シンデレラと塔の上の女の子 6

 ラプンツェルの長い髪を登ってやってきたエミルが、窓から顔をのぞかせる。彼が地上にいた時は遠くて分からなかったけど、その表情からは心配の色が伺えた。


「シンデレラ、大丈夫?」


 部屋に入ってくるなりエミルは私に駆け寄ってきた。心配をかけてしまっていたことを改めて実感し、それと同時にこうしてまたエミルと会えたことを嬉しく思う。


「怪我してない?何だかだいぶ追い詰められているみたいだけど、平気?」

「うん、私は何とか。それよりも今はラプンツェルの方が大変かも」


 見るとラプンツェルは痛そうに頭をさすっていた。髪の毛をロープのようにしてエミルが登ってきたのだから、痛がるのも無理はない。エミルも気まずそうに彼女の様子を窺う。


「ごめん、女の子の髪をロープ代わりに使うなんて、やっぱり無神経だった」

「良いって良いって。元々アタシが言い出したことなんだから、アンタが責任感じる必要無いって」


 ラプンツェルは笑顔を作ってそう答える。


「エミル、ラプンツェルはあの民宿のご夫婦の娘さんなの」

「君があの人達の?僕はエミル、シンデレラの旅の仲間で、今は君のご両親の家でお世話になっているよ」


 エミルはそう言って自己紹介をする。そうか、あの後エミルはあの民宿で寝泊まりをしているんだね。本当はきっと視察の旅を続けなくちゃいけないんだろうけど、私のことがあるから心配して村に残ってくれたんだろうな。


「ゴメンね、私がノヂシャを貰っちゃったばっかりにこんな事になって」

「それは気にしないで。ゴーテルの思惑に気が付かなかったのは僕も同じだし。それよりこれからどうするかだよ。どうにかしてここから逃げ出せない?」


 こうして入ってくることができたのだから出て行くことも可能なはず。エミルはそう言ったけど、ラプンツェルがそれに異を唱えた。


「軽率に動かない方が良いんじゃない。シンデレラとも話したけど、逃げてもきっとゴーテルは追ってくるよ。その時アンタはこの子を守れるの?」

「それは……」


 エミルの声が弱くなる。民宿でゴーテルさんと対峙した時、彼女の魔法を前に手も足もでなかったことを思い出したのだろう。私は不安そうなエミルの手を強く握った。


「そんな顔しないで。きっと何か方法があるはずよ。みんなで考えて脱出しましょう」


 たとえ時間がかかっても良いから外には出たい。もっとも、私には外に出られるかどうかよりも切実な、そして切迫した問題があるのだけれど。


「そう言えば、料理は作らせてもらってないの?さっき料理不足になっているって言ってたけど」


 その言葉で、今まで抑えてきた感情が爆発した。それこそが今私を最も悩ませている事なのだ。思わずエミルの両肩を掴んでまくしたてる。


「そうなの。ゴーテルさんってばちっとも料理を作らせてくれないのよ。人の食生活に口出しするのは良くないって言うのは分かっているけど、このままじゃ私の身も心も持たないわ。このままじゃストレスで死んじゃうかも」

「そ、そんなに大変なことになっているんだ。だからと言って塔から飛び降りて料理しに行こうなんて無茶をしちゃだめだよ。打ち所が悪かったらそれこそ死んじゃうし、二度と料理が作れない体になるかもしれないでしょ」


 勢いに圧倒されながらも正論を語るエミル。確かにその通りだ。コクコクと頷いて肯定する。


「その子、本当にヤバいわよ。昨夜なんて材料はどうだの、煮込み時間はどれくらいだのといったレシピを、寝言で延々繰り返していたんだから」


 私、眠りながらそんな事を言っていたのか。勿論私自身は眠っていたから気がつかなかったけど、そのせいでラプンツェルが眠れなかったのではないかと思うとちょっと心苦しいな。


「で、これからどうするの?今のうちに外に出て料理を作って、暗くなる前に戻ってくる?」

「いや、それは危険かも。僕は何とか登ってこれたけど、この塔は高いからね。女の子がロープで上り下りするのは、ちょっと難しいと思う」


 エミルの言う通りだ。体力に自信が無いわけじゃないけど、それでも無事にこの塔を登れるかと言うとハイとは答えられない。けど、それじゃあ一体どうすればいいのだろうか?


「ねえ、良かったら僕が食材を運んでこようか?見たところこの部屋にはキッチンはあるみたいだし、ゴーテルの留守中に運んで、料理して食べてしまうのはどう?」

「ここで作るの?だけどそれも危ないんじゃ……まてよ、そうでもないかも」


 何せ私達はゴーテルさんに家事を一任されているのだ。調理器具を使って料理をしても後でちゃんと片付ければ、台所に立ったり物を片付けたりもしないゴーテルさんが気づくことは無いだろう。多少の痕跡が残ったとしても、掃除や片付けの途中だと言えば誤魔化せそう。


「いけるよ。良かった、これでまた料理を作れるわ」


 そうと決まればさっそくレシピを考える。できれば調理に時間がかからず、調達しやすい材料で作るのが良いよね。


「どうする?君が早く作りたいって言うなら、今から外に出て調達してくるけど」

「本当?それじゃあお願いしようかしら。もう一週間も料理をしてないし。料理は一日作らなかったら勘を取り戻すのに三日かかるって言うし」

「音楽やスポーツの練習でよく使われる言葉だけど、料理で使われたのは初めて聞いたな。君なら一週間休んだくらいじゃ腕は落ちないと思うよ」


 エミルはそう言うけど、やっぱり心配だ。もしかしたら卵一つまともに割れなくなっているんじゃないかと心配して、夢でうなされたこともある。


「まあすぐに作りたいなら協力するよ。どんなものを用意すればいい?」

「そうね、卵とお米とケチャップと……」


 私が材料を上げ、エミルがメモを取る。だけど、こんなに頼りっぱなしで良いのかなあ。エミルは本当は次の街に行かなきゃいけないんだろうし。

 私の心配をよそに、エミルは取り終えたメモに抜けが無いかを確認している。


「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ。少しの間待っててね」

「うん。だけどエミル、頼んでおいてこういうのも変だけど、あんまり無理しなくても良いんだよ。エミルだってやらなきゃいけないことが沢山あるんでしょ。迷惑を掛けたくないよ」


 私にばかり構っているわけにはいかないはずだ。できれば彼の足枷にはなりたくはない。だけど、私の話を聞いたエミルは何だか怒ったような顔になった。


「どうしてそういう事を言うかな?こんな時くらい我儘を言ってよ」


 気遣ったつもりだったのに何がいけなかったのか、エミルは不機嫌そうにそう言いながら、私の頭にポンと手を置いた。


「君はいつもそうやって自分の事より他人の事を優先するよね。それは素晴らしい事だけど、

 少しは自分の事も考えなよ。料理不足で困っているんでしょ」


「それは、そうだけど……」

「もっと僕を頼ってよ。一人で悩んだりしないで、僕は君の力になりたいんだから」


 その真剣な眼差しを見て、私は自分のした間違いに気づいた。もしも立場が逆だったら、私は頼ってもらえなかったことを快く思わないだろう。それなのに迷惑かけたくないだなんて、これではかえって失礼だ。


「ごめん。無神経なこと言ってた。ちゃんとエミルの事を頼るから」

「うん、それで良い。料理のこと以外にも、困ったことがあったら遠慮なく言ってね。何かできるかは分からないけど、僕はいつでも君の味方だから」


 そうしてエミルは笑いかけてくれる。良かった、どうやら機嫌が良くなったみたいだ。するとそこでさっきから私達の様子を見ていたラプンツェルが咳ばらいをした。


「ちょっと二人ともー。急がないとゴーテルが帰ってきちゃうよー。材料調達して料理を作るんでしょ」


 そうだった。せっかくその気になったんだし、このまま時間が無くて今日は作れないなんてことになったら嫌だ。


「それじゃあエミル、お願いできる?」

「分かった。塔を降りるには……またラプンツェルの髪を使うしかないのかなあ?ロープは無いの?」


 エミルはそう言ったけど、あったら最初から使っている。仕方なく登ってきた時と同じようにラプンツェルの髪をロープ代わりにし、エミルは地上へと降りて行った。








 エミルが材料調達に行ってから暫くすると、地上から再びエミルの声が聞こえてきた。


「食材を用意してきたよー。髪を垂らしてくれないかー」


 呼びかけに応じてラプンツェルが髪を垂らす。それにしても、いい加減ラプンツェルが可哀想に思えてくる。


「ラプンツェル、本当に髪は大丈夫?抜けたりしない?」

「だからどうしてアンタはそう不吉なことばかり言うの?平気だから黙って見てなさい」


 それから少しして髪を登ってきたエミルが窓から入ってくる。その手には食材と思しき袋と、一本の長いロープがあった。


「次からはこのロープを使えば、君の髪に頼らなくても出入りできるよ。どこかゴーテルに見つからない場所に隠しておいて」

「ありがとう。助かったよ」


 ラプンツェルはロープを受け取ると、戸棚の中にそれを隠す。ゴーテルさんはこの部屋の戸棚はまず開けないから、バレる危険は少ないだろう。


「それから、君の両親から伝言を言付かってきた。私達はいつもお前を愛している、例え会えなくてもその気持ちは変わらないから、どんな状況だろうと強く生きてほしい。だって」

「ふ、ふーん。親の顔なんて覚えてもいないけど、そう言うなら強く生きてやってもいいかな」


 ラプンツェルは何だか照れ臭そうで、それでいて嬉しそう。やはり覚えていなくても両親からの言葉というのは有難いものなのだろう。私も時々亡き両親の事を思い出しては思い出に浸る事もあるから、その気持ちはよくわかる。


「こっちはシンデレラに。頼まれていた食材は全部用意できたよ」

「ありがとう。エミルもお昼御飯まだだよね。ちょっと待ってね、すぐに用意するから」


 そう言って私は受け取った材料をキッチンに並べ始める。調味料も揃っているし、道具も問題なく使える。私は久しぶりに料理ができることの喜びを噛み締めながら、早速調理を始めた。

 ほどなくして出来上がったのは、ふっくらとした半熟卵のオムライス。久しぶりの料理だったので腕が落ちていないかと心配だったけど、問題なく作れたことにほっとする。


「へえー、これが出来立てのオムライスか。冷凍食品やコンビニのそれよりも美味しそうね」

「そう言えばラプンツェルは出来立ての料理は食べた事が無いんですよね。それじゃあ、温かいうちにいただきましょう」


 私とエミルとラプンツェルはテーブルにつき、揃っていただきますと手を合わせた後、それぞれがオムライスを口に運んだ。

 途端にとろとろの卵と熱々のチキンライスの味が口の中いっぱいに広がる。やっぱり料理は出来立てが一番おいしい。私は久しぶりに食べる温かい料理に感動すら覚えた。そしてそれはどうやらラプンツェルも同じだったようだ。


「なにこれ?これが本当にオムライス?いつもゴーテルが買ってくるやつとは全然違うじゃない」


 ラプンツェルは夢中になってオムライスを食べる。そんなに喜んでもらえるなんて、作った甲斐があるなあ。


「アンタが作る事にこだわる理由がようやくわかったよ。実はアタシもどうしてそんなに自分で作る事にこだわるのか不思議に思っていたんだけど、これを食べた後だと納得するわ。他にも何か作れるの?」

「大抵のものは作れますよ。シチューにお魚のムニエル、肉じゃがも作れます」

「肉じゃがはよく知らないけど、アンタの作るのならきっと美味しいんだろうね」

「そりゃあシンデレラはいずれは大陸屈指の料理人になる子だからね。美味しいに決まっているよ」


 エミルが大げさに褒めてくれる。いくらなんでも褒めすぎだとは思うけど、それでも嬉しいことに変わりはない。


「ゴーテルも一度君の料理を食べればいいのにね。そうしたら考え方も変わるんじゃないかな」


 エミルの言う通り、ゴーテルさんだって美味しいものを食べたくないわけじゃないだろう。けど、それでもやっぱり難しいかもしれない。


「問題はどうやって食べさせるかね。ゴーテルは作らせてくれないし、作って持っていこうにもそんな事をしたら『何を勝手にやってるんだ』って言いそう。ましてやエミルが食材を運んできたなんて知ったら、食べるどことかどれだけ怒るか分かったもんじゃないわ」


 それは想像しただけで恐ろしい。きっと私やラプンツェルにはもちろん、エミルにだって理不尽に怒りをぶつけるに違いない。


「やっぱり、軽率な行動は控えておいた方が良いかな。ゴーテルをどう説得するかはおいおい考えるとして、とりあえず明日からも僕が昼間に食材を運んできて、ここで調理して皆で食べるってことで良い?」


 エミルの提案に、私とラプンツェルはそろって頷く。

 できれば早く全ての問題を解決したいのだけど、焦っても仕方がない。今はこうして料理が出来るようになっただけで十分だ。

 私達はその後もいろんな話をしながら残っていたオムライスを食べ、エミルはゴーテルさんが帰ってくる前に退散していったのだった。

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