シンデレラと動物達の音楽隊 10
音楽隊の控え場所となっている建物に入った僕らは、スタッフと思しき人に案内され、笛吹き達のいる楽屋へと通された。
「よう、わざわざ来てくれたのか」
笛吹きが陽気な声を出す。彼は時折シンデレラに気のあるような素振りを見せるから本当は避けたい相手なのだけど、きっとそんな事に気付いていないシンデレラは警戒心ゼロで平気で彼と会ったりもするだろう。それなら無理にそれを止めるよりも、僕が傍で目を光らせていた方が良い。
シンデレラはさっそく持参した焼き鳥の入った包みを笛吹き達に差し出した。
「差し入れに焼き鳥を持ってきました。皆さんこれを食べて、演奏を頑張って下さい」
笛吹きは喜んで包みを受け取り、部屋の奥にいた動物達も匂いにつられてこちらへとやってくる。
「わざわざありがとうございます。それにしても焼き鳥、なんて良い匂いなんだ」
「腹が減っては戦はできんって言うし、腹ごしらえしますか」
ロバとイヌが食器を用意し始める。それはそうと、僕はふと気になったのでニワトリに聞いてみた。
「今更だけど、君は本当に焼き鳥を食べても平気なの?」
「本当に今更だねえ。もうそんな事に躊躇したりはしないよ。これで食べるのに抵抗があるなんて言ったら、そもそも昨日の親子丼だって食べちゃいないよ」
おっしゃる通り。どうやら愚問だったようだ。すると僕らのやり取りを聞いていたネコが言ってきた。
「アンタら人間には分からないだろうけど、基本私達のような魔力を持った動物は雑食でねえ。人間と同じように何でも食べるんだよ」
「そういえば昨夜、ロバが草食動物なのに肉や魚も食べるとか言っていましたっけ」
「そういう事。人間の作る料理の味を理解し、美味いと感じられるから自然とこうなっていったんだよ。共食いだってさほど珍しい事じゃないんだよ」
共食い云々はともかく、平気だという事は分かった。それにしても人間の作る料理をちゃんと美味しいと感じるだなんて、シンデレラが聞いたらきっと素敵な事だと言うに違いない。
「ところでアンタ、シンデレラを放っておいて良いのかい?さっそく悪い虫がついているよ」
「えっ?」
シンデレラの方を見ると、彼女はお茶の準備をしているようだった。それ自体は別に普通の事なのだけど、問題はそんなシンデレラの肩に笛吹が手を回している事だった。
「あの、笛吹きさん。お茶が入れにくいので、手を放してくれると助かるのですが」
「そう冷たい事言うなよ。本番前に君に触れて気分を高揚させたいんだからさ」
「どういう事ですか?」
シンデレラが首をかしげている。僕はそんな二人に無言のまま近づくと、彼女の肩に回された笛吹きの手に手刀を振り下ろした。
「いてっ、何するんだよ。手は大事な商売道具だって言っただろ。もうすぐ本番なんだぞ」
「そう思うのなら手を上げられるような事をしないで下さいよ」
笛吹きをシンデレラから引き離し、彼女と距離を開けさせる。
「二人とも、喧嘩はちょっと」
「大丈夫、少し話をするだけだから。君は気にせずにお茶の用意をしておいて」
そう言った後、僕はシンデレラには聞こえないように小声で笛吹きに囁く。
「貴方ねえ。遊び半分でシンデレラにちょっかいを出すのはやめてもらえませんか」
「遊び半分はダメかあ。じゃあ本気だったら良いのかな」
「それは……」
もちろん本当ならダメだと言いたい。けど、悲しいけど僕はシンデレラの友達でしかないのだ。ダメだと言ったところでお前には関係ないと言われたらそれまでなのである。
「…確かに本気だったら何も言えませんけど、貴方が本気とは思えません。貴方は彼女をからかって面白がっているだけのように思える」
これは決して八つ当たりで言ったわけじゃ無く、どうも彼からは胡散臭さが漂っていた。これでも一国の王子として色んな人達と接しては、その腹の内を探ってきた。人を見る目はあるつもりだ。
すると笛吹きは悪い笑みを浮かべながら僕に言ってきた。
「本気じゃ無いねえ。それじゃあお前はどうなんだ、王子様?」
「少なくともあなたよりは本気ですよ。それと、その『王子様』って呼び方、やめてもらっていいですか」
昨日も思ったけど、そう呼ばれるとお城にいた時の事を思い出さずにはいられないから困る。あくまで今は友人として振る舞わなければならないのだ。しかし……
「別にいいだろ、事実なんだし。ガラスの国の第三王子、エミル殿下」
「……知っていたんですか」
顔が険しくなったのが自分でもわかる。今までももしかしたらという予感はあったけど、彼の飄々とした態度から冗談で言っているだけなのか、それとも本当にばれているのか判断がつかなかったのだ。
「そう怖い顔するなって。別にアンタが王子だからってどうこうしようとは思わねえよ」
笛吹きは相変わらず薄ら笑いを浮かべながら喋る。僕が王子と知っていてこう言う態度をとれるというのは珍しい。笛吹きはチラッと横目でシンデレラの方を見た後、僕に言ってきた。
「それで、アンタは本当に本気なのか?あの子はどう見ても庶民だが、一国の王子であるアンタが本気になるにはいささか不釣り合いな気もするが」
笛吹きの目はさっきまでより少し真剣に思えた。大方、王子である僕がシンデレラに本気になっているわけが無い、遊びで付き合っているとでも思っているのだろう。だけど……
「本気ですが何か?」
僕は躊躇いなくそう答えた。
あまりに迷いなく答えられたせいか、笛吹きはキョトンとした顔で僕を見る。けど、僕にしてみれば驚かれるようなことを言ったつもりは無い。
「身分は関係ありません。僕はいつだって真っ直ぐな彼女の事が好きだから。彼女の力になるためなら何でもするし、王子という肩書が邪魔になるなら捨てたってかまわない」
実はお城にいた頃、僕がシンデレラに気があると察した人達からは反対意見も上がっていた。
『舞踏会そっちのけで厨房に行こうとする料理バカの女なんて、王子にふさわしいとは思えません』
どこかの伯爵家の当主にそう言われたこともあった。けどいくら言われても、僕は彼女の事を忘れることはできなかった。そしてその想いは旅を始めてからますます強くなっている。
だからこそ、この笛吹きのように遊び半分でシンデレラに近づこうとする輩を見ると腹が立ってならない。
「僕が本気だという事が分かって頂けたのなら、今後不用意にシンデレラに手を出さないでくれますか。彼女に何かあったら、持てる力の全てを使って貴方を潰します」
恐らくこの国で一番すごいであろう牽制を浴びせられた笛吹きは呆けたような顔をしていたけど。
「本気、ねえ……ククッ、ハハハハハハハハハ!」
まるでどこかが壊れたように笑いだした。その様子を見て、今度はこっちが呆気に取られる。お茶の用意をしていたはずのシンデレラも何事かと様子を見に来た
「笛吹きさん。どうしたんですか、急に笑い出して」
「いやあ、ちょっと面白い事があったもんでね。この王子様が君の……」
「余計な事は言わないでください!」
力任せに彼の口を塞ぐ。笛吹きは喋るのを中断したけど、すぐに小声で僕だけに聞こえるように言ってきた。
「別に隠すような事じゃないだろ。王子に好意を寄せられているって知ったら、あの嬢ちゃんだって受け入れるだろうし」
「それが余計な事だって言うんです。彼女にはちゃんと僕から伝えます」
とはいえ、ちゃんと気持ちを伝えるのは今ではない。今まで何度もアプローチしていたけど全く伝わってないことを考えると、もっと確実に真剣さを伝える必要がある。
「シンデレラ、本当に何でもないから。君はお茶の準備に戻っておいて」
「う、うん。もうすぐ用意できるから。ちょっと待っててね」
笛吹きが余計な事を言わないように抑えながら、作業に戻るシンデレラを見送る。離れて行ったのを確認すると、ようやく笛吹を開放した。
「僕を見てほしいねえ。アンタ、意外とピュアなんだな。王子という立場とその容姿があれば女に不自由することも無いだろうに」
余計なお世話だ。むしろ立場と見てくれ目当てで寄ってくる女性の相手をするのは苦手なのだ。だからこそ僕に一切興味を示さない彼女に惹かれたのかもしれない。
笛吹は一通り笑った後、僕の肩にポンと手を置いた。
「悪かったな。てっきり遊びだと思ってたんで、ついからかってみたくなったんだ、。けどまさか本気だったとはな。それなのに横からちょっかいを出されたらそりゃあ怒るわな」
笛吹きは反省したのかどうかわからない笑みを浮かべる。いや、これは多分反省してはいないだろう。むしろ僕の本心を知ったことで、その事をネタにからかってくるタイプだ。第二王子である兄がそうだったように。
「そう怒るなって。俺はもう本当にアンタの邪魔をする気はねえよ。むしろアンタが振り向いてもらえるよう、手を貸してやってもいいぜ」
「お断りします」
何を考えているのかは分からなけど、碌なものではないような気がする。笛吹きは残念だと声を漏らした後、気を取り直して言った。
「じゃあせめて二人して俺達の演奏を聞いて行ってくれよ。絶対いい雰囲気になるぞ」
「言われなくてもそのつもりです。せっかくシンデレラと一緒にいられる時間を作れたんだ。下手な演奏をしたら許しませんよ」
そこまで言ったところで、お茶の用意が出来たとシンデレラが声をかけてくれた。僕等はそろってテーブルにつき、お茶を片手に焼き鳥をつまんでいく。
「これが焼き鳥かい、良い味してるじゃないか」
「串が刺さらないよう、気をつけて食べて下さいね。色々種類を持ってきましたから、どんどん食べて下さい」
動物達が美味しそうに食べ、シンデレラが更に進めていく。
笛吹きはと言うと、勿論焼き鳥を食べてはいたけど、たまに僕とシンデレラを見比べては含みのある笑みを浮かべている。
(もしかして、面倒な人に本心を知られたのかもな)
知ってほしいと思っているシンデレラには何故か全く伝わってないというのに。 とは言え、これでシンデレラにちょっかいを出さないでくれるというのならまあ良い。
僕はお茶を一口飲み、焼き鳥の串に手を伸ばした。
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