シンデレラと塔の上の女の子 4
天まで届くような高い塔。だけどこの塔に入り口は存在しないそうだ。
ゴーテルさんに攫われた私はそのまま彼女の箒に乗せられ、塔の上の方にある窓の前まで飛んできた。
「窓から入るなんて行儀悪くないですか?どうして玄関が無いんです?」
「アンタは本当にどうでもいいことが気になるんだね。玄関なんて作ったら、そこを通って閉じ込めている奴が逃げちまうじゃないか。それを防止するためさ。アタシは箒を使って出入りすればいいんだから、窓さえあれば十分なんだよ」
なるほど。って、感心している場合じゃない。確かに出入り口がこんな高い所にある窓だけだったら逃げ出すこともできないだろう。
「あのー、もしかして私は一生この塔から出られないのでしょうか?」
「ああそうさ。だが安心しな、塔の中は広いからね。体を動かすためのジムや、図書室なんかも完備しているから、退屈はしないよ」
「設備があるのは良い事ですけど、全然安心できませんよ。何なんですかこの引きこもりのための塔は」
「ええい五月蠅い。いいからさっさと中に入るよ」
ゴーテルさんは窓から塔の中へと入る。するとそこは一台のベッドと机、それに本棚が置かれた、まるで学生用のワンルームを思わせるような部屋だった。
(塔の中ってこうなっていたんだ)
つい部屋の中を見回す。だけどよく見ると、机の上に本が無造作に置かれていたり、部屋のいたるところにホコリが溜まっているのが見える。どうやらあまり掃除をしていないようだ。
(そう言えば召使をさせるって言っていたけど、この部屋の掃除をしろってことなのかな?)
そんな事を考えていると、不意に部屋の入り口のドアがガチャリと開いた。
誰かいるの?そう思いながら開かれたドアの先に目を向けると、そこには私と同じ歳くらいの女の子が立っていた。
背は私より高く、ツリ目でいかにも活発そうな女の子。だけど一番の特徴は何といっても髪にある。その髪は黄金色でとても綺麗なのだけど、その長さが異常だった。
普通はロングヘア―といっても背中の中ほど辺りまでだろう。けど彼女の髪の長さはそんなものではない。伸びた髪がずるずると床をはっていて、いったい何メートルあるのか見当もつかなかった。
(何だか、凄い髪をしているわね)
そんな事を考えていると、部屋に入ってきた女の子は何を思ったのか眉を吊り上げ、ゴーテルさんを睨みだした。
「おおラプンツェル、丁度良い所へ。いいかい、この子は……」
喋り始めたゴーテルさんだったけど、ラプンツェルと呼ばれた少女は大きな声でそれを遮った。
「勝手に部屋に入んなっていつも言ってるでしょ!」
そう叫んだかと思うと、ラプンツェルはいきなりゴーテルさんの両頬を引っ張った。
「ひゃめろらひふぅんへる、ふぉのへほふぁなふぇ」
「何言ってるのか全然わかんない。ゴーテル、あんた私の部屋に勝手に入るなって、何度言ったら分かるのよ!」
「ひゃ、ひゃめろ……お前、召使のくせに年々態度が悪くなっていってるね」
頬引っ張りから解放されたゴーテルさんが疲れたように少女を見る。召使って……
そしてラプンツェルという名前にも聞き覚えがある。そう言えば、民宿の奥さんがノヂシャを見て取り乱した時に口にした名前が、確かラプンツェルだったはず。
(もしかして、この子があの夫婦の娘さんなのかな?)
そう思っていると、そのラプンツェルが私に目を向けてきた。
「あれ、誰さん?」
どうやら今私の存在に気付いたようだ。私は慌てて自己紹介する。
「こんにちは、私はシンデレラといいます。ゴーテルさんに詐欺同然の手口で攫われてきました」
我ながら変な自己紹介だ。するとそれを聞いたラプンツェルが再びゴーテルさんを睨む。
「攫ってきたって、アンタまた悪さしたの?そんな事ばかりしてるから村八分に追いやられるんだよ。こんな周りに家もないような所で孤立して、恥ずかしく無いわけ?」
「大きなお世話じゃ!だいたいアタシは村八分に追いやられたわけじゃ無い。アタシの方から村の奴らと絶縁してやったんだ」
「うわー、孤独を格好良いと勘違いしている痛い人の発言だ。相変わらずイタすぎ」
「ほっとけ!」
ゴーテルさんは叫んだあと私に向き直り、改めて口を開いた。
「紹介しておくよ。この子はラプンツェル、アンタと同じ召使さ。まあ掃除も洗濯もろくにできない役立たずだけどね」
そう言った途端、ラプンツェルが今度はゴーテルさんのコメカミに拳を当て、グリグリと回し始めた。
「アンタが全然やり方を教えてくれないからだろう。生まれた時からここに閉じ込められていて、一度もまともな掃除って奴を見た事が無いんだ。そんなんでやれと言われてもできるか!アタシをちゃんとした召使にしたければまずは家事のノウハウを教えろ!せめて村に行かせて誰かのお手本を見せろ!」
「分かった、分かったからグリグリするのはやめろ」
ゴーテルさんはラプンツェルを引きはがすと痛そうにコメカミをさする。
「アンタの言う事も確かに一理ある。だからこうして家事のできる召使を連れてきたんだ。シンデレラ、アンタはこれからこの子に掃除や洗濯の仕方を教えるんだよ」
「私がですか?」
段々と事情が呑み込めてきた。ラプンツェルがいるにもかかわらず私を召使にしたのは、ラプンツェルが家事ができないからのようだ。だけど話を聞く限りではそれもしかが無いように思える。私は母が生きていたころに習って覚えたけど、手本となるものが何もないと言うのならなら上手くできなくて当然だ。
「まったく。こんな事なら赤ん坊の事に攫うんじゃなくて、もっと家事を覚えた後に攫うんだったよ。しかも最近じゃ暴力的になって。いったい誰に似たんだか」
「攫っておいてよくもいけしゃあしゃあと。それにアタシの性格は間違いなくアンタの影響だよ。だって他に誰とも会った事が無いんだもん。影響の受けようが無い」
確かにそうだね。だけど当初の目的だった召使として機能していない上に、暴力に手を焼いている。それなのにどうしてゴーテルさんは未だに彼女をこの塔に閉じ込めているのだろう?
「ゴーテルさん、どうしてそこまでして彼女を返そうとしないんですか?彼女の両親はとても寂しい思いをしているのに」
「決まっているだろう。どんな理由があろうともコイツはアタシの物だ。魔女が一度手に入れたものを扱いづらいから手放すなんて、恥ずかしくてできるか」
そんな誰も得しない意地を張らなくても。そう訴えたけど、ゴーテルさんは五月蠅そうにするばかりだ。
「いいかい、とにかくアンタは明日からそいつに家事を教える。塔の中は広いから、掃除は結構な大仕事だよ。しっかりと働きな。それとラプンツェル」
「何よ?」
「今日からこの部屋はシンデレラと二人で使いな。文句は言わせないよ、今まで役立たずのアンタに一部屋与えてやっていたのが贅沢だったんだ」
「相部屋かあ。まあ仕方ないか」
ラプンツェルは承諾したけど、これはちょっと悪い気もする。
「すみません、急に相部屋だなんて。もし迷惑なら場所さえ貸していただければお台所でも寝れるのですが」
「いや、それじゃあダメでしょ。気にしなくて良いよ、アンタ悪い奴じゃなさそうだし。勝手に部屋に入ってくるプライバシー保護も何もない、どっかの性悪魔女よりよっぽど良いよ」
「こら、それはアタシの事か?」
ゴーテルさんが眉間にシワを寄せる。
「ここはアタシの塔で、部屋もアタシがアンタに貸してるんだ。勝手に入っても文句を言われる筋合いはないよ」
「そういう所がデリカシーが無いんだよ。ゴーテルってさあ、思春期の娘の部屋に勝手に入って嫌われるオヤジみたいだよね」
「あたしゃ女だよ!」
ゴーテルさんは叫び疲れたのかゼイゼイと息を切らしている。けど、私もラプンツェルの気持ちはわかるなあ。やっぱり勝手に部屋に入られるのは気持ちの良い事じゃないもん。
「まあいいさ。今日は適当に休んで、明日から働け。アタシはちょっくら夕飯の買い出しに行ってくるよ」
そう言ってゴーテルさんは箒にまたがり、窓へと向かう。そんなゴーテルさんに向かってラプンツェルが言う。
「今回はこの窓使ってもいいけどさ、帰ってくるときは別の部屋の窓を使ってよね。沢山あるんだから」
「分かったよ。アタシもアンタに頬を引っ張られたくないしね」
「ゴーテルさん。買い出しはお弁当じゃなくてお肉やお魚を買ってきてくれれば私が調理しますよ」
「アンタはまだそんな事を言っているのかい?今夜の夕飯はパックのご飯とレトルトのカレー、それにコンビニのサラダだよ」
そう言って魔女は飛んで行ってしまった。レトルトのカレーか。確かに美味しいから嫌いじゃないんだけど、やっぱり料理ができないのは寂しいな。
そう考えた後ふと気づく。そう言えば、今ラプンツェルと二人きりだ。私は改めてラプンツェルに向き直る。
「えっと、突然だけど、よろしくお願いします。貴女、ラプンツェルですよね」
「そ。ところで、アンタいくつ?見たところ同じ歳くらいだけど」
「十七歳になります」
「十七か。だったらやっぱりアタシと同い歳だね。けど、アンタが来てくれて嬉しいよ。アタシ、産まれてすぐにこの塔に連れてこられて、以来ゴーテル以外誰とも会った事が無いからね。こうして誰かと話すなんて初めてだよ」
そこまで言って、ラプンツェルは急にしまったと口にした。
「悪い、アンタは無理やり連れてこられたんだったね。無神経なこと言って悪かった」
そう言って頭を下げ、両手を合わせてくる。だけど私は怒る気にはなれない。それどころか今の話を聞くとラプンツェルの方が気の毒に思えてくる。
「顔を上げてラプンツェル。全然気にしてないから。それに、無理やり連れてこられたのはラプンツェルも同じでしょ。それから十七年も塔の中だなんて。辛かったでしょう」
「どうかなあ。連れてこられた時の事は覚えてないし、物心ついた時は搭の中にいるのが当たり前だって思っていたから、辛いと思うことは無かったかも。あ、でも誰かと話してみたいとは思っていたかなあ。窓から外を見ると、時々近くの道を通る人の姿が見えるから、声をかけてみたいって思ってた」
本当にお喋りできることが楽しいのだろう。ラプンツェルは楽しそうに話す。だけどふと思い出したように真顔に戻り、声のトーンを落とした。
「あのさ、アンタさっきゴーテルとアタシの両親の事を喋ってたじゃない。会った事あるの?」
少し照れ臭そうに、だけど真っ直ぐな目で私を見るラプンツェル。やはり自分の両親がどんな人か気になっているようだ。
「ええ、とっても良い人達ですよ。私は今日村に来たばかりで、ラプンツェルの両親とは少し話しただけですけど、娘さんの事を…貴女の事を大切に思っているのが良くわかりました」
「そう、なんだ。元気にやっているんだ。けど、アタシの話なんてしたの?十七年も会っていないんだから、もう忘れてくれてもいいのに。アタシなんて少しも覚えてないのにさ」
そう言っていたけど、ラプンツェルの口元は綻んでいた。彼女のお母さんがノヂシャを見て動揺したことは話さない方が良いだろう。余計なことを言って心配をかけたくはない。
「ところで、今日村に来たばかりだって言っていたけど、どこから来たの?」
「遠く離れた所にある、ガラスの国の城下町からです。私、料理人になりたくて。お料理修業のために大陸中を旅して料理を学んでいる最中なんです」
「へえー、凄いじゃん。旅かあ、良いなあ。アタシも塔から出て旅をしてみたいなあ」
遠い目をしながらラプンツェルは言う。やはり彼女も塔に閉じこもりの日々は退屈らしい。一生ここから出られないだなんて、そんなのはやっぱり嫌だ。
「ねえ、ラプンツェルはここから逃げようって思ったことは無いの?難しいかもしれないけど、ゴーテルさんの目を盗んで抜け出せないかな?」
もしかしたら何か方法があるかも。そう期待したけど、ラプンツェルは首を横に振った。
「難しいね。何が難しいって、たとえ逃げてもあの性悪魔女の事だ。必ず追いかけて報復しようとするよ。アイツは制約があるから、言う事を聞いている間は私達に危害を加えられないけど。塔から逃げちゃいけないって言いつけを破ったなら、魔法を行使することができるからね」
民宿で言っていた制約というやつだ。という事はこの塔にいる限りはゴーテルさんは私達に手出しはできないけど。だけど逃げ出したら何をされるか分からないという事か。
となると不用意に逃げるのは確かに危険だろう。何せ相手は魔女。逃げ出したとしてもすぐに見つかってしまいそうだ。それじゃあ、本当に私達は一生この塔の中で暮らさなきゃいけないの?考えた途端血の気が引いたような気がした。
「そんな顔しないでよ。確かに逃げるのは難しいけど、無理だって決まったわけじゃ無いから。実はアタシも、いつか逃げ出したいなって思ってるんだ」
そう言って元気づけるようにバンバンと背中を叩いてくる。流石十七年もここにいるラプンツェルはメンタルが強い。
「アタシだっていろいろ考えてるよ。ゴーテルは昼間はほとんど留守にして、夜にしか返ってこないから逃げるなら昼間だとか。図書室に行って近隣の地図を見て、どのルートで逃げれば良いか考えたりね。まあアタシの場合外の世界を知らないから地図を見ても上手くイメージできないけど」
「それでも凄いですよ。そんなに調べているんですね」
「まあね。他にも、脱出成功を祈ってゲン担ぎなんかもやってるよ。逃げ出せるまで髪を切らないってヤツね」
そう言われて、私はラプンツェルの長い長い髪に目をやる。異様に長い髪だとは思っていたけど、そう言う理由があったのか。けど、それにしたってこれは長すぎない?髪が床をはって、これじゃあモップみたいに髪がホコリを絡めちゃうよ。
「ラプンツェル、いくら何でも伸ばしすぎじゃない?いったいいつから髪を切っていないの?」
「産まれた時から。この塔の中には床屋なんてないし、ゴーテルに切らせたら虎刈りになりそうだから丁度良いんだよ。急に伸びたわけじゃ無いんだから髪を洗うのも少しづつ量を増やすだけで苦にならないしね。それに、もしかしたらこの髪が役に立つかもしれないし」
「役にたつって、その髪が?」
いったい何の役に立つと言うのか。私にはよくわからなかったけど、ラプンツェルはそれ以上は言わなかった。
「アタシの話はこれくらいにして、今度はシンデレラの話を聞かせて。ガラスの国に住んでいたって言ったけど、そんな暮らしをしてたの?」
「私の話ですか?そうですねえ……」
私は継母と義姉さんと一緒に暮らしていた事、エミルという友達と…王子という事は伏せ、友達と旅をしていることを話し、一言喋るたびにラプンツェルの表情がコロコロ変わるのが見ていてとても面白かった。
塔に連れてこられたのは災難だけど、こうしてラプンツェルと仲良くなれたのはちょっぴり嬉しく、彼女となら上手くやっていける気がした。
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