シンデレラと動物達の音楽隊 8
「こ、これで……五個目」
息を切らしながら、ニワトリさんは五個目となる卵を産み落とした。その様子を見ていたロバさん達が感心した声をあげる。
「何だ、やればできるじゃないか」
「ニワトリ、お前実は凄い奴だったんだな」
だけどニワトリさんは、そんなロバさん達をキッと睨みつけた。
「あんた等、これがどれだけ大変な事か分かってないだろ。絶対にあんた等が思っているよりもずっときついんだよ」
うん。それは何となくわかる。だからもちろん申し訳ない気持ちもあるけど、ニワトリさんの頑張りに感心しているのだって本当だ。
「それで、いったいあといつく産めば良いんだい?」
「えっとですねー」
私は指折り数えて確認してみる。
「今ので五個目ですよね。必要なのは私、エミル、笛吹きさん、ロバさん、イヌさん、ネコさん、ニワトリさんの七人分なので、あと二つです」
「本当に鬼かあんた等!だいたい、私に自分で産んだ卵を食べろって言うのかい!」
「そう言えばそうですね。じゃあどうします?ニワトリさんの分は卵無しにしますか?」
流石に自分で産んだ卵を食べるのには抵抗があるだろう。だから気を使ってそう思って言ったのだけど。
「食べるよ。食べてやるとも。こうなったらもうヤケだ。頑張ってあと二つ産んでやるから、下手な物を作ったら承知しないよ」
あ、ニワトリさんも食べでいいんだ。ちょっと驚きながらも、続けて卵を産むニワトリさんに、私はエールを送った。
「あと一個です。最後はニワトリさんの分ですから頑張って」
応援する私の横で、エミルと笛吹きさんもじっとその様子を見ている。
「まさか根性でこんなにも卵を産むなんてね。このメカニズムを解明したら卵の更なる量産化に成功するかもしれない」
「言いだしといて何だが、俺も驚いている。この卵、『ド根性卵』とか言うネーミングで売り出したら売れるんじゃないか?もちろん路上で産むところを見せるパフォーマンス付きで」
二人がそんな事を話している間にも、ついにニワトリさんは七つ目の卵を産み落とした。
「やりましたよニワトリさん。これで七つ揃いました」
「そ、そうかい。それは……良かった」
ニワトリさんは今にも倒れそうなくらい疲れた様子だ。これは早くご飯を作らないと、その前にニワトリさんが死んでしまうかもしれない。
「少し待ってて下さいね。すぐに用意しますから」
私は産み立ての卵を持って台所へと向かった。さっき街から運んできた材料も使い、テキパキと調理を進めていく。そうして出来上がった料理を、私は皆の元へと運んだ。
「お待ちどう様です」
そう言ってテーブルに丼を置いた。とたんに皆の目が釘付けになる。
「嬢ちゃん、これは?」
「親子丼です」
そう答えたけど、笛吹きさんは首を傾げている。おそらく親子丼がどういう物か知らないのだろう。それはエミルも同じだったようで、卵の乗った黄金に輝く丼を珍しそうに眺めている。
「もしかしてこれも君の得意な東の国の料理?」
「凄い、良く分かったね」
「君が見た事も無い料理を出してくる時は大抵そうだからね。でも、綺麗だし美味しそう」
見た目は好評のようだ。ロバさん達も始め目にしたであろう親子丼を前に、美味しそうだと言ってくれた。
「本当は明日出店で出す予定の焼き鳥にしようかと思ったんだけど、こっちの方が力がつくかなって思ったの」
「その焼き鳥って言うのは何だ?その名の通り鳥を焼いた物か?」
「はい。焼き鳥というのは一口大に切った鶏肉を串にさして、タレや塩で味付けしたものです。それで、この親子丼は鶏肉を卵でとじてご飯にかけた料理です。鶏肉と、鶏が産んだ卵を使っているから親子丼です」
「ほう、そいつは中々面白い名付け方だな」
説明を聞いた笛吹きさんは感心した声を出す。鶏と卵を使った料理と言うだけならこの辺りでも珍しくないけど、親子というネーミングが面白かったらしい。しかし、私の解説を聞いて何やら肩を震わせている者がいた。
「鶏肉に卵って、アンタ私に共食いしろって言ってるのか!」
そう叫んだのはニワトリさん。
しまった。確かにニワトリさんにこれを食べろと言うのは酷かもしれない。
「すみません、そこまで考えが回りませんでした。焼き鳥の方が良かったですよね」
「どっちにしろ共食いには変わりないよ!」
「それじゃあ、ニワトリさんは食べるのをやめますか?」
食べてもらえないのは残念だけど、流石にこれは仕方が無い。だけどニワトリさんは少し考えた後、諦めたように言った。
「食べるよ。あれだけ卵を産んだんだ。食べて体力を回復させないと明日演奏なんて出来やしないからね」
確かに。ニワトリさん、相当疲れているみたいだからねえ。
頑張ってくれたことだし、ここは一番に食べてもらおう。私はニワトリさんに熱々の親子丼を差し出した。
「どうぞニワトリさん。できたての親子丼は美味しいですよ」
「ふん、親子なんて名ばかりさね。この卵は私が産んだものだけど、鶏肉はどこの誰のものか分からないじゃないか。少なくとも親子ってことはじゃないね。私は男にホイホイなびく尻軽女じゃないんだよ」
確かにこの鶏肉と卵は親子ではないね。まあそれはさておき、お腹を空かせたニワトリさんはブツブツ文句を言いながらも、親子丼を口に運んだ。
「どうでしょうか?」
私の問いに、ニワトリさんは答えてはくれなかった。だけどその代わり、無言のまま二口目、三口目を口に運んで行く。
「こんなにも食が進んでるってことは、美味しいってことだね」
ニワトリさんに代わってネコさんが答えてくれた。良かった。もしこれで気に入ってもらえなかったら流石にニワトリさんに申し訳ない。
「共食いに関しては、突っ込まない方が良いのかな」
「放っておけよ。本人が美味そうに食べてるんだから、周りがどうこう言う事じゃないさ。それより俺達も食べようぜ。もう腹ぺこだ」
笛吹きさんの言葉で、私達も一斉に食事を始める。エミルや笛吹きさんはもちろんのこと、ロバさん達にも親子丼は好評のようだ。
「こんな旨いものは初めて食べた。アンタ、料理が上手いんだな」
丼をかき込みながらイヌさんが言ってくる。
「そりゃあ、料理人志望ですから」
「アンタならきっと大陸一の料理人になれるよ。明日も出店を出すんだろ、さっき言っていた焼き鳥ってやつを、俺達も買いに行くよ」
「演奏前に焼き鳥で腹ごしらえして、最高のステージを作ろうじゃないか」
ロバさんとイヌさんが楽しそうに言う。けど、二人やネコさんはともかく、ニワトリさんはそれで良いのかな。
「ニワトリさんはどうします?もし焼き鳥を食べるのに抵抗があるなら、別の物を用意しますけど」
もちろんそんな物は予定にないけど、明日の朝から準備すればどうとでもなるだろう。だけどニワトリさんは首を横に振った。
「私はもうこの通り親子丼を食っちまってるから、今更焼き鳥の一つや二つ、食べたってどうってことないよ。明日は皆で焼き鳥を買いに行くよ。アンタの料理、もっと食べたいからね」
「ニワトリさん……ありがとうございます!」
自分が作った料理をもっと食べたいと言われるのはやはり嬉しい。上機嫌で親子丼を食べていると、不意に笛吹きさんが言ってきた。
「嬢ちゃんは料理人になりたいんだよな。なんなら、俺が良いスポンサーを紹介してやろうか。こう見えても俺は顔が広いんだ。嬢ちゃんの腕なら出資者の一人や二人、すぐに見つけられるぞ」
こんな事を言ってくれるだなんて、笛吹きさんはやっぱり良い人のようだ。だけど、私が答える前にエミルが口を開いた。
「ご心配なく。彼女には既にスポンサーがいますから。今は腕を磨くために修業中ですけど、それが終わればすぐにでも自分の店くらい持てますよ」
そう。私にはエミルというスポンサーがいる。だから笛吹きさんの御好意は気持ちだけ受け取っておこう。
「残念、ここで恩を売っておけば後々良い思いができそうだったのに」
「貴方はシンデレラに何をする気ですか!」
怒ったように椅子から立ち上がるエミル。鋭い目で笛吹きさんを睨みつけるも、当の笛吹きさんは澄ました表情を崩さない。
「落ち着いてエミル。笛吹きさんだって冗談で言っただけだよ」
「さあ、それはどうかな?」
冗談……ですよね。そこはかとない不安を感じながら、私は気を取り直してエミルを宥める。
「エミル、今は食事中だよ。怒ったまま食べたら、せっかくの料理が美味しくなくなっちゃうよ」
「それは……ゴメン。確かに君の料理はちゃんと味わって食べたい」
そう言ってエミルは椅子に座り直す。笛吹きさんはそんな私達のやり取りを見ながらニヤニヤと笑っている。
「シンデレラの嬢ちゃんに振り回されてばかりだなあ、王子様は」
「悔しいけど、否定はできないか。ところで前から思っていたけど、その王子様って言うのは知ってて言ってるの?」
エミルがそんな言葉を投げかける。え、てっきりふざけて言っているだけだと思っていたけど、もしかして笛吹きさんってエミルの正体に気付いているの。恐る恐る笛吹きさんの様子を伺うと、笛吹きさんは相変わらずニヤニヤ笑っていて、表情を読む事が出来ない。
何も言えずに成り行きを見守っていると、ロバさんが呑気な声で話しかけてきた。
「笛吹き師匠、エミルさん、ワインでもいかがですか。今日は前夜祭、盛大に飲んで明日を迎えましょう」
いつの間に用意したのか、ロバさんの手にはワイングラスが握られていて、どうやらもう飲み始めているらしい。
「おいおい、飲むのはいいけど、ほどほどにしとけよ。二日酔いで演奏出来ませんってなったらシャレになんねえからな」
「分かってますよ。瓶を一本一気飲みするくらいに押さえておきますって」
「十分暴飲じゃねえか。だいたいそれはワインの飲み方じゃねえ」
慌ててワインの瓶を取り上げる笛吹きさん。私もワインの一気飲みには断固反対です。エミルにも協力してもらい、隣で飲み比べを始めようとしているニワトリさんとイヌさんからワインを取り上げる。
「皆さん飲むにしてもほどほどにお願いします。決してつぶれるまで飲まないで」
エミルが釘をさし、ロバさん達は渋々それに従う。結局笛吹きさんへの質問はうやむやになってしまい、音楽祭前日の夜はこうして更けていくのであった。
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