シンデレラと塔の上の女の子 7

 朝起きて簡単な朝食をとった後に洗濯を始めるのが、私とラプンツェルの日課となっている。

 いつも洗濯を干すくらいになってようやくゴーテルさんが起きてくるけど、すぐに箒に乗ってどこかへ出かけてしまう。


 残された私達は手分けしてこの広い塔の掃除を行う。ゴーテルさんは普段は私達の掃除に口出しはしないけど、たまに機嫌が悪い時は埃が残っているところを見つけて、姑のようにネチネチと小言を言ってくるから普段から手は抜けずにいる。

 そんなこんなでお昼になった頃、村からこっそりやってきたエミルが私達の準備したロープを使って塔の窓から中へと入り、彼から貰った食材を使って私が三人分のご飯を作る。


 後はゴーテルさんが戻ってくる前に後片付けをして、エミルも帰っていくのだから、私達が隠れて料理をしていることがバレることは無かった。

 たまに食材が余ってしまう事はあったけど、そういう時は私が上手く隠すか、エミルに持って帰ってもらって何とかしていた。

 エミルは私を塔の外に出してもらえるようにと、根気強くゴーテルさんと交渉しているらしいけど、中々聞き入れてもらえないようだ。


『アンタのツレだった男もしつこいね。どうしてアンタなんかに拘るのかがアタシにはわからないよ。アイツくらいのイケメンなら女なんてとっかえひっかえだろうに』


 ある時ゴーテルさんがそう言ったのには流石にカチンときた。私のことを悪く言うのはともかく、エミルは女の子をとっかえひっかえなんてしないよ。だけど私が抗議するよりも先に、ラプンツェルがゴーテルさんの髪を引っ張るという実力行使の講義をしてくれた。


『自分がモテないからって、シンデレラに八つ当たりするんじゃない!』


 ゴーテルさんの発言はやっぱり許せなかったけど、ラプンツェルが私のために怒ってくれたのはなんだか嬉しくて、私達は一緒に過ごす間にどんどん仲良くなっていった。

 そんなこんながありながらも、私達の生活はだいぶ落ち着いてきた。

 本当は旅を続けなければいけないのだからここで落ち着いても困るのだけど。でも隠れてではあるけど料理は作れているのだし、これ以上欲張っても仕方がない。

 状況は進展しない代わりに大きな問題も起きない、そんな日々が続いていた。続いていたんだけど……


「不味いわね」


 深刻な顔をしながらラプンツェルが呟く。あ、不味いと言っても料理の味が悪いという意味じゃないから。

 一日の仕事を終えて後は寝るだけという時間になって、寝間着に着替えたラプンツェルは鏡に映った自身の姿を見て立ち尽くしていた。そしてショックを受けているのは私も同じだ。


「まさかこんな事になるだなんて、考えが足りませんでした。ごめんなさいラプンツェル」

「別にアンタが悪いって訳じゃないでしょ。けど、このままってわけにもいかないかな」


 私達がこうも悩んでいる理由はラプンツェルに、正確にはラプンツェルのおなかにあった。

 実はエミルのおかげで料理が作れるようになってからも、ゴーテルさんに怪しまれないようにと、用意された食事も私達はちゃんと食べていたのだ。その結果、ラプンツェルのおなかが出てきてしまうという事態になってしまったのだ。


「迂闊でした。単純に食べる量が増えれば太ってしまうのは当たり前なのに」

「アタシも油断したよ。アンタの作る料理が美味しいからって、つい食べ過ぎちゃったわ」


 料理を褒めてくれるのは嬉しいけど、その料理のせいで太らせてしまったなんて申し訳ない。その長い長い髪を切れば体重は軽くなるだろうけど、出てしまったお腹はどうすることもできない。ラプンツェルもお腹をさすりながら頭を悩ませている。


「そういえばさ、アンタもアタシと同じだけ食べているよね。その割にはアンタはちっとも太ってないんじゃないの?一人で運動しているわけでも無いし」


 ラプンツェルの言う通り、この塔にはスポーツジムもあるけれど、ダイエットの為にそこで体を動かしているというわけじゃない。では家事の際に動いているのかというとそれも違う。ありがたい事にラプンツェルは私だけに負担がかからないよう、家事をきっちり分担してくれているのだ。曰く、自分の方が家事苦手なのだから、ちゃんと決めてから始めないと私の方が仕事量が多くなるからだという。きっと根っこの性格は真面目なんだろうな。

 けど、だとすれば一体なぜ私だけが太っていないのか。


「実は、私は食べても太りにくい体質らしいの。いくら食べ歩きしても不思議と体重が増えないのよ」


 城下町で暮らしていた頃は与えられる食事の量が極端に少ない事もあった。けれど逆に旅を始めてからは、より多くの味を学ぶためにたくさんの物を食べる事も少なくはなかった。にもかかわらず、私の体重には何の変化も見られないのだ。


「どういうわけかいくら食べても太れないのよね。もうちょっと太った方が良いんじゃないかって言われたこともあるんだけど、どうやれば体重が増やせるのかが分からなくて……って、痛い痛い痛い!」


 思わず悲鳴を上げる。ラプンツェルが突如無言のまま私のこめかみに拳を当てて回し始めたのだ。それが終わったかと思うと、今度は両頬をつまんで引っ張られた。


「いふぁい、いふぁいれふらふんふぇふ」

「何言ってるのか全然わかんない!そして体重の増やし方が分からないなんてほざいているのはこの口か!」


 しまった、失言だった。

 ラプンツェルに思いっきり頬を引っ張られたけど、彼女を責めるわけにはいかない。太ってしまった女の子を前に太り難い体質だなんて無神経でした。


「で、でも私なんてまだ普通です。義姉さんなんて常人の数倍は物を食べますけど、その割には普通の体系です」

「何それ、羨ましい。まあとにかく、アタシはこのままなんて嫌だから。さっそく明日からダイエットを始めるわよ。手始めに家事の空いた時間にジムでも利用しよっと」

「それなら私もつきあいます。一人より二人の方がダイエットは成功するって聞いたことがありますし」

「アンタは痩せる必要は無いでしょ。まあ気持ちは有難く受け取っておくわ。問題はアンタの料理のほうね。元々食べ過ぎたのが原因なんだし、運動する以前に食生活を何とかした方が良いけど」


 確かにラプンツェルの言う通りだ。そもそも一応朝昼晩の食事はゴーテルさんが用意してくれているのだ。にもかかわらず私が料理を作りたいがために食事の回数が一回増えてしまっている。


「ゴーテルの用意してる昼食を食べずにおく?こっそり捨てればバレないだろうし」


 ラプンツェルはそう言ったけど、私は即座に反対した。


「そんなのダメです。例えいかなる理由があろうとも、食べ物を粗末にしてはいけないんです!」

「そう?それじゃあ、明日からアタシだけアンタの料理は食べない。アンタは食べても太らないし、エミルは私達と違って他に何か食べてるわけじゃないんだろうから、食べても問題ないでしょ」


 確かにその通り。ラプンツェルに食べてもらえなくなってしまうのは残念だけど、これは仕方がない。そう思ったけど……


「いや、ちょっと待てよ。となるとアタシがゴーテルの用意した味気ない昼食を食べてる横で、アンタらが美味しいランチを食べるってことだよね。ダメだ、とても我慢できる気がしないわ」


 これまた確かにその通り。目の前で美味しそうに食べる姿を見せられたラプンツェルはたまったのんじゃないだろう。私だってそんな形でダイエットの邪魔をしたくは無い。


「じゃあどうする?アンタがゴーテルの用意した昼食、二人分食べちゃう?それでいて自作の料理は今まで通り三人で食べる。アンタはどうせ食べても太らないんでしょ」

「確かにそうかもしれませんが、とても食べきれません。合計三食分なんて絶対に無理です」


 これは太るかどうか以前の問題だ。しかしそうなると、いよいよもって打つ手が無くなってくる。


「やっぱり、しばらく料理をお休みするしかないのでしょうか?」


 それが一番無難な考えだろう。食事量さえ元に戻せばラプンツェルはすぐに元の体系に戻るだろうし、やっぱりここは私が我慢するしかない。


「でも、アンタは平気なの?料理を作るのが生き甲斐なんでしょ」

「それでも、こうなっては仕方がありません。また夜中に包丁で千切りの動きをしたり、空っぽのお鍋をかき混ぜたり、寝言でレシピを言う事があるかもしれませんが、気にしないで下さい」

「気にするわ!けどダイエットはしたいし、どうしたもんかねえ」


 二人であれこれ悩んだけど、良い案は浮かんでこない。結局しばらくの間料理はお休みするという事で落ち着くしかなく、また料理を作れない日々に逆戻りしなければならない事に、私は胸を痛めるのだった。

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