シンデレラと塔の上の女の子 3
突如響いた声に、私もエミルも旦那さんも思わず身構える。
いったいどこから喋っているのか。そう思った瞬間、玄関のドアが勢いよく開いて、部屋の家の中を突風が駆け抜けた。
(何これ、強い風)
あまりの風に思わず目をつぶる。やがて風が収まったのを感じ、ゆっくりと瞼を開けると、いつの間に中に入ってきたのか。そこには箒を手にした、ノヂシャ畑でお婆さんの姿があった。
「塔の魔女ゴーテル⁉」
お婆さんを目にした旦那さんの顔色が変わる。どうやらこのお婆さんが、さっき話に出てきた塔の魔女でまちがいないようだ。
(箒に乗って飛んできたのかな。ゴーテルさん、本当に魔女だったんだ)
今更ながらそんな事を考えていると、エミルがサッと私の前に立った。私を守ろうとしてくれているようだけど、ゴーテルさんはまるでエミルの事など見えていないかのように後ろにいる私に声をかけてくる。
「ノヂシャは美味しかったかい?」
ゴーテルさんの声にビクッと体を震わせる。私が何も言えないままエミルの背中に隠れていると、代わりにエミルがゴーテルさんに言う。
「ノヂシャはまだ一口も食べちゃいない。あれは全部貴女にお返しします」
ノヂシャを全部返せば手出しする理由が無くなる。そう考えて言ったのだろうけど、ゴーテルさんは笑い声を上げた。
「何を言っているんだい。今更返品なんて受け付けるわな無いだろう。あれはクーリングオフ対象外さ」
「無茶苦茶を言いますね。返せないのは良いとしても、シンデレラに何か要求するつもりじゃないでしょうね。言っておきますけどノヂシャを貰った時、貴女は彼女に何も要求をしてきませんでした。後から対価を求めるのは詐欺ですよ」
エミルの言っている事は全くの正論。だけど、この人はそんな物が通じる相手では無かった。
「ノヂシャを貰った事には違いないさね。魔女の取引と言うのは騙しや後だし、何でもありなんだよ。シンデレラと言ったね、アンタはアタシに従ってもらうよ」
「彼女をどうする気?」
エミルが腰の剣に手をかける。魔女の強引な手段に、私も黙ってはいられない。
「もしかして、ノヂシャのカタにどこかに売り飛ばす気ですか?そんなの嫌です」
前に読んだ東の国の本に書いてあった。父親がサイコロ賭博で作った借金のカタに、娘がジョロウとかい言うのにさせられるという話を。私も同じようにされるのかとビクビクしていると。
「何も売り飛ばそうとは思っちゃいないよ。ちょっと働いてもらいたいだけさ」
「働く?お料理なら自信がありますけど」
前に森の魔女のお菓子の家を造ったようにお菓子、または料理を作るよう言われるのだろうか。それなら場合によっては引き受けても構わないけど。
「料理?そんなのも求めちゃいないよ。食い物なんてスーパーの総菜やコンビニ弁当があれば作る必要なんてないだろ。自分で作るなんて時間の無駄だよ」
「な、何てことを言うんですか!」
思わず声をあげる。
「スーパーやコンビニのお弁当が悪いとは言いません。多少コスパは悪いかもしれませんが、簡単に食事が用意できるのは良いことです。最近のコンビニレトルトなんかは驚くほど美味しいのもあります。ですが、台所で作る出来立ての料理にはそれにはない良さがあるのも事実です。貴女が必要としないと言うのなら仕方がありませんが、時間の無駄と言うのは言いすぎです。取り消してください!」
隠れていたエミルの背後から出てきてゴーテルさんに詰めよろうと前に出る…出ようとしたけど、そんな私の手をエミルががっしりと掴んだ。
「シンデレラ。気持ちは分かるけど、相手は危険な魔女だから。今回ばかりはちゃんと後ろに隠れていようね」
「あ、そうだった。ゴメン」
困った顔のエミルに謝りながら、再び彼の背後に隠れる。するとそれまで黙っていた旦那さんがゴーテルさんに向かって言った。
「ゴーテル、私達の娘は無事なのか」
ずっと娘さんの事が心配だったのだろう。図らずも対面したゴーテルさんに問いかける。
「ああ、あんた等の娘なら元気でやっているよ。生憎役には立っていないけどね。そのせいで今回わざわざこんな手間を……」
何やらブツブツ言っている。よく聞こえないけど、どうやらご夫婦の娘さんが元気なのは確かなようだ。
「それにしても。新たにノヂシャを渡した娘が、まさかお前の家にやっかいになっているとはね。どうやらお前とは縁があるみたいだねえ」
「何が縁だ。私達の娘だけでは飽き足らず、この子まで攫う気じゃないだろうな」
ご主人が怒りをぶつける。だけどゴーテルさんはそんなご主人の神経を逆なでするかのように笑う。
「もちろんそのつもりだよ。そいつにはアンタの娘と同じように召使になってもらう。一生ね」
「なっ!」
「何ですか一生って。あれだけのノヂシャで、どうして人生を捧げなきゃいけない!」
ご主人が驚き、エミルは鋭い目でゴーテルさんを睨みつける。
「あの、私からも質問してもよろしいでしょうか?」
「何だい、何でも答えてやるよ」
「ゴーテルさんは料理は時間の無駄だっておっしゃっていましたけど、それならどうしてノヂシャを育てているんですか?料理しないと食べれませんよね」
「は?」
ゴーテルさんが目を丸くした。いや、ゴーテルさんだけでなく、さっきまで怒っていたご主人もハトが豆鉄砲を食らったような顔で私を見ている。話の流れを完全に変えてしまったのだから当然かもしれないけど。
「シンデレラ、どうして今それを聞くの?」
「だって気になったんだもん」
ノヂシャは料理しないと食べられないけど料理はしない。なら何の為にノヂシャを育てているのだろうか。まずはその謎を解いておかないと、話が頭に入ってきそうにない。
「アンタ、わざわざそんな事を聞きたいのかい?」
ゴーテルさんが呆れた顔をする。どうやら完全に予想外の問いかけだったらしい。
「はい。どうしても気になるんです、教えて下さい。何でも答えるって言いましたよね」
「確かに言ったけど……ああ、面倒な子だねえ。あのノヂシャは誰かと契約を結ぶ時の触媒に使うのさ。ノヂシャには魔法がかかっていて、受け取った相手はアタシの言う事を聞かなければならない。もし拒んだらアタシは魔法を使って実力行使も出来るのさ」
「魔法を使っての実力行使?それって、火や水を出して無理やりゆう事を利かせるってことですか?それなら、わざわざノヂシャを渡さなくても問答無用でやればいいんじゃ」
「魔女にはいろんな制約があるんだよ。アタシの場合、自己防衛の為とか、自分のテリトリー内に入ってきた奴相手にしか魔法の力は行使できないんだよ。だけどノヂシャの契約があればそれが出来る。この家の娘や、これからアンタを攫っていくのだって、実力行使の権利が与えられたから出来る事なんだよ」
そうだったのか。私のような一般人からすれば何でもありの魔法でも、何やらいろんな制限があるようだ。
「この制限があるから大変だよ。中にはノヂシャを見た奴が食べたくてたまらなくなる魔法をかけた、特殊なノヂシャも栽培しているよ。生憎作るのが難しく、十七年前に作ったきりだけどね。アンタは普通のノヂシャでも貰ってくれて助かったよ。どうだい、これで納得したかい」
「はい。ですが、あんな立派なノヂシャなんですから、やっぱり少しは自分で食べた方が良いですよ。何なら私が料理しましょうか?」
「余計な御世話だよ。アレは自分で食べるために作ったんじゃないんだから」
ええー、美味しそうなのに勿体無い。私達がそんな話をしていると、蚊帳の外だった旦那さんとエミルが痺れを切らした。
「ゴーテル、やっぱり十七年前に妻が急にノヂシャを食べたくなったのはお前の仕業だったのか!」
「シンデレラ、なに呑気に話をしているの!状況をちゃんと理解してよ」
怒られてしまった。私は改めて大人しくしておこうとエミルの後ろに隠れる。
「何シレッとそいつの後ろに隠れているんだい?ノヂシャは渡した、質問にも答えた。アンタはいい加減アタシと一緒に来るんだよ」
「それは嫌です。ノヂシャを貰った事と質問に答えてくれた事には感謝しますけど、それとこれとは話が別です」
私は料理人になりたいのに、一生召使だなんて御免だ。だけどそれで納得するゴーテルさんではない。
「嫌だ嫌だで何とかなると思っているのかい?アンタが来ないって言うのなら力づくで攫って行くまでさ」
ゴーテルさんは手にしていた箒で空を払った。すると突然背後から突風が吹いた。
「えっ?」
目の前のゴーテルさんに意識を向けていた私は後ろから吹く風に体をすくわれ、エミルを飛び越えて前方へ、ゴーテルさんのすぐ前へと転がって行った。
「シンデレラ!」
エミルが声を上げてこっちに駆け寄ってくる。だけどそれを見たゴーテルさんはまたも箒を一振り。すると再度突風が吹き、エミルを後方に退けた。
「アンタはお呼びじゃないよ。大人しくしてな」
「そういうわけにはいかない、シンデレラは連れて行かせない!」
そうは言うものの、まるで台風のような強い風がエミルを襲っていて、前に進むことも難しそうだ。エミルは剣の達人のはずなのに、それは魔法の前では何の役にも立っていない。
「さて、あたしはそろそろ帰るとするかね。シンデレラを連れて」
ゴーテルさんがそう言った途端、私の体が宙に浮いた。これも彼女の魔法なのだろう。風で飛ばされたのではなく、まるで風船のようにふわふわと宙に浮く私。この状態だと、思うように身動きが取れない。
「それじゃあ、この子は頂いて行くよ。そうそう、もしまたノヂシャが欲しくなったら分けてやるから、その時は尋ねてくるといいさ」
理不尽な要求をされると分かっていながらノヂシャをもらうはずがない。神経を逆なでするような物言いにエミルも旦那さんも怒りを浮かべるも、風に阻まれてどうする事も出来ない。
私も宙に浮いたままなす術も無く、ゴーテルさんに連れて行かれるのだった。
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