シンデレラと塔の上の女の子 8

 料理を再び封印すると決めた次の日のお昼、まだ事情を話していないエミルがいつものように塔へとやってきた。


「え、それじゃあしばらく料理は作らないの?」


 私は無言で頷き、横にいるラプンツェルは顔を背けている。経緯を説明するにあたり、ラプンツェルが太ってしまったことをエミルに言うしかなかったけど、やっぱり彼女も女の子。太ったことを知られてしまうのは恥ずかしかったようだ。


「まあ、頑張ればすぐに痩せれるって。以前の生活に戻ればいいんだし、運動もするからそう時間は掛からないよ」


 大きな声で明るく振る舞うラプンツェル。彼女がダイエットに成功して再び料理が出来るようになった時は、太り難い料理を作ろうと心の中で誓う。


「そう言う事なら仕方がないけど、シンデレラは平気なの?また料理欠乏症になったりしない?」

「きっと大丈夫よ。少しくらいなら我慢できるわ」


 そうは言ったけど、エミルは依然心配そうに私を見る。何よりも料理を優先する私の性格を知っているのだから無理もないかな。ちょっと強がっているのも事実だし。


「ねえ、料理ができないのがそんなに辛いなら、やっぱり無理せず作っておく?アンタ達が食べている時、アタシは別の部屋にでも行ってるから。隣で美味しい物を食べていたら気になるけど、それなら我慢できると思うし」

「気持ちは嬉しいですけど、それはどうかと……」


 ラプンツェルから言い出した事ではあるけど、それだと何だか彼女を追い出すみたいで気が引ける。元々料理がしたいというのは私の我儘なんだし、その為にラプンツェルに気を使わせるわけにはいかない。


「本当に大丈夫だから。少しの間料理を封印するくらい、何てことないわ」


 ラプンツェルに心配を掛けまいと、わざと明るい声を出す。だけど。


「嘘ね」

「嘘だね」


 ラプンツェル、そしてエミルも揃ってそんな事を言う。


「アンタ昨日言ってたじゃない。夜中に包丁を振るったり寝言でレシピを言ったりするかもって。以前は実際そうしてたしね」

「で、でもそれだけですよ。寝言でレシピを言うくらい良いじゃないですか。四六時中延々とレシピを言い続けるわけじゃないのですし」

「もしそうなったら即病院行きね。ていうかアンタ、実際にそうなった事あるの?」

「だいぶ前に一度だけ」


 まだエミルとも出会って無い頃、町が飢饉に見舞われて、長い間まともに料理を作れないことがあった。その時の私は目の焦点が合わず、まるで何かにとりつかれたようにレシピや料理の名前をブツブツと呟いていたと、継母がドン引きしながらも教えてくれた。

 私自身はその時のことをよく覚えていないのだけど。どうやらショックが大きすぎて、記憶が飛んでいるらしい。


「全然安心できないね。そもそもシンデレラ、君は前にこの塔から飛び降りてでも料理をしに行くとか言って無かった?」

「あ、あれはストレスでおかしくなっていただけだから。今は平気よ」

「だけど料理を封印したらまたおかしくなっちゃうんじゃないの。失礼なのは承知で言うけど、君は料理の事となると常軌を逸するからね。どんな奇行に走るか分からないから、僕の方が心配になるよ」


 本当に失礼な事を言ってくる。いったいエミルは私を何だと思っているのだろうか。


「酷いよ!私ってそんなに信用ならない?」

「これに関しては全く」

「アタシも同感。もうダイエットは勝手にやるから、アンタも気にせず料理をすると良いよ」


 そうは言うけど、やっぱりラプンツェルを放っておく気にはなれない。けど二人の言う通り、私も内心やはり料理は続けたいと思っている。

 どうにかしてラプンツェルのダイエットと私の料理を両立させる方法は無いだろうか。


 ここは一つダイエットメニューでも考えてみるというのは……いや、ゴーテルさんが用意した食事はどの道食べなきゃいけないのだから、そもそもの食べる量はやはり多くなる。それではダイエットメニューの効果もあまり期待できないだろう。


「何か、何かいい方法は……」


 頭に手を当てながらうんうんと考える。するとそんな私を見ていたエミルがふと思いついたように言ってきた。


「ちょっと考えたんだけど、シンデレラが料理を作って、それを僕が持って帰るのはどうかな。民宿に戻ってそこの皆で食べればいいんだし」

「民宿ってことは、私の両親と食べるの?」


 意外な提案にラプンツェルは驚き、エミルがこっくりと頷く。


「シンデレラが攫われてから、あの人達もだいぶ心配していたからね。料理を持って行ったら元気でやっているってわかって安心してくれるかも」


 確かにそうかもしれない。それにその方法ならラプンツェルの目の前で食べることも無いから、ダイエットの妨げにはならないだろう。

 そしてエミルはさらに言葉を続けた。


「どうせならラプンツェルも作ってみたらどうかな。そうしたらきっと君のご両親も喜ぶよ」

「私が?」


 ラプンツェルが目を丸くする。だけど、それは良い考えだ。


「やりましょうよラプンツェル。きっとお父さんやお母さんも喜んでくれますよ」

「そうかな?けど、アタシは料理なんてした事無いし。絶対にシンデレラみたいに上手くは作れないって」

「大丈夫です、私も責任もって手伝いますから。ラプンツェルは自分の手料理をご両親に食べさせたくはないんですか?」

「それはまあ……やぶさかではないかな」


 ラプンツェルは恥ずかしそうにしていたけど、やがて納得したように息をついた。


「それじゃあ、そこまで言うならいっちょ作ってみますか。言っておくけど、不味い物が出来ても知らないからね」


 ラプンツェルはそう言ったけどどこか嬉しそうで、私はそんな彼女と料理が作れると思うとなんだか嬉しくなってきた。


「じゃあどうする?今日頼まれていた分の材料は持って来てあるけど、今から作る?」

「そうねえ。今日はラプンツェルの両親が昼食を済ませているかもしれないし、できれば出来立てを持って行ってもらいたいから、明日の方が良いかな。明日エミルが来る頃に作っておくから、それを届けてもらえる?ラプンツェルもそれで良い?」

「アタシは構わないよ。けど、作るなら簡単な物ね。前にやっていた魚の三枚下ろしなんかはできる気がしないし」


 確かに料理をするのが初めてなら簡単な物の方が良いだろう。私は手元にある材料から何を作れば良いかを考え、この日はこのままお開きとなった。

 それにしても、ラプンツェルが料理を作ったら、ご両親はさぞかし喜ぶ事だろう。私はその姿を想像し、料理をするのが今から楽しみになってきた。

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