シンデレラと塔の上の女の子 9
ラプンツェルが料理をすると決まった日の夜、私達は自室で寝る準備をしていた。
今日ラプンツェルは掃除を終えた後、ダイエットの為に体を動かしていたから、何だか今はとても眠たそうにしている。
「疲れたー、お風呂に入ってる時なんて、疲れでそのまま眠っちゃうところだったよ」
「お疲れ様です。だけど効果はあるみたいですよ。何だかほっそりしてきた気がします」
「そんなにすぐには効果は無いって。さて、明日に備えて今日はもう寝るとしますか」
ラプンツェルがベッドに入ろうとした時、不意に部屋のドアが勢いよく開いた。
「お前達、アタシの帽子がどこにあるか知らないか?」
そう言いながらゴーテルさんが入ってきた。もう見慣れた光景だけどラプンツェルは嫌そうな顔をする。
「だから部屋に入ってくる時はノックをしなって何度も言ってるじゃん。歳とってボケて、覚えられなくなってるんじゃないの?」
「お前は本当に口の悪い子だねえ、いったい誰に似たんだか。まあそれより今は帽子だね。アンタ達は一体どこに片づけたんだい?」
どこにって……私とラプンツェルは顔を見合わせた後、揃ってゴーテルさんの頭を指さした。お探しの帽子は、貴女がかぶっていますよ。
「おや、こんなところにあったのかい。全然気が付かなかったよ」
「本当にボケてるんじゃないの?あと、室内で帽子をかぶっていたらハゲるよ」
「そんなものはただの迷信さ。いいからアンタはもう寝てしまいな」
自分から訪ねてきたというのにゴーテルさんはそんな事を言う。だけどラプンツェルの方も五月蠅そうに手で空を払いながら、追い払おうとするそぶりを見せる。
「今から寝る所だから早く行った行った。アンタがいたら眠れやしないからね」
「言われなくても出て行ってやるよ……ちょっと待てラプンツェル、何だいそのお腹は?」
ゴーテルさんが目を見開いた。その視線の先には膨らんだラプンツェルのお腹がある。昼間は気が付いていなかったみたいだけど、就寝前で薄着になっていたため目についたようだ。
「何てみっともないお腹だ。自己管理がなってない証拠だよ」
「うっさい。太っちゃった問は仕方がないでしょ。こんなお腹すぐに引っ込ませてやるんでやるんだから、グダグダ言わない」
「そう簡単に痩せれやしないよ」
「頑張って痩せるの!だいたいアタシが太ろうがあんたには関係ないでしょ!さっさと出て行け」
開き直ったラプンツェルを前に、ゴーテルさんはそれ以上何か言う気にもなれなかったらしく、そのまま部屋を出てこうとする。
「お休みなさいゴーテルさん」
「ああ、お休み……まてよ」
何を思ったのかゴーテルさんは急に足を止め、くるりっとこちらを振り返った。
「おかしいじゃないか。食べる量が増えたわけでも無いのに、どうして急に太ったりしたんだい?」
ギク。私達の背中に嫌な汗が流れる。
「そういえばシンデレラ。アンタ前は毎日のように料理を作らせてくれって五月蠅かったのに、最近はちっとも言ってこないじゃないか」
「それは……毎日うるさく言ってたらゴーテルさんにも悪いので……」
「嘘を言いな!さてはアンタ 等、アタシの言いつけを破ってこっそり料理を作って食べているね」
鋭い。核心を突かれた私は思わず目を逸らした。こういう態度をとると余計に疑われるような気もしたけど、怒っているゴーテルさんとはとても目を合わせられない。一方ラプンツェルは毅然とした態度を崩していない。
「どこにそんな証拠があるって言うのよ!変な言いがかりはしないでよね!」
「それじゃあどうしてアンタは急に太ったりしたんだい?」
「シンデレラが来て生活が変わったから、そのせいじゃないの?料理をしてるって言うならちゃんとした証拠を見せてよね」
本当はゴーテルさんの言った通りこっそり作って食べていたのだけど、ラプンツェルはまるで本当に身に覚えが無いかないかのように言い放った。それを見てゴーテルさんも言葉に詰まる。
「ご、誤魔化そうたって無駄だよ。待ってな、すぐに証拠を見つけてやるよ」
そう言ってゴーテルさんは部屋の冷蔵庫の扉に手をかける。
それでもラプンツェルはいたって平気そうだ。いつも証拠が残らないように隠しているし、ちょっとくらい痕跡があったとしても誤魔化しきれる。そういう自信があればこそのその態度だ。だけど、反対に私の心臓は縮み上がっていた。
ゴーテルさんが冷蔵庫を開ける。本来ならこの部屋の冷蔵庫には入っていても飲み物くらい。しかし、その中を見たゴーテルさんは笑いながら振り返った。
「見つけたよ、動かぬ証拠をね」
その勝ち誇ったような態度に、ラプンツェルの表情が一瞬崩れる。けれどすぐにまた鋭い目でゴーテルさんを睨みつけた。
「何よ証拠って、そんな物あるわけないじゃん」
「ええい、この期に及んでまだ白を切るきかい?こいつを見な!」
そう言ってゴーテルさんが取り出したのは一つのボウル。たっぷりとフレンチ液が入っていて、その中にカットされたフランスパンが数枚浸かった、どう見ても料理の工程の途中としか言いようのないものだった。
「はあ?いったい何でそんな物が?」
予期せぬ物体の出現によりラプンツェルは目を丸くする。私はそんなラプンツェルの耳元で気まずい気持ちを我慢して囁いた。
「ごめんなさい。アレは私が用意したものです」
「アンタが?まあ薄々そうじゃないかと思っていたけど、何で」
「明日のお昼にフレンチトーストを作ろうかと思って。フレンチ液にパンを浸しておけば後は焼くだけですから、ラプンツェルに焼いてもらおうと思っていたんです」
「アンタバカでしょ!あんな言い逃れが出来ない物を用意して、見つかるとか考えなかったわけ?だいたい何で今から準備してるのよバカ。明日の昼に作れば良いじゃん」
「だって、今のうちにパンを浸していた方がフレンチ液がしみ込んで美味しいんだもの」
「だからってこんな不用心な真似をするなバカ―!」
最初はコソコソ話していたけれどいつの間にか大声で罵倒されている。そんなに何度もバカバカ言わなくても。
けど、やらかしてしまったのは私なのだから文句は言えない。
「ああー、こんな事なら下ごしらえなんてするんじゃなかった。電子レンジを使えばすぐにパンにフレンチ液をしみ込ませることもできたのに」
「何やってんのよバカ―!危ない真似をしなくても良かったじゃないの!」
面目次第もございません。これではもはや言い逃れは不可能。何よりさっき私達は大声で核心を突くことを言ってしまっているから、当然ゴーテルさんにも聞こえているはず。恐る恐る見ると、ゴーテルさんは冷たい目で私達を睨んでいる。
「さて、これであんた等がアタシのいう事を聞かずに料理をした事は確かだね。だけど不思議だねえ。いったいどうやってこれらの材料を用意したんだい?まさか、誰かがこっそりこの塔に運んできたとか?」
やっぱりゴーテルさんは鋭かった。的を射た推理に思わず動揺する。するとそれが顔に出てしまったのか、私を見ていたゴーテルさんがニタっと笑った。
「やっぱりそう言う事なんだね。運んできたのは大方あのエミルとか言う小僧だろう。しかし、アタシに逆らうとはいい度胸だ。さて、いったいどんな罰を与えてやろうかね」
そんな、エミルはただ私の我儘を聞いてくれただけなのに。焦った私は、急いで床に膝をついて懇願する。
「エミルは悪くないんです。私はどんな罰でも受けますから、どうかエミルには手を出さないで下さい」
エミルを見逃してくれるのなら、どんなキツイ罰でも受けても良い。だけどゴーテルさんはそんな私を怒鳴りつける。
「バカ言うんじゃないよ!お前が罰を受けるのは当たり前だ!あの小僧も、知っていて隠していたラプンツェルも同罪だよ!」
エミルだけでなくラプンツェルまで。悲痛な思いのまま顔を上げると、ゴーテルさんから守るようにラプンツェルが私の前に立った。
「ヤバいよ。ゴーテルは今まで制約があったからアタシ達を攻撃できなかったんだ。だけど先に決まりを破ったのはこっち。今なら遠慮なく手を出せるはずだよ」
普段は物怖じしないラプンツェルだけど、今は緊張の色が見える。それでも彼女は圧倒されまいと大きな声を上げた。
「アタシ達をどうする気?勝手に塔に閉じ込めたくせに、ちょっと言う事を聞かなかったら殺すっていうの?」
「殺す?そんなことはしないよ。だけど後悔はさせてやる。特にラプンツェル、アンタは最近まで家事もろくにできないくせに暴力的だったから、いつか痛い目に合わせえてやろうと思っていたんだよ」
「何よそれ、理不尽すぎる。だったらさっさと追い出せばよかったじゃない!アタシだって好きでここに閉じ込められていたんじゃ無いっての!」
まったくもってラプンツェルの言う通り。全ては一度手にしたものは何であろうと手放そうとしないゴーテルさんの面倒な性格が招いた結果だろう。だけど当の本人はラプンツェルの訴えを聞いても五月蠅そうにするばかり。
「ええい黙れ!アタシはなめられるのが大嫌いなんだよ。目を盗んで男を塔に入れたり勝手に料理を作ったり。もう許さない、そのフレンチトーストも後でごみ箱に捨ててやるよ」
まさかフレンチトーストまで捨てるだなんて。どうかそれだけはやめて!
「ふざけるんじゃないわよ!それはアタシが初めて作る料理なんだから、勝手な事をすんな!」
私が抗議するよりも先にラプンツェルが声を上げる。
「アタシが今までアンタに逆らった事があった?そりゃあムカついてぶん殴ったり蹴っ飛ばしたり、箒を振り上げて追い掛け回したりしたこともあったけど、言う事はちゃんと聞いてたじゃない。それが一回約束を破っただけで何よ。親に料理を作ってあげるのがそんなにいけないのっ?」
ラプンツェル。よほどご両親の為に料理を作ってあげたかったんだね。切実に思いを訴える彼女の健気な姿に心を撃たれる。
「やかましい!アタシには暴力をふるっておいてよくそんな図々しことが言えたもんだね。あんた、さっき好きでここにいたんじゃ無いって言っていたね?だったらもういい、そんなに外に出たければ出してやるよ!」
そう言ってゴーテルさんはどこからか杖を取り出し、それを振るった。すると杖柄の先から眩しい光が発せられ、私もラプンツェルも目を開けていられなくなる。
「アタシに逆らったことを後悔するんだね。あの小僧にも後でちゃんと罰を与えてやるから、楽しみにしてな!」
エミルに何をする気?そう叫ぼうとしたけれど、不思議と声が出ない。それどころか、段々意識も遠のいていく。
(お願いエミル、無事でいて)
白い光に包まれながら意識を失う時、私が最後に考えたのはそんな事だった。
どれくらい眠っていただろうか。冷たい夜風に体を震わせながら、私は目を覚ました。
何だか辺りはやけに暗い。弱いけど風が吹いているし、どうやらここは外のようだ。けど、いったいどこなのだろう。
ぼんやりとした頭のまま目をこすると、すぐそばにラプンツェルが倒れている事に気が付き、慌てて彼女に駆け寄った。
「ラプンツェル、ラプンツェル起きて」
「う~ん、もう食べられないよ~」
「そんなベタな寝言なんて言わなくていいから、早く目を覚まして」
まあこんな暢気な寝言が言えるという事は、怪我はしていないだろう。少しホッとしていると、ラプンツェルの目がうっすらと開いた。
「あれ、シンデレラ?アタシ達は確かゴーテルに魔法でやられて、その後どうなったんだっけ?ってかここドコ?」
そんな事は私が聞きたい。どうやら外だという事は間違いなさうだけど。
暗闇の中で必死に目を凝らしていると星や月の明かりに照らされて、段々と周りの様子が分かってきた。
だけどそれと同時に呆然とする。私達が眠っていたのは辺りに何も無い、広い荒野のど真ん中だったのだ。
「本当にここドコよ?家も何も無いじゃない」
ラプンツェルが悲痛な声を上げる。おそらくだけど、私達はゴーテルさんの手によってどこか遠くに捨てられたのではないだろうか。きっとこれが私達に課せられた罰なのだろう。
「エミル……」
不安な気持ちに襲われる中、私は彼の名前を口にした。
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