シンデレラと笛吹き男 6

 街の真ん中にある公園には、今日のイベントの為に多くの人達が集まってくれていた。イベントの開催は一昨日決まったばかりだというのに広場の奥にはステージも作られており、町長さんの力の入れようが伺えられる。

 ステージの裏で様子をうかがっていると、マイクを持った司会者と思しきスーツ姿の男性がステージの上に立った。


「レディース&ジェントルマン!今日はお集まりいただき、ありがとうございまーす」


 司会者がとてもお菓子作りのイベントとは思えない口上を始める。そのノリに若干戸惑っていると、司会者はノリノリで喋り続ける。


「では、本日のティーチャーを紹介しよう!この街をネズミの脅威から救った救世主……その名もシンデレラだ――!」


 途端に会場中が拍手に包まれる。

 何だか思っていたいイベントと違う。もっと普通の料理教室みたいなものを想像していたのに。呼ばれた以上出て行かないわけにもいかない。けど、何だか大げさな紹介をされてしまって、つい足を踏み出すのを躊躇してしまう。


「これはどうしたことかー?救世主、シンデレラは姿を現さない!こうなったらみんなで彼女の名を呼ぼう。シンデレラ―!」


 会場全体がシンデレラコールに包まれる。司会者さん、悪いけどそれは逆効果です。私は救世主なんて大げさなものではありません。ハードルが上がってしまい、余計に出辛くなってしまいました。

 どうしようかと困っていると、同じくステージ裏にいたエミルが声をかけてきた。


「シンデレラ、落ち着いて。人の目なんて気にせず、堂々としていれば良いんだよ」

「そんな事言われても……」


 エミルは大勢の人の前に立つの離れているだろうけど、私には丸で経験のない事だ。


「だったら、会場の人は皆カボチャだって思えばいいよ。そしら視線を気にすることもないから緊張しないって聞いたことがある」

「カボチャだと思う?」


 目を閉じてイメージしてみる。会場の人達は実は皆カボチャ。魔女が魔法で人間のように見せているだけ。


「こんなに沢山のカボチャがあるなんて、料理のし甲斐があるわ」


 途端に料理人魂に火が付いた。エミルの言う通り、これなら緊張することは無い。


「ありがとうエミル。会場の人全てを料理するような気持ちで頑張ってくるね」

「うん。何だか思っていた緊張のほぐし方とは違うけど、とにかく頑張って」


 エミルに見送られ、私はステージ上に上がる。

 ステージにはテーブルが置かれていて、さらにその上には調理道具と材料がそろっていた。私はテーブルの前まで行くと、司会者さんからマイクを受け取った。


「只今ご紹介にあずかりましたシンデレラです。今日はよろしくお願いします」

 集まってくれた人たちに一礼すると、司会者さんが聞いてくる。

「今日はハーメルンの人達にお菓子の作り方を教えると聞いてるけど、君はネズミの駆除だけでなくそんなこともできるのかな?」

「はい。本業は料理人ですから。それと、今日は皆さんにお伝えしたいことがあるのです。皆さん、お団子と言うのはご存知ですか?」


 そう尋ねると、会場中から声が上がる。


「知ってるぞー、ネズミを退治する奴だ」

「ホウ酸団子、通称お団子。アレのおかげでネズミが減ったんだ」


 みんな口々にそう言う。そう言った人の中には小さな子供の姿もある。やっぱりみんなそう言う認識なんだね。


「実はお団子というのは、本当はネズミを駆除するためのものでは無く、美味しいお菓子なんです。私が教えたホウ酸団子は確かにネズミを駆除する道具でしたけど、それでは本来のお団子とはどういう物だと思いますか?今から実際にそれを作ってみます」


 途端に集まった人達がどよめき出した。


「お菓子って、アレがか?」

「毒があるんでしょ。食べて大丈夫なの?」


 うん、予想通りの反応だ。だからこそ今日は本当のお団子を知ってもらいたい。

 私はテーブルの上のボールに小麦粉と片栗粉を入れる。作り方は簡単、これ混ぜた後水を加えて加熱する。固まってきたらお皿に移して一口大にちぎって丸めるだけだ。

 皆の見ている中作業を進め、あっという間にお団子は完成した。


「あとはこれにいろんな味をつけて食べます。他にも生地にカボチャを練り込んだりと、さまざまなバリエーションがあります。お一ついかがでしょうか?」


 私はステージを降りてそう言った。けど、皆何だか怪訝な顔をしてお団子を受け取ろうとしない。


(やっぱりホウ酸団子のイメージが強いか)


 前にカボチャの煮付けを食べてもらえなかった時もそうだったけど、食べてもらえないというのはやはり寂しい。そう思っていると。


「僕が頂いても良いかな」

 そう言ってきたのは、いつの間にかステージ裏から出てきていたエミルだった。

「エミル、良いの?エミルもお団子に良いイメージが無かったんじゃ」

「確かにホウ酸団子を思い出したら戸惑うけど、これは食べても大丈夫なんでしょ。それに、君が作ったものなら真っ先に食べたいからね」


 すると会場のあちこちから歓声が上がる。それを気に留める事もなく、エミルは私からお団子を受け取った。


「このこげ茶色のタレは何?」

「これはみたらし団子につける餡。お砂糖とお醤油で作ったの」

「シンデレラのお気に入りの調味料だね。じゃあ、頂こうかな」


 エミルは一つ口に運ぶ。ホウ酸団子以外のお団子を知らない街の人達はおっかなびっくりそれを見守っている。食べ終わったエミルはそんな街の人達に言った。


「これはとても美味しいお菓子です。皆さんもぜひ食べてみて下さい」


 するととたんに皆が騒ぎ始めた。


「食べても大丈夫そうだな」

「ネズミを退治してくれた人達だし、大丈夫なんじゃないか?」


 皆まだ少し怖がっているようだけど、一人が手を伸ばした途端、俺も私もと次々と手を伸ばしてくる。


「弾力があって面白い食感だ」

「このタレも美味しい。独特の甘みがある」


 どうやらみんな気に入ってくれたらしい。けど、このままでは作った分はすぐに無くなってしまいそうだ。私はステージに戻ってもう一度作り始める。

 今度は生地にカボチャを練り込んでみる。それとは別にさっきのと同じ普通の生地も作る、今度はこれに餡子やきな粉をつけてみるつもりだ。

 やがて出来上がってお皿に盛りつけると、エミルがそれを受け取った。


「僕が運んでいくよ。シンデレラは作っておいて。皆美味しいって言ってくれてるから、早く作らないと足りなくなりそう」


 見るとさっきまでお団子を怖がっていたとは思えないほど、皆美味しそうに舌鼓を打っていた。


「ありがとう、お願いするね」


 そう言ってエミルに皿を渡す。戻ってから追加分を作っていると、一人の女の子が近づいてきた。


「ごめんね、もうちょっとしたらできるから待っててね」


 そう言って作業を進めたけど、女の子はじっとこっちを見ていて、立ち去ろうとしない。


「もしかして、作ってみたいの?」


 そう言うと女の子は恥ずかしそうに頷いた。


「お菓子作るの好きだから。お姉ちゃんのお手伝いがしたい」


 人が料理をしているのを見ると、つい自分もやってみたくなるというのは私にも覚えがある。私は生地の塊を女の子に差し出した。


「手を洗ってから、これをちぎって丸めてくれる」

「うん」


 女の子は嬉しそうに言う。するとその様子を見ていた他の子供たちもやって来た。


「僕もやりたい」

「私もやる」


 子供というのは他の子が何かをやっていると、とたんに自分もやってみたくなるようだ。私は皆に手を洗ってくるように言い、お団子を丸める作業を任せることにした。

 私も最初にお団子を作った時に思ったけど、この作業はなんだか粘土遊びのようで、子供にとっては楽しい作業なのだろう。次から次へと子供たちが集まってくる。おかげで私は生地を作るのに集中でき、生産ペースが上がっていく。


「ヘンゼルとグレーテルに料理を教えていた時も思ったけど、君は子供に人気あるよね」


 追加分を取りに来たエミルがそんな事を言った。


「そうかな?自分ではよく分からないけど。それはそうと、配るのは大変じゃない?」

「平気だよ。手伝ってもらっているし」


 見るといつの間にか町長さんや司会の人もお団子を配る係になっている。


「みんな待っているから、僕も早く戻らなきゃ」


 エミルも頑張っているんだね。後姿を見ながらそう思う。何となくそのまま目で追っていると、エミルは一つの列の前で足を止めた。


(何あれ?)


 それはおそらくさっきまでエミルが配っていたであろう人達の列。だけどそれはほかの列よりも明らかに人が多い。そしてその全てが女性だった。

 エミルは格好良いから、きっとあの人達はみんなお団子でなくエミル目当てで集まっているのだろう。現に他の列の方が待ち時間が短いにもかかわらず、新たな女性が列の後ろに並んで行っている。


 ……いいもん、きっかけはどうであれ、お団子の良ささえ分かってくれれば私は文句は無いもん。きっとあの人達だって、食べたらお団子の良さを分かってくれるだろう。

 あ、綺麗に着飾った女の子がエミルの手を取ろうとする。けど、エミルはそれをかわしてお団子を差し出す。なおも食い下がろうとするその子に、後ろにいる他の子が何やら文句を言っている。エミルは困ったような顔をしながらもそれを宥める。


 ……………本当に、エミルも頑張っているんだなあ。

 けどなぜだろう。そんな頑張っているエミルを見ていると何だか胸の奥がモヤモヤしてくる。

 あ、ついに二人の女の子がつかみ合い始めた。それにはさすがにエミルも怒ったのか、二人を注意している。すると二人ともさっきまでの威勢が嘘の用にシュンとする。そんな二人にも、エミルはちゃんとお団子を配っている。

 エミルはちゃんとお団子を配ってくれているのに、何だかスッキリしないな。そんな事を思っていると、追加分を取りに来た町長さんが言ってきた。


「シンデレラ、大丈夫かい?その生地、焦げてないか?」

「えっ?」


 見ると確かに少し生地が焦げ付いていた。しまった、エミルに気を取られていて作業が疎かになっていた。


「すみません」

「良いよ気にしなくて。作ってばっかりで疲れたんだろう」


 そう言ってくれたけど、こんな失敗をするようでは料理人失格だ。


「君は少し休んでくると良いよ。レシピは聞いているから、代わりの人を呼ぶよ」

「でも……」

「休むことも仕事のうちだろ。団子の良さを知ってもらうという当初の目的も果たせたことだし、少しゆっくりしてきなよ」


 確かに、普段ならあんな失敗は絶対しないのだから、少し疲れているのかもしれない。

 私は町長さん達に後をお願いして、その場を離れた。

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