シンデレラと動物達の音楽隊 9

 ついに迎えた音楽祭の当日。今日は朝から目が覚めるような青空が広がっていて、絶好の音楽祭日和である。街のあちこちに特設ステージが設けられていて、通りには多くの観光客でにぎわっていた。

 私はというと、そんな音楽祭でにぎわう大通りの一角に屋台を出し、そこで焼き鳥を売っていた。


「やあ、繁盛しているみたいだね」


 お昼を少し過ぎた頃、様子を見に来てくれたエミルがそう言って声をかけてきた。

 エミルの言う通り売り上げは好調。お店の店長さんがめったに食べられない珍しいチキン料理として事前に宣伝していてくれて、尚且つ片手で食べられるという食べ易さが好評を博し、少し前まで行列ができていたほどだ。


「今ようやく一段落ついたとこだよ。エミル、お昼ご飯はもう食べた?まだだったら食べていく?」

「勿論そのつもりだよ」


 そう言ってエミルは焼き鳥を一本受け取り、それを口に運ぶ。


「うん、甘めのタレがきいていておいしいよ。同じ鶏肉を使った料理でも昨日の親子丼とは違う美味しさがあるね」

「でしょう。味付けをタレにするか塩にするかで味も変わってくるし、身に皮に肝と、部位によっても楽しめるから、いくら食べても飽きないわよ」


 いつもの料理の開設を、エミルはうんうんと頷きながら聞いてくれる。一通り話した後、エミルは思い出したように言った。


「そう言えば笛吹きや動物たちのステージは夕方だけど、君はどうする?」

「私?どうしよう、屋台を離れるわけにもいかないし」


 残念だけど行けそうにないや。そう思っていたけど、そこにひょっこりと店長さんがやってきた。


「やあシンデレラ、どうやら好調のようだね」

「あ、店長。おかげさまで大盛況です。この分だと材料が無くなってしまうかもしれません」


 お昼時はお客さんが多くてとても忙しかったけど、嬉しい限りだ。すると店長さんも機嫌良さそうに笑う。


「ちょっと店番を変わるよ。君も少しは音楽祭を楽しんでくると良いよ」

「良いんですか?」

「ああ。実はそっちの彼に頼まれてね。もうすぐ次の街に旅立つけど、その前に君に音楽祭で楽しんでもらいたいってね」

「え?エミル、いつの間にそんな話をしていたの?」


 驚いてエミルを見る。エミルは普段と変わらない様子だったけど、どうやら私の知らないところで根回しをしていたようだ。


「ゴメンね。料理の勉強も良いけど、たまにはそれ以外の事にも目を向けた方が楽しいかなって思ったんだけど。迷惑だったかな?」

「ううん、迷惑だなんてとんでもない。嬉しいよ」


 確かに私は料理が生甲斐の女だけど、他の事に全く興味が無いというわけじゃ無い。ここはお言葉に甘えて、ゆっくり音楽鑑賞をするとしよう。


「今からなら十分笛吹きのステージにも間に合うけど、行ってみる?彼の人間性はともかく、笛の音は確かだからね」


 普段は顔を合わせるたびに喧嘩しているけど、どうやらエミルも笛吹きさんの腕は認めているようだ。

 勿論見に行かない理由はない。私は笛吹きさん達の差し入れ用に焼き鳥を数本タッパーに入れた。


「それじゃあ店長、後はお願いしますね」

「あいよ。シンデレラもそっちの彼氏と楽しんでおいで」

「はい…って、エミルは彼氏じゃないですよ」


 いったいこの手の誤解を受けるのは何回目だろうか。慌てて否定していると、エミルがクスクス笑いながら手を取ってきた。


「そうムキになって否定しなくてもいいじゃない。それとも君は、僕が彼氏だって思われるのは嫌?」

「え?別に嫌って訳じゃないけど」


 断じて嫌というわけじゃ無いけど、恐れ多い。実際に彼氏じゃないのだから否定するしかないじゃない。するとエミルは優しい口調で提案してきた。


「それじゃあ、今日だけ僕が彼氏ってことじゃダメかな。今日はお祭りなんだし、彼女連れて歩いてみたいと思っているんだけど」

「か、彼女って……」


 それってもちろん私の事だよね。だけどエミルは実は王子様なのだ。例え一日とは言え私では釣り合わないと思い断ろうとしたけど、そこでふと考えた。


(王子って事は、お城に戻ったらこんな風にお祭りに行く機会なんてもうないのかも。もしかして、だから今日思いっきり楽しもうとしているんじゃ?)


 そう言えば前に、貴族がお忍びでお祭りで賑わう街に出かけ、そこで知り合った町娘と恋に落ちたという本を読んだことがある。勿論恋に落ちるなんて図々しい事は考えていないけど、もし考えていることが当たっているのなら普段お世話になっているエミルに恩返しをできるチャンスかもしれない。

 私は少し考えて、エミルに返事をした。


「それじゃあ、今日一日だけで良いなら」

「本当かい」


 とたんにエミルが笑顔になる。


「嬉しいな、ダメ元での提案だったけど、やってみるもんだね」

「まあ、相手がエミルなら私も大丈夫だし。けど、彼女って言われても具体的に何をすればいいんだろう?」

「何だっていいよ。一緒に食事をしたり、音楽を聴いたりできればそれで満足」

「そんなので良いの?それじゃあいつもとほとんど同じなんじゃ」


 いや、殆どというか、全く変化が無いような気がする。だけどそれでもエミルは上機嫌で、ニコニコ笑っている。


「それで良いよ。気分の問題なんだし。それとも、君はそれじゃあ不満?」

「ううん、そんな事無いよ。私も、エミルと一緒なら何だって楽しいもの」


 エミルが言わんとしていることも、何となくわかる気がする。単なる気の持ちようだけれども、エミルの彼女何だと思うと妙に緊張してしまう。エミルは面白そうに笑っているけど。


(やっぱり私相手じゃエミルも緊張のしようがないよね)


 分かってたけど、何故かちょっとだけ残念に思う。けど、エミルは喜んでくれているみたいだから良しとしよう。


「じゃあ、そろそろ行こうか。笛吹きさん達の演奏が始まっちゃうよ」


 そう言いながらエミルと二人、人で賑わうブレーメンの街を歩いて行く。昨夜とは違い暗いわけでも無いのにどちらから言うでもなく、私達の手は自然と繋がれていた。











 音楽祭で賑わう街の中をシンデレラと二人、並んで歩いて行く。

 それにしても、今日だけとはいえシンデレラの彼氏役ができるというのはやはり嬉しい。 僕を彼氏と勘違いされた彼女がムキになって否定するのを見て、ついダメ元で提案してみたのだけれど、まさか彼女がそれを飲んでくれるとは思わなかった。

 時折聞こえてくる演奏に耳を傾けながら、僕は隣を歩く彼女の横顔をのぞき込む。


「音楽祭に来たのは初めてだよね。笛吹達以外に、何か気になる楽団はある?」


 時間が許すなら、色んな音楽を聞いてみるのも良い。だけどシンデレラは困った顔をしている。


「ごめんなさい。私、音楽に疎くて。パンフレットは見たけど、どの楽団がどういう人かなんて全然分からないわ」


 そう言えば、彼女は旅を始める少し前まで、家で召使いのような生活をしていたのだ。こういう場に招待される名の知れた音楽家の名前なんて、耳にする機会が無かったとしても不思議はない。

 ひょっとして、音楽祭では彼女はあまり楽しめないんじゃないだろうか。そう考えた時、彼女はそれを察したように笑顔を向けてきた。


「大丈夫よ。演奏する人の事は知らなくても、音楽を楽しむことはできるわ。今どこからか聞こえてきているヴァイオリンの音だって素敵だって事も分かるし」


 そう言って彼女は楽しそうに笑う。今流れている弦楽器の音がヴァイオリンではなくチェロから出された音であるという事は、無理に教える必要はないだろう。

 何にせよ、ちゃんと楽しんでいるようでホッとする。


(考えてみたら、僕はシンデレラが料理以外に何に興味があるのかも知らないんだよな)


 一緒に旅をしているというのにそんな事も知らないのかという人もいるだろうけど、シンデレラは他の趣味や楽しみなどいらないのではと思うくらい料理のことしか頭になく、口を開けば料理の話ばかりしてくるのだから仕方が無いじゃないか。

 本当はもうちょっと僕にも興味を持ってもらいたいけど、中々うまくいかない。けど、そんなところも含めて、やはり僕はシンデレラの事が好きなのだ。今日は何とか二人で音楽祭を回る事が出来ているのだから、少しは距離を縮めたい。

 なんてことを考えていると、不意にシンデレラが道の先にある一軒の家を指さした。


「ねえ、あそこの建物がステージ参加者の楽屋になっているみたいだけど、笛吹きさん達もあそこにいるかな?」

「うん、多分いると思う」


 心情を悟られないように、いたっていつも通りの口調で答えた。答えたはずだったのに、僕の返事を聞いたシンデレラは何だか不思議そうな顔をした。


「エミル、何か気になる事でもあるの?」

「別にないけど、どうして?」

「う~ん、何だろう。何だか様子が変な気がしたんだけど。元気が無いというか、何か悩んでいるように思ったわ」


 もしかしてシンデレラと距離を縮めたいと考えていた事が態度に出てた?だとしたらかなり恥ずかしい。いや、別に恥じるつもりは無いけど、本人にそれを知られるのはやはり避けたい。


「本当に何でもないから気にしないで」

「そう?ならいいけど、もし本当に何か悩みがあったらちゃんと言ってね」


 そう言われても、生憎僕の悩みの原因がシンデレラにある以上、相談はしにくいだろうな。

 まあそれはさておき、僕等は笛吹き達がいるであろう建物へと向かい、戸を叩いた。

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