シンデレラと塔の上の女の子 5

 塔に連れてこられてから今日でもう一週間。その間私はラプンツェルとすっかり仲良くなっていた。私は彼女に掃除や洗濯の仕方を教え、いつも二人で家事をやっている。


 掃除中、ラプンツェルは最初は動きがたどたどしかったけど、キチンとやり方を教えたらちゃんと出来るようになっていった。やっぱり今まではコツを知らなかっただけで、決して家事が苦手というわけではないみたいだ。

 塔の中での生活は意外と快適で、住むだけなら何の問題もなさそうだった。寝る場所も元々ラプンツェルが使っていたベッドをゴーテルさんが魔法で二段ベッドにしてくれて、私達はそれを仲よく使っている。


 家にいた時、義姉さんとは上手くいっていなかったけど、もし仲がいい姉妹がいたらこんな風に暮らしていたのではないかと思い、ちょっと楽しくもあった。

 ラプンツェルとは毎日のようにお喋りをして、疲れた時は部屋で休み、暇な時は本を読む。必要な物があればゴーテルさんに言えば買って来てくれるので、不自由することは無かった……ただ一つを除いては。


「ラプンツェル、料理がしたいです」


 晴れた日のお昼頃、掃除が一段落した私は、自室でラプンツェルにそう打ち明けた。


「ああ、うん。何となくそうなんじゃないかと思ってたよ。態度見てりゃわかるもん」


 どうやら私は見ただけでわかるくらいに料理を求めているようだ。けど、ラプンツェルは困った顔をしている。無理もないだろう、彼女にこんな事を言っても、決定権を持っているのはゴーテルさんなのだ。

 だけど、たとえ何も解決しないと分かっていても、せめてこうして願望を口にしないと、何かが壊れてしまいそうだった。連れてこられてから一週間。その間私がいくら頼んでも、ゴーテルさんは一度だって料理を作らせてくれることは無かった。


「どうしてゴーテルさんは料理をさせてくれないんですか!掃除も洗濯もさせるのに、どうして料理だけ!」

「まあ落ち着きなって。ゴーテルは食事なんて口に入れば何でも一緒って思っているからねえ」


 それは前にゴーテルさん本人からも聞いている。最初話を聞いた時も驚いたけど、まさか本当に全ての食事を出来合いの物やレトルトで済ませるだなんて思っていなかった。ゴーテルさんは毎朝箒に乗ってどこかに出かけるけど、夕方にはお弁当やレトルト食品を買って帰ってくる。それが私達の食事の全てだ。


「アタシも代り映えしないメニューに飽き飽きしてるんだけどね。無駄なことはしないの一点張りなんだよ」

「そんな、料理が無駄だなんて酷すぎます。ラプンツェル、一緒にゴーテルさんに料理を作らせてもらえるよう頼んでみませんか。貴女だって出来立ての料理が食べたいんでしょう」


 だいたい、この塔にはキッチンもお鍋や包丁といった調理器具もちゃんとある。だけどもったいない事にそれらが使われることはまずない。せいぜいヤカンでお湯を沸かすくらいだ。許可さえもらえればすぐにでも私が腕を振るうというのに。


「でもねえ、あのゴーテルが素直に許可してくれるかなあ。人の嫌がる顔を見るのが趣味のような奴だし。大体、アンタの事だからもうとっくに頼んでるんじゃないの?」


 その言葉に私はギクリとした。実はラプンツェルの言った通り、私は来て二日目にはゴーテルさんに料理を作らせてくれと交渉していたのだ。だけどいくら美味しい物を作ると言っても、調理した方が安上がりだと力説しても、ゴーテルさんは首を横に振るばかりだった。

 曰く、女が一度ダメだと口にした事を曲げることはできない。曰く、女が料理を作る前時代的な考え方に異議を唱えるのが格好いい、とのことだった。何なのその無駄なプライドは?


 そんなわけで私がいくら言っても聞き入れてもらえず、だったら今度は二人で抗議したらどうかと思ったんだけど。


「難しいだろうね。アイツ無駄にプライド高いから、ここで折れたら負けたみたいに思いそう。理屈以前に、絶対にアタシ達の言う事なんて聞くもんかって思ってる気がする」

「なんて面倒くさい性格なの?」


 思えば家事が出来なかったラプンツェルを追い出さなかったのも、その性格が邪魔をしたのだろう。もっと素直になった方が人生楽しいと思うんだけどなあ。


「アンタが料理を作りたがっているのは痛いほどよくわかるんだけどね。食材もないのに暇さえあればそこのキッチンの前に立ってるし」


 実はこの部屋にも小さいながらもキッチンが備わっていた。使ったことは無いけど。ラプンツェルが言うには、たとえ料理をしなくても、あった方が生活感があって良いと言うゴーテルさんの謎の拘りがあるそうだ。

 しかし調理器具はちゃんとそろっていても、食材が無いのではお手上げだ。けど、彼女の言った通り、私は良くこのキッチンの前にいるのだ。


「だってキッチンだもの。料理が作れないなら、せめて気分だけでも味わおうと思うじゃない。そこに立っているとなんだか落ち着くし」

「料理人ってそういうものなの?アタシは料理なんてした事無いからわからないけど」


 ラプンツェルはちょっと引き気味だ。けど、料理人にとってはそれが当たり前……だと思う。少なくとも私にとってはそれが普通だ。


「けどねえ。夜な夜な虚ろな目をしながら空っぽの鍋を混ぜたり、何も乗っていないまな板に包丁を打ち付けたりするのはやめてくれないかな。何かにとり憑かれているのかと思ったわ。トントンという千切りの音が気になって眠れないよ」


 そうは言うけど、私はそうでもして気を紛らわせないとやってられないのだ。だけどそれももう限界に近い。何せもう一週間も料理をしていないのだ。


「空っぽのボウルの中を泡だて器で混ぜるのも、お肉が焼けるのをを想像してフライパンと睨めっこするのももう限界です!オーブンのドアも、もう無駄に千回くらい開け閉めしました!ああっ、このままだとお料理欠乏症でおかしくなってしまいそう!」

「いや、今の時点でもう十分おかしいから!」


 崩れ落ちる私にすかさずツッコむ。確かに一週間も料理ができてないこの状況はおかしいよ。

 とにかく、これ以上料理が作れないというのは非常に不味い。聞き入れてもらえないかもしれないけど、ゴーテルさんが帰ってきたらダメ元でもう一度頼んでみよう。もしそれが叶わなかったらその時は、この塔から飛び降りてでも食材を探しに行かなきゃ。

 そう決意したその時――


「おーい。シンデレラ―」


 塔の外から聞き覚えのある声がした。アレは間違いない、エミルの声だ。慌てて部屋の窓から顔を出して地上をのぞき込むと、そこにはまぎれもないエミルの姿があった。


「エミル、来てくれたのね」


 久しぶりに見るエミルの姿に興奮し、手を振りながら彼の名を叫ぶ。


「遅くなってごめん。何とかゴーテルと交渉しようとしたんだけど、全然捕まらなくて。今日は様子を見に来たんだ。大丈夫だった?嫌な目に遭っていない?」

「嫌な目には遭っているけど…まだギリギリ大丈夫。お料理不足の禁断症状が出ているくらい」

「それは本当に大丈夫なの?」

「大丈夫、これ以上酷くなったらここから飛び降りてでも料理をしに行くから」

「それ絶対大丈夫じゃないから!落ちたら間違いなく死んじゃうから!分かるよね!」

「けどもしかしたら死なないかも。どうせここにいても料理ができないのなら、一か八か掛けてみようかと……」


 私達が大声でそんな事を話していると、後ろにいたラプンツェルが窓に近づいてきた。


「わっ、凄いイケメン。まるでお話に出てくるお城の王子様ね。アイツがアンタが前に言っていた旅仲間のエミル?」

「う、うん。彼がエミルだよ」


 偶然にもラプンツェルはお城の王子様という彼の素性を口にしたのだけど、彼女の態度を見る限り、気付いたわけではなくたまたま当たっただけのようだ。


「悪名高いゴーテルの塔まで様子を見に来るなんて、良い奴そうじゃない。けどアンタ達、そんなに大声で会話してたら喉痛くならない?」


 それは実はさっきから気になっていた。けどこの部屋から地上まではかなりの距離がある。喉が痛かろうが大きな声を出さないと会話ができないのだ。するとラプンツェルは少し考える。


「どうせゴーテルは出かけているし、今なら大丈夫かも。ちょっと待ってて、今からアイツを部屋に入れてやるから」

「え、でもどうやって?」


 この塔には窓はあるけど玄関は無い。その窓にしたって地上からだいぶ離れていて、とても登れる高さではない。不思議に思っていると、ラプンツェルはエミルに向かって叫んだ。


「アンタ―、木登りは得意―?」

「得意かどうかは分からないけど、君はー?」

「アタシはラプンツェル、シンデレラと同じゴーテルの召使い。アンタにその気があるなら、コイツをつたって登っておいで―」


 そう言ってラプンツェルは、自身の黄金色の長い髪を窓からたらし始めた。


「ラプンツェル、いったい何を?」


 口にした後、彼女がいったい何を考えているのかに気が付いた。窓からたらされた髪は長く、地上にいるエミルの元に届いている。この髪をつたってここまで登って来いと言いたいのだろう。道具無しでは登るのが困難なこの塔も、これなら何とかなるかもしれない。


「前に言っていた、逃げ出すために髪を伸ばしているってこういう事だったんだ」

「そう。本当は髪をこの部屋のどこかに括り付けて、バンジージャンプみたいに跳ぼうかと思っていたんだけどね。まさか誰かを部屋に招くのに使うとは思って無かったわ」

「バンジージャンプって。ラプンツェル、長さを間違えたら即あの世行きよ」

「そう言えば……まあ良いじゃん。今はこうして役に立っているんだからさ。誰かを勝手に塔の中に入れたらゴーテルは怒るだろうけど、バレなきゃ良いよね」


 ゴーテルさんが返ってくるのはいつも夕方か夜。それまでに出て行けば問題ないだろう。地上を見ると、たらされた髪を前にしたエミルが何だか躊躇っているように見える。


「どうした―っ!高い所は苦手ーっ?」

「そうじゃないけど、本当に登っても良いの?」

「大丈夫。今はゴーテルもいないから、帰ってくる前に同じようにして出て行けばバレないって」

「そういう心配をしたわけじゃ無いんだけどな。とりあえず、登るよーっ!」


 そう言ってエミルがラプンツェルの髪に手をかける。すると……


「痛たたたたた!」


 ラプンツェルが悲鳴を上げた。そうだよね、こうやって窓からたらされている髪は黄金色のロープのように見えるけど、ラプンツェルの頭から生えている髪の毛なんだもん。体重をかけて登ってこられたら痛いに決まっているよね。


「大丈夫―っ?やっぱり登るのやめようかーっ?」


 異変に気付いたエミルが再び叫ぶ。だけどラプンツェルは首を横に振った。


「いいや登って来て。女が一度言った事を曲げるなんて恥ずかしいじゃない」


 どこかで聞いたようなセリフだ。確かゴーテルさんが似たような事を言っていたっけかな。ラプンツェル、ゴーテルさんに育てられたものだから変な所が似ちゃったんだね。

 だけどそう思ったことはラプンツェルには黙っておいた方が良いんだろうな。ゴーテルさんに似ているなんて言って、無駄に傷つける必要もないだろう。


「ラプンツェル、痛いだろうけど我慢してね」

「分かってるよ。って、痛い痛い。もうちょっと優しく登ってってば」


 悲鳴を上げながらも決してやめると言わないラプンツェル。その痛々しい姿に胸が痛くなってしまう。


「頑張ってね。もしこれが原因で髪が抜けてハゲちゃったとしても、今の貴女は格好良いわ」

「変な応援するな!ハゲるなんて縁起でもない!」


 痛がりながらもしっかりとツッコミは入れるラプンツェル。それにしても本当に辛そう。せめてエミルが早く登って来てくれることを祈るのだった。

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