町長、ネズミが駆除できるかもしれないって聞いたから来た集まったけど、そいつらは何だ?」
皆が一斉に私達を見る。するとエミルは臆すことなく自己紹介をする。
「僕はエミルと言います。ごらんの通りの旅人です。そしてこちらが」
「シンデレラと申します」
私はぺこりと頭を下げる。すると男は胡散臭そうに私達を見る。
「こんな旅の奴らがネズミをどうにかできるとは思えないな。上手い事言って金を盗ろうって魂胆じゃないだろうな」
「ちょっ、お前なんてことを」
町長さんは慌てた声を出す。王子様相手にこんなことを言ったのだからそりゃあ慌てもするだろう。文句を言った男性も真実を知ったらきっと腰を抜かすだろう。
「すみません。コイツが失礼なことを言って」
「構いませんよ。突然こんな話をしても信じ難いでしょうし。申し訳ありませんが、話だけでも聞いていただけないでしょうか」
そう言うと、話を聞いていた人達が黙り込む。私達の事を信用できなくても、みんなネズミには困っているのだから無視はできないのだろう。
するとエミルは私の背中に手をやり、前へ通した。
「詳しい事は彼女が説明します。これからする話の発案者は彼女ですから」
みんなの前に立った私は、少し緊張審ながら話し始めた。
「この街はネズミの被害にあっていると聞きました。沢山の食糧を食い荒らされているって。そこで考えたのですが、ホウ酸団子を作ってはどうでしょうか」
そう言うと、話を聞いていたエミル以外の全ての人がキョトンとした顔をした。
「ホウ酸団子?何だそれは」
思った通り、誰もホウ酸団子の存在を知らないようだ。東の国では割と知られた物らしいけど、この辺りでは知らないのが普通だろう。
「ホウ酸団子と言うのは、食べたネズミに食べさせるお団子の事です。あ、お団子と言うのは東の国に伝わる食べ物のことです」
途端に話を聞いていた一人が怪訝な顔をする。
「食べ物?あんた何言ってるんだ。ただでさえネズミのせいで食糧難なのに、そのネズミに食べ物を与える気か」
「いえ、食べ物と言ってもこのホウ酸団子と言うのは強い毒性を持つものなんです。食い意地の張ったネズミをおびき寄せて、食べたネズミは死んでしまうというものです」
「毒?何だか物騒だな。そいつは私達には危険が無いのかい?」
「はい。扱いにさえ気をつければ。勿論作る時以外でも人間が間違って食べたりしないよう注意は必要ですが」
かく言う私もホウ酸団子は作ったことは無いのだけど。それでも材料さえそろえば作れる自信はある。
「そのホウ酸団子と言うのはどうやって作るんだ?」
「ホウ酸や小麦粉を練り合わせて作るのです。ネズミをおびき寄せるために、砂糖や牛乳を加えても良いかもしれません」
するととたんに街の人達が嫌な顔をする。
「ちょっと待て。それじゃあやっぱり小麦粉や砂糖は使うんだな。アイディアとしては良いかもしれないけど、それはちょっとなあ」
確かにここに来てネズミのために貴重な食料を消費するというのは二の足を踏んでしまうだろう。だから私はあくまで提案するだけだ。
「皆さんのおっしゃる通り、大事な食料は使いたくないという気持ちは私もわかります。それに、ホウ酸団子を作ることでどれくらい効果があるかは私にもわかりません。ですから、判断は皆さんにお任せします」
そう言うと街の人達は難しい顔をした。
「俺は反対だな。効果のほどがはっきりしないなら、下手をすれば食料を無駄にするだけだ」
「けどこのままだと、放っておいても食糧はネズミにやられちまうぞ」
「それならやれることは全部やってみた方が良いんじゃないか」
「だからってハイそうですかと話を飲むというのも。だいたい……」
一人の男性が私を見た。
「アンタ、そのホウ酸団子とやらの作り方をいくらで教えるつもりだ?効果がわからない不確かなものに大金は払えんぞ」
男性の言葉を聞いて、今度は私がキョトンとした。
「いえ、お金を取るつもりはありませんけど」
「はぁ?」
とたんに怪訝な声を出す。お金を取らないというのがそんなにおかしいのだろうか?すると、エミルがそっと耳打ちしてきた。
「大抵成果には見返りを求めるからね。君みたいに無償で誰かの為に動くっていうのを不審がっているんだよ。タダより高い物は無いっていうしね」
そういう事ですか。ちょっと悲しいけど、不審がられるのも仕方がないかも。
「金が要らないっていうなら、何が目的だ?善意だけで話をしに来たわけじゃ無いだろ」
私は本当に見返りなんて求めていないのだけど。けど、善意だけじゃないというのも間違っていない。ここはひとつその事について話しておこう。
「心配なさらなくても、報酬は何もいりません。ただ、私は料理人としてこの事態を放っておけなかったんです」
「料理人?アンタがか?」
「はい。まだ修行中の身ですけど」
それでも料理を愛する心だけは誰にも負けないつもりだ。だから。
「立ち寄っただけの私が言う事ではないのですが、ネズミの被害は目に余ります。食糧が食い荒らされて物の値段が上がる。その結果好きな料理も食べれずに、作ることもできない。これは料理人にとって地獄です!」
バンと両手でテーブルを叩いた。話を聞いていた人たちは勢いに圧倒される。
「ふっくらとしたパン、肉汁の滴るお肉、甘い香りのスイーツ。作ってみたい料理があるのに、それを作ることもままならない。生活を切り詰めて作る料理だと似たような品を繰り返すだけ。これでは作る方も食べる方も楽しくなくなってしまいます。一口のパンが食べれるだけでも幸せと言いますが、そこで満足していては料理の道は停滞してしまいます。贅沢でなくとも創意工夫をして、さらなる味を追求するのが料理人の務め。ですが今の状況だとそれすらできるかどうか怪しいです。新しいレシピを考えても、どれだけ料理の勉強をしてもそれを作ることができない。そんな地獄のような状況を、私は改善したいだけです!」
私は昔から継母や義姉さんの食事を作って来たけれど、ある時街で食糧難が起こり、一時的に食べるものに困った時期があった。
食事は質も大事だけどそれ以上に量を優先させる義姉さんはまだ安かったレタスとパンを大量に買い込み、何と一週間それだけで過ごすと言い出した。
私は栄養が偏ると言ったのだけど、とにかく量を取らないと餓死してしまうと言い張った義姉さんに押され、泣く泣く承諾することとなった。付き合わされた私もレタスとパンだけを食べたけど、辛かったのはろくに料理ができないという事だった。
いくらなんでもそれだけの材料では創意工夫のしようもなく、体よりも先に心が栄養失調になってしまって、暗い一週間を過ごしたものだ。
幸い食糧難はすぐに改善され、以前のように料理を作らせてもらったからよかったけれど、この街のこんな有様を見たら、ついその時の事を思い出してしまう。
「料理を作りたくても作れなくて、気を紛らわすために新しいレシピを考えてみても作れないから味の確かめようがなくて、不満だけがたまって行って、そんな状態で食べるゴハンは全然美味しく無くて、そのうちお腹がすいているにも関わらず食欲がなくなってだんだん何にも食べなくなって、それでも心の奥ではやっぱり料理を作る事を求めていて、気が付いたらまた料理の事を考えていて、また作ってみたいと思うけどやっぱりそれは叶わなくて、せめて誰かと料理の話をしようにそんな状況じゃ楽しく話すこともできなくて、一人になっても考えてしまうのは料理の事ばかりで、作りたくて作りたくてそれでも作れなくて辛くて苦しくて悲しくて、気が付けば手が勝手に包丁を使う時やお鍋を混ぜる時の動きをしてしまうという禁断症状が現れるようになって……」
「シンデレラ、もういいから!」
エミルの声でハッと我に返る。あれ、私今何て言ってたっけ。
「君がこの街の事を自分の事のように心配しているという気持ちは皆よ~~~く分かったから、だから少し落ち着いて。皆ドン引いちゃってるよ」
見ると街の人達は怖いものでも見るような目で私の事を見ている。私は料理の事になるとブレーキが利かなくなるから、注意した方が良いかな?
そんな事を考えていると、一人が恐る恐る言った。
「じょ、嬢ちゃんの気持ちは怖いくらいに分かった。どうだ皆、ここはひとつ嬢ちゃんの言うホウ酸団子とやらを作ってみないか?」
すると他の人達からも同意の声が上がる。
「まあ、そこまで言うなら」
「俺もコックだから嬢ちゃんの気持ちもほんの少しは分かるし、信じられると思う」
やがて街の人達を代表して、町長さんは言った。
「エミルさん、シンデレラさん。どうか私達にホウ酸団子とやらの作り方を教えてくださいませんか」
「勿論です。まず材料はですね……」
私は早速ホウ酸団子の作り方を教え始めた。
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