シンデレラと塔の上の女の子 10

 もうすっかり通いなれた塔へと続く道を、今日も僕は一人歩いて行く。

 シンデレラが塔に攫われてからどれくらい経つだろうか?本当はすぐにでも連れて帰りたいんだけど、再三の呼びかけにも関わらず、ゴーテルは話すら聞こうとしない。


 いっそ危険を冒してでも外に連れ出した方が良いんじゃないかとも考えたけど、だとしてもそれを実行するのは今日ではない。何せ今日はシンデレラとラプンツェルが作った料理を、ラプンツェルの両親の元に届けるという大事な使命があるのだから。

 この話を聞いたラプンツェルの両親はとても喜んでくれて、例え会えなくてもラプンツェルの事を愛しているのだと実感した。

 そんな二人の様子を思い出しながら歩いていると、やがて民家の数が少なくなっていき、代わりに塔が見えてきた。


 塔の下まで行くと念の為当たりの様子を窺いながら、上にいるであろうシンデレラとラプンツェルに向かって声を上げる。


「シンデレラ―、ラプンツェル―!塔を登るから、ロープを垂らしてくれないかー!」


 この呼びかけもすっかり定番となっている。ほどなくして塔の上の方にある窓からロープが垂らされ、僕はそれに手をかけた。

 ロープを登りながらシンデレラの事を考える。昨日は一度料理を封印しようとしていたけど、そうならなくて良かった。やっぱり彼女は料理をしている瞬間が一番輝いているのだから。

 少しは僕の事も見てほしいというのはこの際置いといて、塔を登り切った僕は窓枠に足をかけた。


「おはようシンデレラ、ラプンツェル。料理を預かりに……」


 来たよ……と言おうとしたけれど、それ以上言葉が出てこなかった。

 部屋の中にはいつものようにシンデレラとラプンツェルがいて出迎えてくれるものと思っていた。だけど実際は違う。

 そこにはゴーテルが椅子に腰かけ、ニタニタと笑いながらこっちを見ていたのだ。


「ゴーテル、どうしてお前が?」


 その問いに意味なんて無い。ゴーテルがこうして待っていた以上、僕等がこっそり会っていた事がバレてしまったのは明白だった。


「シンデレラじゃなくて悪かったね。行儀の悪い色男さん。窓から出入りするだなんて、躾がなってないよ」


 窓から出入りしているのは貴女も同じでしょう。そう思いながらも何も言わずに、足をかけていた窓から降りて部屋の中へ入った。


「忍び込んだ無礼はお詫びします。ですが――」


 そこで言葉を切り、次の瞬間には腰に差していた剣を抜いて、ゴーテルの喉元に突き付けた。


「シンデレラとラプンツェルはどこだ?」


 いきなり手荒な真似をしているという自覚はある。だけど相手は卑劣な手を使って人を攫う魔女。命に背いたシンデレラとラプンツェルが無事である保証はない。となると今は力尽くでもゴーテルを押さえ、二人の居場所を聞き出す必要がある。

 しかしゴーテルは状況が分かっていないのか、暢気な口調のまま喋り始めた。


「話し合いもせずに剣を突き付けるなんて、ずいぶん思い切ったことをするねえ」

「貴女の魔法の力は先日思い知らされましたからね。なりふり構ってられないんですよ」

「分かってるじゃないか。だけど、これでアタシを抑えたつもりかい?」

 そう言ってゴーテルは杖を……振るう前に、僕は突き付けていた剣の腹を彼女の首に押し当てた。

「動かないで下さい。貴女が杖を振るうよりも、僕が貴方の首をはねる方が早いですよ」


 流石にこの距離なら負けはしない。だけど依然としてゴーテルは余裕の表情だ。

「なるほど、確かに喉に剣を突き付けれられていたんじゃどうしようもないね。突き付けられていたなら……ね」


 そう言ったかと思うと、目の前にあったゴーテルの姿がぐにゃりと歪んだ。確かにそこにあったゴーテルの姿が消え、突き付けていた剣が空を切る。

 今まで見えていたゴーテルの姿は魔法で作り出した幻覚だった。そう気づいた時、全身を激しい痺れが襲った。


「うわっ」


 全身に力が入らず、立っていることもままならない。持っていた剣が落ち、膝が崩れて床に倒れ込む中、背後に気配を感じた。


「ゴーテル、何をした?」


 背後に歩み寄ってきたゴーテルを睨む。今度は本物だろうけど、抵抗しようにも体に力が入らない。ゴーテルはそんな僕を笑いながら見下ろす。


「ちょっとした攻撃魔法をぶつけてやったのさ。死にはしないだろうけど、当分の間は動けないよ。アンタ、剣の腕は良いみたいだけど魔法の方はからきしだね。まるで対策が出来ちゃいないよ」


 悔しいけど彼女の言う通り。生憎僕は魔法の才能もないし、対抗策も持ってはいない。だからと言ってここで諦めるわけにはいかない。必死の思いで落とした剣に手を上そうともがく。


「まだ動けるのかい?大したものだねえ。けど、そんな状態じゃどうにもならないよ」


 そう言ってゴーテルは僕の手を踏みつける。振り払おうにも力は入らず、もはやなす術も無い。


「さあて、アンタはアタシに無断でこの塔に入ったんだ。ちゃんと罰を受けてもらうよ」


 ゴーテルのしわがれた声が響く。

 何だか意識が遠のいてきた。視界が歪み、ゴーテルの声もだんだんと遠くなっているような錯覚に落ちる。

 僕は意識を失っていった。









 ……ここは、どこだ?


 まどろみをどうにか振り払い、横になっていた体を起こす。意識を失う前に感じていた痺れや痛みはもう感じない。ただ、体はやけに怠い。

 それでもこのまま何もしないわけにはいかない。辺りをよく見ると、ここは森の中。だけど何となく見覚えがある。


(そうだ、ここは村に来る途中に通った森じゃないか)


 後ろを振り返ると、木々の間に湖があった。たしかシンデレラと二人でこの湖のほとりで昼食をとったのだ。だけど、どうしてこんなところで寝ていたのだろう。ゴーテルの事だから外に放り出すだけでなく、もっと酷い事をしても不思議じゃないのに。

 そう思った瞬間、どこからかゴーテルの声が聞こえてきた。


「お目覚めかいエミル。ずいぶん気持ちよさそうに眠っていたけど、目覚めない方が幸せだったんじゃないのか?」

「ゴーテル、どこにいる?」


 慌てて辺りを見回したけど、ゴーテルの姿は見えない。声だけが森の中に響き、聞こえてくる方向すら定まらない。それでも僕はゴーテルに向かって叫んだ。


「姿は見せなくても良い。シンデレラとラプンツェルがどこにいるかだけ教えろ!」

「それが人にものを尋ねる奴の態度かい?まあいい、教えてやるよ」


 ゴーテルの返答に驚く。あの性悪魔女がそんな簡単に二人の居場所を教えてくれるとは思えない。


(もしかして罠?いや、たとえ罠だとしても何かヒントにはなるかも。とにかく話を聞いてみよう)


 疑いながらもゴーテルの声に耳を傾ける。


「あいつらは遥か西の荒野に捨ててきてやった。運が良ければ生きているだろうから、会いに行ってみるかい?もっとも、あいつらが今のお前を受け入れてくれるかどうかは分からないけどね」

「どういう事だ?」


 僕は叫んだけど、返事は帰ってこない。やがて森は静まり返り、微かに感じていたゴーテルの気配も消えた。どうやらもう退散してしまったようだ。


(西の荒野にいるというのは本当かな?それに、僕を受け入れるか分からないってどういうことだ?)


 考えてみても始まらない、とにかく動かないと。

 まずはどうしよう。いったん民宿に戻ってラプンツェルの両親に何があったかを報告した方が良いかな。二人ともラプンツェルの料理を楽しみにしていたから、こんな事になってしまって心が痛む。

 それでもやはりちゃんと話しておかないと。そう思いながら歩こうとした時、無性に喉が渇いている事に気が付いた。


(だいぶ眠っていたみたいだからな。少し水を飲もう)


 できる事なら一刻も早く行動を起こしたいけど、この渇きには勝てそうにない。近くの湖の傍に行き、水を飲もうと顔と手を近づける。けど……


「えっ?」


 思わず声が漏れる。

 目の前にあるものが…いや、水面に映ったそれが何なのか分からず、水を飲むのも忘れて固まってしまう。


「まさか……」


 そっと自分の頬に手を当てる。そこにあったのはいつも感じているような自身の肌の温度ではない。ぬるっとした独特の感触が手に伝わってくる。

 自分が置かれている状況が理解できない。いや、理解したくないのだ。湖に映っている自分の顔を見て、思わず声を漏らす。


「……カエル」


 映っていたのはカエルの姿。大きさこそ人間のそれだけど、それはどう見ても醜いカエルだった。

 試しに右手を上げてみると、それに合わせて水面のカエルも手を動かす。左手も動かしてみたけど、やはり結果は変わらない。


「これが、魔女の言っていた罰という事か……」


 絶望が襲う。ゴーテルの魔法で変えられてしまったのだ、カエルの姿に。突き付けられた現実を受け止めきれずに、僕はそのまま湖のほとりに呆然と立ち尽くした。



                  シンデレラと塔の上の女の子  終

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