シンデレラと笛吹き男 3

 私達が旅に出てから数日が経った。

 時には立ち寄った町に滞在して料理の研究をし、エミルはエミルで町の様子を視察しながらゆっくりと旅を進めて行く私達。

 今日は朝から街道を歩き、昼過ぎには次の街に着く手はずになっている。

 次の街は旅に出て早々にネズミの被害に困っているという噂を聞いたハーメルンの街。私達は道中、その事を教えてくれた笛吹きさんの話をしていた。


「あの笛吹きさんはもうハーメルンの街へ行ったのかな」

「さあ、どうだろう。少なくともネズミの駆除はまだやってないと思う」

「どうしてそう思うの?」

「さっきの街でもハーメルンの噂を聞いたからだよ。そしたらネズミ被害の話は聞くけど、笛吹きの話は全く聞かない。もし例の演奏をしたのなら噂になってるはずだよ」


 なるほど。けれどそれならどうして笛吹きさんはまだ演奏をしていないのだろうか。ゆっくり旅を進めている私達と違って、もうとっくにハーメルンについていても良いはずなのに。


「彼が何を考えているのかは分からない。嫌な予想だけど、もしかしたらネズミの被害がもっと増えて、町の人達が追い詰められた時に演奏をするつもりなのかも。その方が大金をせしめやすいし」


 そんな。いくらなんでもそこまで悪い人には見えなかった。ショックを受ける私を見て、エミルは慌ててつけたした。


「もちろんこれはただの想像だから。もしかしたら風邪でもひいて動けずにいるのかも。ゴメンね、立場上物事を疑ってかからなきゃいけない事も多いから、ついこんな風に考えちゃうんだ」


 そうだったのか、王子というのも大変だ。


「でも、その割には最初私と会った時、ちっとも疑ってなかったよね。一応侵入者じゃないかっては聞かれたけど、本気じゃなかったみたいだし」

「それは君がちっとも悪い人に見えなかったからだよ。これでも人を見る目はあるつもりだよ」


 エミルの目には、私はそういう風に映っていたのか。もっともあの時は実際不法侵入をしていたのだけどね。


「それにしても、あの時はまさかエミルが王子様だなんて思わなかったな。そんなエミルとこうして旅をしてるんだなんて。世の中何が起きるか分からないや」

「それには同感。けど、旅が出来るのは嬉しいな。お城の中ではできない経験も出来るし、何より君がいるから」


 エミルはそう言って微笑みかける。そうだよね、ずっとお城の中にいたんじゃ退屈もするよね。


「そう言えばこの状況、前に読んだ本の内容と似てるかも」

「へえ、どんな本?」

「遠い東の国。ほら、カボチャの煮付け発祥の国の書物ね。その国の事に興味がわいたから料理の勉強の合間に読んでみたんだけど、その国の偉い人が身分を隠して、国中を旅して悪い人達を懲らしめるって話があるの」

「なるほど。ちょっと似ているかもしれないね」

「それではよく食いしん坊のお供の人が、街道の途中にある茶店でお団子を食べていたっけ」


 ちょっとうっかりした所があるけど、愛嬌のあるキャラクターだ。彼は時々行く先々の美味しい物を紹介していたから、そういうところも気に入っている。


「シンデレラ、その『お団子』って何?」


 エミルが不思議そうに聞いてきた。

 しまった。私は本で読んだし作ったこともあるから知っているけど、この辺りではほとんど知られていないマイナーな物だった。


「えっと、お団子というのは片栗粉を水で溶いて一口大に丸めたものなの。タレを塗ったり餡子を付けたりして色んなバリエーションがあるお菓子だよ」

「そんな物があるんだ。シンデレラは物知りだね」

「そりゃあ、料理に関しては」


 そんな話をしながら街道を進み、やがて今日の目的地、ハーメルンの街に着いた。


「ここがハーメルンか。大きな街だね」


 立派な石畳の道の両脇には、大小さまざまな家が立ち並ぶ。街を流れる大きな川の上にはこれまた立派な石造りの橋が架かっていて、そんな美しい街並みについ見入ってしまう。

 私達はそうした街並みを堪能しながら、一軒の宿に立ち寄った。


「すみません、二部屋お願いします」


 私は番頭さんにそう言った。最初の一件以来よほどの事が無い限りは部屋は必ず二部屋とるよう、エミルからきつく言われている。

 繁盛期と言うわけではないため部屋は空いていたけど、私は提示された金額を見て驚いた。


「あの、金額これで合ってますか?もう少し安い部屋が良いのですが」


 それは昨日まで私達が泊まっていたような宿よりも二割ほど高かった。宿のクオリティはさほど変わらなさそうなのに、この差はいったい。

 すると番頭さんは申し訳なさそうに言ってきた。


「すまないね。うちだけでなく、今は街中の宿屋がこんなもんなんだ」

「街中ですか?」

「ああ。宿だけじゃない。今はこのハーメルンの街の全ての物の値段が上がってしまっているんだよ」


 どうしてそんなことに。するとエミルがそれに答えるように言った。


「それって、ネズミの被害のせいですか?」

「ああそうさ。ネズミが食料を食い荒らす。そしたら食べ物の値段が上がる。食べ物は生活に必ず必要なものだから高くても買わなければならない。なら買うお金をどうやって稼ぐか、売るものの値段を上げるって訳さ」


 なるほど、よくわかった。けれど、そんなになるほどにネズミの被害は深刻なのか。だというのに、あの笛吹きさんはどうしているのだろう。


「あの、最近この街に派手な服を着た笛吹きさんは来ませんでしたか?」


 私はそう尋ねてみたけど、番頭さんは首を横に振った。


「いいや、そんな話は聞いたことないよ。派手な服を着た笛吹きって、大道芸人かい?」


 どうやらまだ来ていないらしい。あんな派手な格好をしているのだから目立つだろうから間違いないだろう。


「それで、二人はどうする。うちに泊まるかい?」


 そう尋ねられて、エミルと顔を見合わせる。


「どうする?」

「他も同じような値段なら仕方ない。泊まるしかないね」


 財布には優しくなかったけど、結局二部屋とることにする。

 私は部屋に自分の荷物を置いた後、エミルの部屋に行った。部屋の戸をノックすると、エミルの声が返ってくる。


「誰?」

「私、シンデレラ。入って良い?」

「うん。ちょっと待って」


 戸が開き、エミルが顔をのぞかせる。部屋に通された私は、ちょこんと椅子に腰かけた。


「ねえ、エミルはこの街の事をどう思う?」

「どうって言うのは、ネズミの事だよね」


 エミルの言葉に私は頷く。煌びやかで美しい街だけど、事態は思っていたより深刻のようだ。


「まさかここまで酷いありさまとはね。近くの街から食糧配給を行えば少しは楽になるかもしれないけど」

「でも、それもネズミにやられちゃったらお終いだよね」

「そうだね。やっぱりネズミを駆除しないと根本的な解決にはならないだろうね。あの笛吹きは何をやってるんだ。ここまで酷いならお金は国が払うから早く駆除してほしいよ」


 確かに彼の演奏なら何とかすることができるかもしれない。だけど実際には彼は来ていない。こんな事なら連絡先でも聞いておけばよかった。そしたら頼んで来てもらうこともできたのに。だけど現実問題あの笛吹きはいない。


「とりあえず、僕はこの街の状況を踏みに書いてお城に伝えるよ。兄さん達ならきっと上手くやってくれるだろう」


 兄さんと言うのは次期国王と言われている第一王子様と第二王子様の事だ。エミルの言う通り、今はそうする他に方法が無さそうだ。


「けどこの街では、とても料理修業はできないだろうね」

「そうね。こんな状況じゃ人に教えてる場合じゃないだろうし」


 エミルが連絡を済ませたらすぐに次の街に旅立った方が良いだろう。

 それにしてもやはり残念だ。街並みも綺麗だし、ネズミさえいなければ少し観光してもいいかなと思っていたけどたのに。上手い具合にネズミを駆除できれば良いのだけど。


「あれ、そう言えば」


 ふと昔本で読んだことを思い出す。それは昼間エミルと話していた東の国の書物の一つ。確かその本に、ネズミが出て困っている時の対処法が載っていたような……


「ああぁ―――ッ!」


 思わず声を上げた。


「どうしたの、何かあった?」


 驚いたエミルが聞いてきた。だけどそれには答えず、私はさっき頭の中に浮かんだモノを思い返した。


「確かレシピは……これなら作れるかな……安全性に気をつければいけるかも……」


 ブツブツと繰り返す私を、エミルが心配そうな目で見る。


「本当にどうしたの。もしかして、旅に疲れて熱でも出ちゃった?」

「違うわよ。もしかしたらこの街からネズミを駆除できるかもしれないの」

「ネズミを駆除?それって本当?」

「うん。まだ上手くいくかどうかは分からないんだけど」


 私はさっき浮かんだ考えをエミルに話した。


「そんな方法が?」

「本当にやってみないと分からないけどね。でもこれは、街の人たちの協力がいるわね」

「だったら、僕が明日町長さんにでも掛け合ってみるよ」

「本当?」


 そう言うと、エミルが優しい顔になる。


「この街の問題は放っておけないからね。それに、君は食料がネズミに食い荒らされるという事が許せないみたいだし。さっきから不機嫌そうな顔をしてるよ」


 え、私そんな顔してたの。慌てて横を向き、エミルに顔を見られないようにする。


「どうしたの、急にそっぽ向いたりして」

「だって……」


 私だって誰かに不機嫌な顔なんて見られたくない。するとそれを察したようにエミルは言った。


「大丈夫。君はどんな表情をしていても可愛いから。今だって十分素敵だよ」


 楽しそうにそう言うエミルに、私はますます顔を見せられなくなってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る