シンデレラと笛吹き男 7
公園の隅。街の人は皆中央のステージ近くに行ってて、この辺には私以外誰もいない。
けど、休憩に来たというのに、私の心は曇っていた。
その原因はやはり、さっきやらかしてしまった失敗。町長さんは気にしなくていいと言ってくれたけど、料理人を目指すのなら気にしないわけにはいかない。いや、それともいつまでも引きずるのも良くないのかな?今まで一人で探求することが多かったから、こういう時にアドバイスをくれる人がいないのが辛い。
木を背中にして寄りかかり、溜息をつく。すると聞き覚えのある声がした。
「よう嬢ちゃん。また会ったな」
振り返るとそこにいたのは派手な服を着た青年。旅に出てすぐに酒場で出会った笛吹きさんだった。
「笛吹きさん、どうしてここへ?」
「どうしてって、前に言っただろ。この街はネズミが発生して困っている。それの笛の根でネズミを操って駆除してやろうって」
確かに言っていたけど、あれって半月以上前の話じゃ。
「どうして今まで来なかったんですか?最初会った街からここまでだとこんなに時間は掛かりませんよね」
だから私達は最初ハーメルンについた時、笛吹きさんが来ていないことに首をかしげたのだ。
「そりゃあ、西に東に歩いていたら多少は時間もかかるさ」
「え?でもここまで道さえ間違えなければ一直線で来れるはずですよね」
だったらわざわざ西や東に行ったり来たりする必要はないはずだ。笛吹さん、あの時はすぐにでもハーメルンに向かいそうな雰囲気だったのに。
「もしかして笛吹きさんって、方向音痴なんですか?」
途端に笛吹きさんが顔をしかめる。どうやら図星のようだ。
「良いんだよ、結果こうしてたどり着けたんだから。さて、ネズミ退治の演奏会でも開いて、報酬を貰うとしますか」
笛吹きさんは楽しそうに言う。だけど……
「あのー、言いにくいのですが、もう演奏会は必要なさそうですよ」
「は?何言ってるんだよ。この街はネズミの被害にあって……」
「ですから、もうそれは解決したんです」
「どういう事だ?」
私は笛吹きさんに、ここ半月の間に起きた出来事を話した。最初は半信半疑で話を聞いていた笛吹きさんもだんだん真剣になって来て、お団子の誤解を解くために今日イベントを開いているという件に来た時には頭を抱えていた。
「……というわけで、街の人達は無事、お団子はネズミ駆除の道具じゃないと分かってくれたのです」
「ああそうかい。後半のお団子とやらの件は正直いらなかったけど、事情はだいたい分かった」
話し終えた私に、笛吹きさんはげんなりとした声で言う。
「つまり何か。俺が企んでいた儲け話だったのに、嬢ちゃんに先をこされたってことか」
「そういう事になるのかなあ」
そう考えると、ちょっと悪い事をしたような気もする。とは言えハーメルンの人達は本当に困っていたし、笛吹きさんには悪いけど、早く対処する必要があった。
「ああー、くそっ。せっかく大儲けできると思ってたのに。嬢ちゃんはたっぷり稼いだんだろうな」
笛吹きさんは悔しそうに言う。ちょっとまって、もしかして勘違いしていない。
「私、お金なんてもらってませんけど」
「はあ?だって、ネズミの駆除をしたんだろって言っじゃないか。だったら報酬を貰うはずだろう」
「いいえ、貰ってません。ホウ酸団子の作り方はただで教えました」
「ただって、何でそんな事をしたんだよ。売れば大儲けできただろうに」
笛吹きさんはそう言ったけど、私は本当にお金儲けなんて考えもしなかった。
「私が作り方を教えたのは、料理人としてこの街を放っておけなかったからです。いいですか、食糧難と言うのは料理人にとって地獄ともいえる状況で……」
「ストップ!何だか長くなりそうだからその話はいい」
「そうですか?」
「ああ、さっきのお団子の話を聞いて、嬢ちゃんの料理に対する執念は相当なものだって事は分かったからな」
確かに、もしかしたらまた暴走してしまったかもしれない。笛吹さんはそんな私を見て溜息をついた。
「料理への執念はともかく、嬢ちゃんには欲って物がないのか?それとも相当なお人好しか?」
「え?どっちも違いますよ」
私だって人並みに欲もあれば、お人好しでもないと思っている。だけど笛吹きさんはそんな私を冷めた目で見つめた。
「無自覚か。それは美徳にもなるだろうけど、何だか危なっかしいな。前に酒場で会った時もそうだったけど、アンタは警戒心も無さそうだし」
「そ、そんな事無いですよ」
本当はエミルにもそんな事を言われたことがあるけどね。もしかしたら自覚がないだけで、本当は笛吹さんの言う通りなのかもしれない。そんな事を考えていると、笛吹きさんはすっと距離を詰めてきた。
「ちょっと無防備すぎやしないか?俺はアンタに商売を邪魔されて怒っているんだ。そんな男と暢気にお喋りなんて、危なっかしいぜ」
どういう事?そう聞こうとしたけれど、それより先に笛吹きさんは私を囲うように両手を伸ばして、後ろの木を付いた。
前には笛吹きさん、後ろには木、右も左も腕で塞がれて身動きが取れない。この時になって初めて、私は笛吹きさんの事を少しだけ怖いと思った。
「あの、私、そろそろ戻らないといけないんですけど」
戻らなければならないというのはもちろん本当だけど、去ろうとした一番の理由は笛吹きさんの事が恐かったからだ。だけど笛吹きさんは私の手をグイッと掴んだ。
「逃がすと思うかい?」
そっと空いているもう片方の手で手を私の顎に触れる。撫でるように指先を動かし、私は思わず身を震わせる。
「あの、私本当に戻らないと……」
「逃がさないって言っただろう。よくも商売を邪魔してくれたな」
笛吹きさんが鋭い目で私を見ら見つける。
(……怖い)
思わず目を逸らす。早くここから逃げ出したい。聞こえてくるイベント会場の賑わいが、どこか遠くの出来事のように思える。
「すみません。本当に急いでいるんです」
そう言って笛吹さんの手を振り払い、逃げようと駆けだす。だけど……
「逃がさないって言っただろ」
次の瞬間、いつかの笛の音が聞こえた。振り返ると、いつの間にか取り出した笛を吹いている。そう、それは前に酒場で男を操った事のある、笛吹きさんの魔法の音色だ。
この音色を聞いてはいけない。聞いたら笛吹さんの意のままに操られてしまう。だけど耳を塞ごうにも、既に体の自由が利かなくなってしまっていた。
視界がだんだんとぼやけてくる。手足の感覚が無くなり、さっきまでしていた草花の香りも感じない。ただ美しい笛の音だけが、私を支配していた。
「さあ、どう責任を取ってもらおうかな?」
笛吹きさんのそんな声が聞こえた気がした。次第に頭の中も真っ白になっていき、起きているのか眠っているのかさえも分からなくなってしまう。時間の感覚もなく、まだ一分もたっていないのか、それとももう真夜中なのかさえもわからないし、どっちだったとしても不思議には思わない。
「覚えておいた方が良いぜ、世の中には俺みたいな危険な奴がいるってことを。アンタは旅をしているようだけど、そんなに不用心じゃあ痛い目を見るぞ」
真っ白な世界に笛吹さんの声が聞こえてくる。だけど何だか頭がボーっとしていて、言っていることが旨く理解できない。
朦朧とした意識の中、深く真っ白な音だけの世界に私は捕らわれ続けていると。
「シンデレラ―!お団子の追加注文が入ったよー!」
聞こえてきたのはエミルの声、瞬間、私の世界が色付き出した。
「本当?すぐに戻らなきゃ!」
そこでふと我に返る。気が付けば眼前にエミルの姿があることに気付く。いや、それは正確ではない。私はエミルに……抱きしめられていたのだ。
(ふぎゃあああああ!)
事態を把握した時、襲ってきたのは羞恥心。状況が理解できないまま、手足をバタバタと動かす。
「シンデレラ。良かった、気が付いたんだね。いくら呼んでも全く反応が無いから心配したよ」
エミルはなぜかとても嬉しそうな顔をしている。いや、それよりもまずは放してほしいのだけど。というか、いったい何がどうなってるの?
「けど流石シンデレラだ。君ならお団子の話をしたら絶対正気に戻るって思ってたよ。君は料理の事しか頭にないような子だから、料理の話さえ聞いたらどんな強力な催眠術でも解けて目を覚ますって信じてた」
さっき聞こえたお団子の追加注文の話は、どうやら私の目を覚まさせるために言ったらしい。確かにそのおかげで正気には戻ったけど……エミル、私の事をそんな風に思っていたんだね。
複雑な気持ちのまま辺りを見ると、そこはさっきまでいた公園の隅。どうやら私はずっとここにいたようだ。そしてすぐ近くで、何やら笛吹きさんが驚いた顔でこっちを見ている。
「嘘だろ?どうして笛の音の術が解けちゃうわけ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます