シンデレラと笛吹き男 5

 美しい町並みと、川が美しいことで知られているハーメルンの街。そんな噂を聞いてハーメルンを訪れた人達は、街の様子を見て皆一堂に首をかしげている。


「あのう、街のいたるところで見かける白くて丸い小さなものは何ですか?」


 一人の旅人が街の人にそう尋ねた。


「ああ、あれはホウ酸団子と言って、ネズミを駆除するためのものだよ。この街はネズミに食糧を食い荒らされて困っていたけど、アレを置いてからだんだんと被害が減ってきているんだよ」

「あんなものでネズミが減るのか?」


 旅人は首をかしげる。私達がホウ酸団子の作り方を街の人に教えてから、二週間が過ぎていた。

 町長さんの家で作り方を教えた後、急いで材料をそろえて街の人達と一緒にホウ酸団子を作った。そしてそれらをネズミの出そうな場所に置いたところ、徐々にネズミの数が減ってきたのだ。

 さらにエミルがお城にハーメルンの街の現状を伝える文を送ったことで、食糧の配給が始まり、暮らしは少し改善をされ始めた。


「ホウ酸団子のおかげでネズミが減ってきて良かったよ」

「ああ。最初は毒と聞いていたから大丈夫かと心配したけど、作る時に気をつければ危なくないしな。食糧の配給も始まったし、これで何とかやっていけそうだ」


 街の人々は口をそろえてホウ酸団子を讃えている。今まで切迫した生活を送っていた分、これからは暮らしが良い方向に向かうのを祈るばかりだ。


「上手くいって良かったね」


 エミルがそう言って笑いかけてくる。

 私達はホウ酸団子の一件以来、旅費の節約のために町長さんの家で寝泊まりをさせて貰っている。私とエミルと町長さんはテーブルをはさんで座り、街の現状について話をしていた。


「お二人には本当に感謝しています。おかげでお腹を空かせる子供を出さずに済みそうです。それにしても、ホウ酸団子と言うのは便利ですね」


「実は私も知っていただけで作ったことは無かったので、ちょっと心配でした。けど、上手くいって良かった」

「シンデレラは本当にいろんなことを知っているね。それにしても、前に『お団子』を聞いた時にはお菓子だって言っていたのに、ネズミ退治にも使えるって聞いた時には驚いたよ」


 いや、お団子はお団子でも用途は全然違うんだけどね。そう言おうとした時、町長さんが笑い出した。


「ご冗談を。ネズミを殺すような物がお菓子のはずないじゃないですか。恐ろしくてとても食べられませんよ」


 そんな事を言ってきた。すかさず私は反論する。


「あの、お団子と言うのは本当にお菓子なんです。ホウ酸団子は作り方と形が似ているから『団子』という名称がついているだけであって、本物のお団子はとっても美味しいものなんですよ」

「そうなんですか?いや、でも……」


 町長さんは何とも言えない表情になる。今までネズミ駆除のための物だと思っていたものがお菓子だと言われてもピンとこないのだろう。そしてそれはエミルも同じようだ。


「僕も人間が食べるっていうのはイメージがわかないかも。最初話を聞いた時は確かにお菓子という認識だったはずなのに、今では毒を持ったネズミ退治の物って思っちゃってる」

「え?いや、そんな事無いから」


 何という事だ。美味しいはずのお団子を、あろうことか毒だと思ってしまっているだなんて。まさか、他の街の人達もそんな風に思ってしまっているのだろうか。

「あのー、町長さん。街の人達はお団子の事を何て言っていますか?」


 嫌な予感を押さえながら、恐る恐る尋ねてみる。


「皆ネズミを退治してくれる良いものだって言っているよ。ちゃんと子供にも毒だから近寄らないように教えているみたいだね」


 予感的中。マズイ、このままだとハーメルンの街の人達はお団子=毒と思ってしまう。本当のお団子は美味しいお菓子なのに、こんな間違った認識を与えてしまうだなんて。

 このままではハーメルンの人達は白玉団子が入った餡蜜やお汁粉を見ても毒だと思いかねないし、イヌ、サル、キジにキビ団子を配ってお供にしたあの昔話も、動物に毒を配って回ったという誤解を受けてしまう事だろう。

 ネズミが駆除できたことはもちろん嬉しいけど、その代償としてお団子の間違ったイメージを定着させてしまうだなんて。もしかして私は料理人にあるまじき事をしてしまったのではないかと後悔していると、エミルが心配そう言いって来た。


「何だか顔色が悪いけど、大丈夫?」


 大丈夫じゃない。ネズミを駆除できたのだからやったこと自体は間違っていないとは思うけど、これではお団子が可哀想だ。となると、私にできる事はただ一つ。私は勢い良く頭を上げる。


「町長さん!」

「はいっ!」


 勢いに圧倒された町長さんの声も大きくなる。けど、そんな事を気にしている場合では無い。


「近いうちに、お団子の料理教室を開きたいのですが、協力してもらえないでしょうか?」

「お団子の?ですがあれはもうみんな作り方を知っていますが。ネズミが駆除できるならと、街中の人が作っています」

「違うんです!本物の!お菓子のお団子です!」


 お団子の名誉を回復させるにはもうこれしかない。いきなり無茶なお願いをしているというのは分かっている。だけどこのままお団子に間違ったイメージを持ってしまうというのはどうにも我慢がならなかった。


「せっかく美味しいお菓子なのに毒だと思われてしまってはお団子が可哀想です。私は何とかして皆の誤解を解きたいんですが、それには実際に本物のお団子を皆さんに食べてもらうのが一番だと思うんです」

「それは……確かにそうかもしれませんね。けど、そこまでして何とかしなければならないものでしょうか。私は今まで団子という物を知りませんでしたし、勘違いしたままでもさほど問題はないかと……」

「大ありです!例えば、もしこのハーメルンの郷土料理が遠く離れた場所で毒と勘違いされていたらどう思いますか。せっかくの料理なのにと悲しい気持ちになるでしょう」


 そう言うと熱意が伝わったのか、町長さんも腕を組みながら眉間にシワを寄せる。


「まあ確かに。おっしゃる通り良い気分はしないでしょうね」

「そうでしょう。私だったらショックで寝込みかねません。しかも今回は私のせいで間違ったイメージを植え付けてしまったんです。これでは責任を取って腹でも切らないと申し訳が立ちません」

「いや、何もそこまでしなくても」


 必死に懇願していると、エミルも私をフォローしてくれた。


「僕からもお願いします。こうなった彼女を止めるのは難しそうですし」

「エミル…ありがとう!」


 思わずエミルの手を取る。エミルにお願いされた町長さんはエミルさんの頼みならと承諾してくれた。


「分かりました。シンデレラさんにもお世話になりましたし。明後日に町の広場で子供を集めたお菓子作りのイベントを開くというのはどうでしょう。ネズミがいなくなったことへの記念にもなりますし」

「ありがとうございます。ぜひお願いします」


 町長さんにぺこりと頭を下げる。そうと決まれば、今日と明日で材料をそろえなければならない。本当は白玉粉があった方が良いけど、小麦粉と片栗粉でも作る事はできる。


「お団子の味付けはどうしよう?マイ醤油もあることだしみたらし団子は作れるよね。小豆を使った餡団子や、大豆を加工してきな粉味も良いかもしれない。生地にカボチャやサツマイモを練り込むのも……」


 どんなものを作れば良いか。考え始めた私を、町長さんは心配そうに見ている。


「心配しないでください。彼女は料理の事になるとああなるんです」

「はあ、左様でございますか」


 エミルと町長さんが何やら話しているけど、もう私の頭には入ってこなかった。気持ちはすでに明後日のお団子作り一色に染まっていて、試行錯誤を繰り返すのだった。

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